53話 キノコと目覚め
あれ? 私、どうなったのかしら……?
確か……丈人君逹と崖底に降りた後、キノコを見つけて……上へ戻る前に……川の傍で足を滑らせたんだっけ……?
体中が冷たい。暗くて、何も見えない。息が、苦しい……私……死ぬのかしら?
丈人君があんなに忠告してくれたのに……ごめんなさい、こんな事になって。
「眞城っ……眞城!」
……誰かが呼んでる? 私のことを……呼んでいる気がする。
誰? 聞いたことのある、暖かな声。
視界が急に明るくなって……気が付けば、体を優しく抱き締められていた。
紅い月明かりが逆光になって顔はよく見えないけど……月と同じように紅い髪と、逞しい腕が見える。私を、助けてくれようとしているの?
待って! ダメよ、顔を近づけないで!
いやぁっ、夢なら覚めて――! 助けて、丈人君っ!
「助けてって、何から助ければいいんだ?」
「……はへっ? きの、こぉ?」
パチッと目を開くと、そこには巨大なキノコ……もとい、丈人君の姿がドアップ。
という事はさっきまでのは……夢?
「よう。随分とうなされていたな」
「あ、うん……」
夢に出てきた男と綺麗に重なったから、一瞬呆然としちゃったわ。
落ち着いて状況を整理しなきゃ……
「丈人君、ここは……病院?」
体に伝わる柔らかな布団の感触。私はベッドで寝かされていたみたいね。
個室なのはありがたいけど、病院の空気ってどうも苦手だわ。
「そうだよ。ほぼ一日眠りっぱなしで、心配したんだぞ」
「一日中ずっと眠って……? そうだ! あの人は!」
思い出した。アレは夢なんかじゃない。
溺れていた私を助けてくれた人がいた。それも結構……ワイルドでカッコイイ人。
「あの人?」
「私を助けてくれた王子様……じゃなくって! 違うの、これは浮気じゃ……っつぅ!」
「怪我人が暴れるなよ。今はゆっくり寝ておけって」
上体を起こして取り乱す私に苦笑しつつ、丈人君はふわーっとベッド脇の椅子の上に移動する。夢にうなされていた間、心配して私の顔を覗き込んでいてくれたようね。
その、キノコの姿のままで……
「……失敗、だったんだ」
「んー?」
「だって、丈人君……キノコのままよ」
病院に運ばれて一日が経ったなら、ストロベリームーンは終わっている。
それでも丈人君がこの姿だという事は……
「ああ、それだけど。実は良い知らせがあってさ」
「良い知らせ?」
失敗した筈なのに、丈人君の声は朗らかだった。
表情も嬉しそうなものだし、一体何がどうなっているの?
「もうすぐ来る頃だと思うけど……お、来たか」
廊下から聞こえるタタタタッと駆けてくる足音が、病室の扉の前で止まる。
一体誰なの? そう丈人君に聞こうとした瞬間、ガラガラと扉が開かれた。
「たっだいまー! わぁっ! 優夢おねえちんが起きてる!」
入ってきたのは顔も知らない、中学生くらいの女の子だった。
紫色の髪をツインテールにしていて、幼い顔付きとマッチしている。服も今時の若い子には珍しく、清楚な白いワンピースで決めているし……凄くプリティね。
ま、この私程の色気はまだまだ持っていないけど――って!
「優夢おねえちん……?」
おかしい。その呼び方をするのは……あの子しかいない。
なのになぜ、この子が私をそう呼ぶの?
……え? 丈人君が言っていた良い知らせって……まさか?
「嘘っ! アナタ、丈美ちゃんなの?」
「うんっ! 優夢おねえちんのお陰で、元の体に戻れたのー!」
ぴょいんぴょいん。キノコの時と全く変わらない元気さで飛び跳ねる丈美ちゃん。
大きく変わったことといえばその容姿と……ぷるるんぷるるんと揺れる彼女の胸ね。
「ちゅ、中学生に負けた……」
「あ、あはは……そこはほら、置いておこうぜ」
「でも、なんで? 丈人君はキノコのままなのに……?」
泣いてばかりもいられないので、私は最大の疑問を丈人君にぶつけることにした。
「実はそこがポイントでさ。眞城が川に落ちた後、俺は咄嗟にあのキノコの片割れを食べたんだ。サイコキノシスじゃ眞城を助けられそうになかったからな」
「えっ! 丈人君も食べたってことは、人間の姿に戻れたの?」
「ひとまずはな。川に飛び込んで、流されながら徐々に体が元に戻って……なんとか眞城を見つけて、引きずり上げようと頑張ったよ」
「戻った? それなら尚更……」
キノコの姿で私の前にいる丈人君の説明が付かない。一体どういうこと?
「まぁまぁ、最後まで聞けって。元に戻ってお前を助けようとした俺だけど、岸に戻れるほどの力は無くて……心底困り果てていたんだ」
「あれだけの流れですもの……無理も無いわ」
「んで、どうしようかって頭を抱えそうになったところで、あの人に会ったんだ」
昨晩の出来事を振り返るように、丈人君が語り始める。
私を助けに川に身を投げ出し、助けて出してくれた後に起きた事を――




