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51話 キノコは半分ずつ


「ふぅっ……長かったわね」


「丈美、疲れてないか? 体力はちゃんと温存しておけよ」


「大丈夫っ! 頑張ってキノコさんを探そっ!」


「もぅ、私の心配もしなさいよね……」


 ぶつくさと文句を言いながら、眞城は身に付けていた金具とヘルメットを取ると、続けてチェストリグと迷彩服の上着を脱いで身軽になる。ミリタリースタイルに黒のタンクトップ姿という、女性だと破壊力抜群な格好になってくれたのは嬉しいが……


「本当に無いな。なんにも、無い……」


「うん? 暗くて見えないって言いたいの?」


 本日二度目の失言だったが、眞城が疲れていたお陰で事なきを得たようだ。

 勘違いしたまま、眞城は腰のベルトにさしていたライトを抜いて、電源を付ける。


「これで見えるようになったわ。丈人君、前に例のキノコを見つけたのはどこ?」


「こっちだ。草むらを掻き分けた先で……」


 俺逹がいる渓流の端は、満月の明かりと眞城が手にしているライトの光でなんとか全貌を見渡すことが出来た。一年前に比べると木々や草が生い茂っているようだが、キノコ探しに影響を及ぼすほどではない。俺はフワフワと低い位置でホバリングしつつ、眞城がライトで照らす草むらの奥へと進んで行った。


