あなたの望み
畑の収穫が終わってしばらくすると、冷たい風が辺りを巡るようになった。
この世界にも季節の移り変わりがあり、冬が訪れた。
と言ってもそれは場所によるらしい。
ローズレッド王国では四季が巡るが、隣のバルガ帝国という国は厳しい雪原地帯が多く、生きづらい土地が多いという。
今はまだ、関係のない話だが。
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「じゃあ、見回りに行ってくる!」
「気をつけてね、ラクト」
「お父さん、いってらっしゃ〜い!」
「おう、ナリア! セアラ、頼んだぞ!」
冬の間は畑仕事が休みになる代わりに、自警団の仕事が中心となる。
ラクトは朝の訓練に加えて、夜の見回りも担当している。
他の領地と比べて安全な地ではあるが、数年前は賊が村の少女を誘拐するなどの行為があった。
その時は防がれ、村の防犯管理を見直し、次がないようにと対策と警戒を強めた。
しかし、賊も生きるのに必死だ。
学習し、別の手口で侵入することもある。
警戒しすぎて無駄になることはあるかもしれない。
しかし、やっておいてよかったと思える方が何倍もいい。
冷える夜風に吹かれながら、見回りの配置場所にラクトは急いだ。
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一方、数日前からアイオンは村を出ていた。
冬は食料の確保が難しくなり、雪が降ればなおのこと。
そうなる前に、ホーンラビットを狩るために森へ入っていた。
同じように入った自警団の調達班と被らぬよう、離れた区域で。
協力すればより多く狩れる。眠るときも交代で見張れる。
ラクトはそれを理由に、自警団と共に動けと説得してきた。
だがアイオンはそれを拒み、ひとりで村を出た。
ひとりならいざという時に迷わない。
好きなように動ける。
そして、それが心地よかった。
焚き火を前に、前世の自分の生活を思い出す。
あの頃も、こうしてひとりで生きていた。
懐かしさと共に、今が酷く孤独に思える。
その考え自体が間違ってると頭を振り、孤独感を振り払う。
(絆されるな。俺の居場所はあそこにない。この世界のどこにも存在しない。俺は"愛されるべきアイオン"じゃない。ただの……寄生虫だ)
冷たい風が、頭と心を冷やしてくれた。
それが間違ってるとは思えなかった。
どこまでいっても後ろめたい心がついて回るから。
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数日後。
まとまった数を狩り終え、村に戻る。
それを肉屋に売り保存食を買い、また森へ戻るつもりだった。
家には寄らない。
そうする必要がないと思っているから。
「おい! アイオン!」
そのとき、門番をしている自警団員が大声で駆け寄ってきた。
もう一人は鐘を鳴らしている。
外敵を知らせる音だ。
「なにかありましたか?」
顔は知っているが名前までは覚えていない。
殆どの村人に対してそうなのだが。
そんな団員が、血相を変えていた。
「どこに隠れてたんだよ! 早く家に帰れ!!」
「隠れてたって……森に行ってただけですよ。何かあったんですか?」
問い返すと、怒鳴り声が飛んだ。
「このバカッ! ナリアちゃんが倒れたんだよ!!」
「……え?」
「だから! ナリアちゃんが昨日倒れたんだよ!」
予期せぬ言葉に、アイオンの頭が真っ白になった。
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走った。
狭いはずの村が、異様に広く感じる。
見慣れた家の扉を開ける。
「アイオン! どこに行ってたの!?」
珍しく、セアラが声を荒らげて怒鳴った。
目は真っ赤に充血し、涙の痕があった。
「すいません。ナリアは?」
「苦しんでるわ……熱が下がらないの。急に倒れて……前のあなたと同じ症状よ」
家の扉が再び開く。
「入るわ。 アイオン! あなた、どこに――いえ、そんな余裕はないわ」
レアが何か言いかけて、それをやめた。
ベットで眠るナリアの様子を見つめる。
「大丈夫よ、ナリア」
柔らかな光がナリアを包む。
回復魔法だ。
だが――
「ごほっ、ごほっ……はぁ、はぁ……」
ナリアは苦しんだままだ。
「レア様、どうか! ナリアを助けて!」
「……この"奇病"に回復魔法の効果は薄いの。できるのは、少し苦しみを和らげることだけ」
「あぁ、ナリア! ナリア!」
「ごほっ、ごほっ……お母さん……苦しい……ごほっ…」
「大丈夫よ、ナリア! 私が傍にいるわ!」
レアの魔力が強まり、緑の光が明るくなる。
ナリアの呼吸が、少しだけ穏やかになる。
そのとき、ベティが家に飛び込んできた。
「レア様〜! ラクトさんが一人で行ってしまいました〜! アイオンさんとはすれ違ったようで〜。 ゼアスさんには村長さんが兵団へ知らせを出しましたよ〜」
その言葉に、アイオンが反応する。
「ラクトさんはどこに?」
「薬草を探しに〜」
「薬草? そんなものがあるんですか? なら、事前に用意しておくべきでは?」
アイオンが問い詰めるように言うと、レアは一瞬ためらい、静かに頷いた。
「……確かにあるわ。けれど、普通には手に入らない」
「どういう意味です?」
「冒険者ギルドのAランクやSランク……そんな人たちが挑んで、それでも帰らないのが普通。それほどの場所にしか生えていないのよ」
アイオンの脳裏に嫌な予感がよぎる。
「それって、まさか」
「……禁断の森。その奥地に生えている、赤い薬草。それがなければ、この奇病は決して癒えない……」
レアが苦々しく答える。
「あぁ、ラクト……」
