52話 キノコから
「じゃあ、ひとまず上に行くわよ。みんなも待っているわ」
「そうだな。下で人間の姿に戻っちまうと、登るのが大変になるし」
サイコキノシスを使えば崖の上まではすぐだが、人間状態ではそうもいかなくなる。
一度上に登って、針馬逹と合流してから食べる事にしよう。
「でもその前に……き、キノコを摘みに行ってもいいかしら?」
ロープに手をかける直前、唐突に眞城が股を擦り合わせるようにモジモジし始める。
なんだ? 今更怖気づいたわけでもあるまいし……
「キノコを摘みに? もうキノコは採ったじゃないか」
「うぐっ……それは……」
「上でみんなが待っているだろうし、急いだ方が……」
「トイレよ、ト・イ・レ! 山を上りっぱなしで、さっきからずっと我慢してたのっ!」
恥も外聞も捨てて、谷間に響き渡るほどの大音量で叫ぶ眞城。
普通に花を摘みに行くって言えよ……分かりにくいじゃないか。
「あ、ああ……すまん」
「ほんっとデリカシー無いわね! これだからもう……!」
二つに割いたキノコを地面に置き、川の音がする方へ走っていく眞城。
怒りからか、ザザザザッと乱暴に草むらを押しのけていく眞城の後ろ姿が見えなくなったくらいで……カツンと岩場に足を乗せた音が聞こえてきた。
茂みの奥にある川の脇に着いたのだろうと、俺は眞城に向かって声を上げる。
「おーい! あんまり奥に行き過ぎると川があって危な――」
ボシャン。
「……眞城?」
重たい物が川に投げ込まれたような大きい飛沫の音が、こっちにまで聞こえてきた。
石でも投げたのか? 何の為に……?
「眞城……? おい、眞城っ!」
嫌な予感と一緒に、頭の中で最悪な仮説を裏付ける証拠が回り始める。
雨上がりで滑りやすい岩で眞城は前にも転びかけていた。
やけにうるさかった水音は、雨でかさ増しされていたから。
登山で疲れて、フラフラとおぼつかなかった足に、履き慣れていない軍靴。
「お、おにいちん! ま、眞城おねえちんが……川に!」
丈美も同じ結論を導き出したのか、動転した様子で震えている。
「嘘だろ! 聞こえるか眞城! 眞城ぉぉぉっ!」
俺は全速力で川の傍まで飛んでいくと、力の限り眞城を呼ぶ。
しかし返事はおろか、姿形すら見えない。これは間違いなく、川に落ちたとみるべきだ。
「さ、サイコキノシスで助けなきゃ!」
「ダメだ! サイコキノシスは相手を目視しないと使えない!」
こう暗い上に、どこまで流されているかも分からない状況では強い超能力も意味を持たない。どうすればいい? どうすれば眞城を助けられる?
ここは山の中腹辺りだ。眞城が流れていく先に、滝があってもおかしくはない。
早く助けないと……大変なことになってしまう。
「丈美は崖を上って針馬逹に伝えてくれ! すぐに助けを呼ぶんだ!」
救急車の手配と山岳救助隊への連絡。これは針馬がやってくれる。
だけど、救助を待っていたら眞城はまず助からない。だから――
「分かったよ! でも、おにいちんはどうするの?」
「俺は――!」
キノコのままでは何も出来ない。大層な能力を持っていても、友達一人も守れないんだ。
だったら! 今度こそ俺は人間として!
「アイツを助けるっ!」
「おにいちんっ! 待って、危ないよっ!」
眞城が残していった例のキノコの片割れをサイコキノシスで浮かべると、俺は一口でそれを飲み込む。そして俺はそのまま、激しい川の流れの中へと身を投げ出した。
これは一か八かの賭け。
人間に戻れる保証はない。戻れたとしても、眞城を見つけて助け出せるとも限らない。
「(眞城……っ! どこだ!)」
着水と同時に冷たい激流が俺の体を岩に叩きつけ……その衝撃で全身を激痛が襲う。
俺はどうなるんだろう? 元に戻れるのか? それとも、キノコのまま死ぬのか?
「(どっちだっていい……アイツだけは!)」
頼む、神様……一瞬だけでいい。俺に、眞城を助ける力を貸してくれ。
「(助けて、やる……!)」
暗くて深い川の底に沈みながら、徐々に薄れていく意識。
死を覚悟し、思わず目を瞑りそうになって……気付いた。
目が痛い。瞬きを……パチパチと出来る。
川底から突き出した岩に手を引っ掛けて、流されないように踏ん張れるようになった。
「(眞城!)」
水面から顔を上げ、息を大きく吸い込み……岩から手を離して俺は川の中へと潜る。
紅い月明かりだけを頼りに、眞城の姿を探し――そして。
「(いたっ!)」
気を失い、川底で漂うように流されている眞城を見つけた。
俺は川の流れに身を任せて泳ぐと、必死に手を伸ばして眞城の右腕を掴んで抱き寄せる。
水を飲んでしまっているのか、息のあぶくが出ていない。早く上まで引き上げないと。
「ぷはぁっ! 眞城!」
この流れの中じゃ……川岸に上がるのは時間がかかる。かといって流れが緩やかになる場所に着くまで待っていたら、呼吸が止まっている眞城は死ぬ。
「……ファーストキスだ。目を覚まさなかったら……怒るぞ」
躊躇している暇なんて無い。
俺は眞城の顔を持ち上げると、唇と唇を重ね――