「簡単に見つかりはしないでしょうけど、頑張って探しましょ」


「……呆気なく見つかったぞ。これだ」


「うそぉっ!」


 前回と全く変わらない場所に、例のキノコは雄々しくもそびえていた。

 それはまるで、俺達が来ることを待っていたかのように――


「……図鑑で見たテングタケってのに似ているわね」


「あらためて見てみるとやっぱりそうだな。やっぱり伝承の天狗はテングタケのことか」


 半球型の茶色い傘に白の水玉模様。どこかで見た記憶があると思えば、テングタケの幼菌時……つまり、生えて間もない頃にそっくりなんだ。

 これで仮定は確信へと変わった。

伝説に登場した天狗とは、テングタケに似たこのキノコのこと。もしも伝説が正しいのならば……これを食べるだけで俺と丈美は人間の姿を取り戻せる。

 ただしこのままでは……それは叶わぬ夢となるだろう。


「やーったー! 一本ゲットだね! うわぁーい!」


 念願のキノコを見つけられたことで、丈美は無邪気にも舞い上がっていた。

 一本。そう、生えていたのは一本だけ。

その事実の中に秘められた、ある結論を……丈美はまだ知らない。


「ほ、他にもあるかもしれないわ! とにかく探すのよ!」


 眞城は既に気付いているらしく、動揺の心が手に取るように伝わってきた。

 いや、手は無いんだけどさ……俺、キノコだし。


「おにいちん? キノコ見つかったのに、嬉しくないの?」


「……嬉しいに決まってるさ」


 いけないな。諦めるにはまだ早いのに、何を卑屈になってるんだ。泥だらけになりながら草を掻き分け、懸命にキノコを探してくれている眞城を手伝わないと。

俺が弱気になっていちゃ、ここまで頑張ってきた全員の努力を無駄にしてしまう。


「丈美、俺達もキノコを探すぞ! 勝負だ!」


「うんっ!」


 初夏だというのに虫の声もせず、ただただ水の流れる音だけがやけにうるさく聞こえる川のすぐ傍で……俺達はキノコを探し続ける。

岩をどかし、草を掻き分け――そう広くはない崖下をくまなく調べて回った。

きっとどこかに、もう一本くらいある筈だと自分に言い聞かせていても……無情にも過ぎていく時が、心をへし折ろうとしてくる。

そしてとうとう、認めたくない事実を……受け止めなければならない時間になった。


「見つからなかったね……きのこさん」


 下に降りて、かれこれ三十分は捜索を続けていた。

 俺も丈美もサイコキノシスを使いすぎて体力の限界が近く、眞城もフラフラで今にも倒れてしまいそなほどに疲弊してしまっている。

 もう……限界だった。俺は覚悟を決めると、調べ物を続けている眞城を呼び止めた。


「……眞城、いいか?」


「え?」


「普通なら、この一本を持ち帰って国に調べてもらうのが得策だ。でも、俺はそうしたくない……それは、分かるよな?」


 採取した後、置いたままだった例のキノコを能力で浮かべると……俺はそれを丈美の目の前に差し出す。もはや、俺に残された道はこれしかなかった。


「ど、どういうこと? 説明してよ、おにいちん」


 キノコを食べるように促されて、丈美は戸惑っている

 丈美はまだ残酷な事実に気付いていないので、当然の反応だと言えよう。


「いいか丈美……よく聞くんだ。俺と丈美はこのキノコをまるごと一本食べた事で変化した。つまり、一本だけじゃ二人は元に戻れないかもれしれないんだ」


「あっ……で、でも! そんなの、どうにかならないの? ねぇ! 優夢おねえちん!」


 縋るような声で眞城に助けを求める丈美だが、無駄なことだ。

 眞城も俺と同じ考えだったからこそ、こんなにボロボロになってまで……もう一本のキノコを探そうとしていたに違いなかった。


「キノコの成分を研究して、二人を元に戻す方法を見つけるって道もあるけど……現実的じゃないわね。こんな魔法じみた事、研究したところで解明出来ると思えないもの」


 その通り。伝説の内容からして、紅い満月にキノコを食べなければいけない以上……決断を先送りにするわけにもいかない。

詰みの状態。俺か丈美のどちらかが後一年、このままでいなければならないんだ。


「だから丈美。このキノコはお前が食べるんだ」


「な、なんで? そしたらおにいちんが戻れなくなっちゃうよ?」


「俺は戻らなくていい。知っての通り、キノコの姿でも上手くやれてるんだよ。な?」


 そこまで言って、俺は眞城の方を見る。


「……そ、そうよ丈美ちゃん! 丈人君はね、私を始めとする沢山の親友逹がいるからしばらく戻れなくてもぜんっぜん平気なの! あはははっ!」


 俺の表情を読み取れる眞城なら……そう言ってくれると信じていた。

 すまない、眞城。俺はお前の気持ちを知っているのに、こんな役目まで押し付けて……


「聞いたろ? 妹のお前が俺に遠慮するなんて、百年早い……」


「……………………どうして?」


 吹けば消えてしまいそうなほどに弱々しい、かすれ切った声。

それが、丈美の漏らした声だと理解するのに――俺は数秒の時を要した。


「どうしておにいちんは……嘘を吐くの?」


 いつも愛くるしくて、どんな時でも俺の前では絶対に甘えん坊で。


「丈美、知ってるよ? おにいちん……丈美が眠った後に、部屋で悲しそうにしてること」


 まだまだ子供なんだって思っていた。何も知らないのだと決めつけてばかりいた。


「優夢おねえちんが初めて家に来た日も、丈美ね……聞いてたんだ。おにいちんが、心の中で溜めていた、本音……」


 だけど丈美は知っていたんだ。

大好きな兄が自分の為に明るく振舞い、嘘を吐いていたことを。


「ごめんなさいっ……丈美が、逃げちゃったから……おにいちん、一人で頑張って」


「違う、俺は……」


「うぅぇぇ……やだよぉ……丈美だけ、ひっく、元に戻りたくなんかぁ、ないもぉん……」


 涙は流せなくても、押し留めていた感情の波が溢れ出してしまったのだろう。

 浮かんでいるキノコを無視して、丈美は泣き声を上げながら俺の体に飛び込んでくる。

俺は……馬鹿だ。

丈美を元気づけようとやってきた事が、かえって丈美の心を傷付けていたなんて。


「……アナタの負けよ丈人君」


 支えていた力を失い、地面に落ちたキノコを拾い上げて……身を寄せ合う俺と丈美の前に歩いてくる眞城。月の光を浴びて煌びやかに輝く髪を揺らし、ニヤリと微笑んでいる。 


「大切な妹がここまで言っているのよ。その気持ちを尊重してあげなさい」


「丈美の気持ちは嬉しいさ。だけど、現に一人しか戻れないなら!」


「逆の立場なら絶対に受け取らない男が何を言ってるのよ。こういうのは理屈じゃないの」


 俺の訴えを黙殺した眞城は手に持っていたキノコを両手の人差し指と親指で挟むと、紙を破くようにキノコを縦向きに裂いて二つに分けていく。


「な、なにをしてるんだよ眞城!」


「はい、綺麗に半分ずつ。これで戻れないなら、今回は諦めることね」


「諦めるって、お前な! いい加減に……っ!」


「おにいちんっ!」


 ぽむりんと、丈美の柔らかな体当たりが俺の言葉を止めた。


「これがいい! 丈美はおにいちんと一緒に戻りたいの!」


 有無を言わせない力強い声。

 こんな声を聞かせられたら……認めないわけにはいかない。


「ああ。一緒に元の姿に戻ろう」


 もし丈美が一人で元に戻れても、後悔ばかりの一年間を送る事は容易に想像出来る。

 それなら、二人で元に戻るか……いっそのこと二人ともこのままでいよう。

 どちらを優先すべきだ、なんて計算式じゃ人の気持ちは割り切れないのだから。

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