セアラが床に崩れ落ちる。
アイオンが慌てて支える。
「セアラさん、しっかりしてください!」
「ああ……ラクト……どうして……!」
「三年前――もうすぐ四年になるわね。……あの時は私たちも村長たちも、必死で止めたの。既に雪が降っていて、採集の望みはなかったから。……無駄死にになるだけだと」
「……正しい判断ですね」
禁断の森。
Cランク以上の魔物が蠢く、恐るべき禁足地。
森の中で生まれた命以外を受け入れない土地。
そう、記憶している。
「でも、今回は止められませんでした〜。“俺がナリアを助けるんだ!”って〜。……セアラさん、申し訳ありません〜」
ベティが頭を下げる。
口調はいつものままだが、その顔には悔しさが滲んでいた。
「ベティ様のせいでは……ありません。……無事を祈るしか……私にはできない……」
アイオンの腕を掴み、涙をこらえるセアラ。
「……私の魔力が続く限りは、ナリアは持ちこたえられる。その間にラクトが薬草を手に戻れれば……」
レアもまた、無理を承知で言葉を紡ぐ。
けれど、その未来は限りなく薄い。
ラクトも帰らず、ナリアも――
その未来の方が、簡単に予想できた。
アイオンはそこで間違った考えに囚われる。
いや、かつての"歪んだ願いの続き"を叶えるための――チャンスがきたとすら考えてしまった。
「ナリアとセアラさんのこと、お願いします。レア様、ベティさん」
縋るセアラの手をそっと解き、アイオンは立ち上がる。
「ア、アイオン?」
セアラが問う。
だが、アイオンの表情がすべてを物語っていた。
「ラクトさんを止めて、俺が森に入ります。まだ間に合うはずですからね」
「だ、駄目よ! そんなの駄目、アイオン!」
強く抱きしめられる。
しかし、この温もりがずっと嫌いだった。
見に合わない幸福な家庭。
家族という存在の体現ともいえる、母親の温もりという名の無償の愛情。
しかし、自分に向けられたものではないもの。
「……今の俺の方が、ラクトさんより強い。なら、俺が行く方が生存確率が――1くらいにはなるはずです」
「そんな……あなたまで失ったら……」
セアラの瞳から涙が溢れる。
セアラも、どこかで諦めてしまっていた。
「行かないで! 一緒にいて、アイオン!」
なぜか、それも許せないと感じた。
「……なら、セアラさんはナリアとラクトさんを諦めるんですか?」
その言葉に、セアラは絶句した。
目を見開き、とっさにアイオンから離れる。
なぜか胸が痛んだ。
けれど――言わなければならなかった。
「俺は、元は死んでた命だ。もし帰ってこなくても、ラクトさんがいればまだマシなはず。知らせを受けて、ゼアスさんも戻ってきます。少なくとも、家族は壊れはしないはずです」
「アイオン……あなた――」
冷たく放たれた言葉にセアラは耐えきれず、意識を失う。
その身体を支える。
(これで見納めかな。家族ごっこも終わりだ)
今世の母は、優しかった。
父も、兄も、妹も。
だからこそ、重かった。
自分に対する愛ではないとわかっているから。
だが、捨てきれなかった。
村を出て、逃げ出すことも簡単にできた。
女神に与えられた知識があれば、どうにでもなる。
でも、できなかった。
中途半端に拒む事しか――
「わざと嫌われるような言い方をする必要はないのよ?」
レアが諭すように言う。
そういえばいたなと、アイオンは視線を向ける。
「そんなつもりはありませんよ。事実を言っただけです。あなた達が、一番わかってるんでしょ?」
セアラを寝かせながら、感情を押し殺す。
「……顔に出てますよ〜。優しい人ほど、隠すのは下手なんですね〜」
ベティはいつものように微笑む。
レアが真剣な眼差しでアイオンに問いかける。
「――"あなたの望み”は、なに?」
望み?
頭に浮かんだのは、前世のあの瞬間。
そして今再び理由を見つけられて、叶われようとしている望み。
(死にたかった。消えたかった。それだけを望んで、俺は――)
「違うわよ」
レアの声が割って入る。
「そうじゃない。"本当のあなた"の望みは、それじゃない。わかってるんでしょ?」
レアはアイオンへ一歩、近づく。
ベティは突然の行動に焦り、魔力を高めてナリアを癒し続ける。
アイオンはそんなレアに一歩引き下がる。
怯えと怒りが顔に浮かぶ。
「クソ女神か? あいつがなにか、あんたに干渉してるのか?」
レアは答えない。
ただ穏やかな微笑を浮かべ、さらに近づいた。
「言ったでしょう? 誰も誰かの代わりにはなれない。あなたは、あなたなのよ」
「……来るな。俺に近寄るな!」
拒絶する声が震える。
アイオンは壁に背中をつける。
後ろに下がる場所はもうない。
レアは微笑みながら、そっとアイオンの頬に手を伸ばす。
「怯えないでいいのよ。あなたはあなたのままで人と触れて――温もりを受け入れていいの。誰もそれを否定しない。"あの子も"、あなたを恨んだりしないわ」
その手が頬に触れ、温かさが伝わる。
人の温もり。
他人の温もり。
その温もりに、"今世の記憶"が重なる。
セアラの手に包まれたときの優しさ。
ラクトの豪快な笑い声と、背中を叩く力強い手。
ゼアスの怒る顔も、呆れた顔も。
そして、ナリアの無邪気な笑顔も。
拒んできたはずなのに、確かに受け取ってしまっていた。
“家族”としての愛を。
昔から欲しがり、焦がれ――そして諦めてしまった、たったひとつの望みを。
レアはアイオンの目を見つめる。
全てを見透かすように。
「もう一度聞くわよ、"アイオン"。『あなた』は、どうしたいの?」
その目がアイオンの心をまっすぐに捉えた。
「……俺は、ナリアを助ける。ラクトさんも」
「そう……それで?」
「“家族”を守る」




