43話 キノコスープのお味は?
「明日は神念山についての調べ物か。市の図書館に行けば郷土史とかがありそうだ」
「それじゃあ放課後にみんなで図書館にお出かけだね!」
「質問。おやつは……三百円、まで? キノコは、おやつに……入りますか?」
「シーナ・ロイド・バレトリア。貴様は愚かだな……キノコはおやつに決まっている」
「愚か者はアナタよ江園君! 【きのこ研究会】ではキノコはオカズよ!」
「ふぁっ! し、しし、シテないよ! わ、私は、木之崎君をオカズになんてっ!」
「……語るに落ちたな、橙乃杏! この淫魔め!」
帰る準備を刻々と進めながら、冗談を言い合って笑い合う俺達。
八方塞がりの状況から持ち直したことで、全員の顔は眩しく輝いているように見える。
俺はキノコだから、鏡を見ても自分の表情を知ることは出来ないが……もし、俺が人間の姿だったら、みんなと同じように眩しい笑顔を見せているだろう。
そしてその笑顔をくれたのは間違いなく、ここにいる仲間逹だ。
だから俺は――それをあの子にも分けてやりたい。
「……なぁ、明日やる図書館での調査に丈美も連れていきたいんだけど……いいか?」
中学校でいじめられてから、ほとんど家から出ることは無くなった丈美。
たまに外に出るとすれば、帰宅した家族を迎える時ぐらいである妹を……再び外の世界に連れ出すには絶好のチャンスだと俺は思った。
「丈美ちゃんも? 私は大歓迎よ」
「家に篭もりきりじゃ体にも悪いからさ。気晴らしに外に連れ出したいんだ」
「でも大丈夫? 丈美ちゃん、人がいる場所に出かけるのは怖かったりしないかなぁ?」
「俺も付いているし、何より……お前逹がいてくれれば丈美も安心すると思う」
この言葉に嘘は無い。俺がそうであったように、みんなと一緒に過ごせば……丈美もきっと心の底から笑えるようになれるのだと、確信している。
「ええ、たぁっぷりと可愛がってあげるわ……大切な義妹だもの。うふふふっ」
察してくれているのか、いつものようにふざけ気味の眞城が不敵に笑う。
いいや、眞城だけじゃない。
橙乃や針馬は勿論、丈美と面識の無いシーナでさえも深く頷いて笑ってくれている。
「さて、明日の予定も決まったことだし。サクッと帰ろうぜ」
じわじわと視界の端が滲み始めたのを隠して、俺は努めて明るく振舞う。
「空腹。途中で……何か、食べに……行きたい……デース。スシ、テンプーラ」
「こ、ここにきて外国人アピール……だと?」
「夕飯も近いし……流石に寿司や天ぷらはな。無難なのはハンバーガーか?」
「駅前にマックスバーガーが新しくオープンしてたから、そこに行こうよ!」
「ふ、うふふふっ……友達との下校中の寄り道……買い食い……うぇひひひひっ!」
「おぉう。久しぶりに見たぞ、眞城の変態モード」
個性的で、おかしな言動を繰り返す連中ではあるが……一緒にいるとこんなにも楽しい。
辛い現実から目を背けずに、前へ進もうとする勇気を与えてくれる。
これが本当の友達ってヤツなのかもしれないな。
などと、照れ臭いことを考えた直後――
「お前らぁぁぁぁぁっ! いつになったら貢物を持ってくんだァッ!」
いきなりバタァーンと蹴り倒された科学室の扉と、校舎中に轟き渡るほどの怒鳴り声が俺の感傷を吹き飛ばしていった。
「ちょ、えっ……?」
何が起きたのか分からず、頭が真っ白になりそうだったが寸前のところで堪える。
マズイ。こんなことをするような人間なんて……一人しか心当たりが無い。
「わひぃっ! け、ケイ先生?」
「きぃのぉさぁきぃっ……やっと見つけたぞ……!」
開かれた扉の先にいたのは、やはり俺のよく知る人物だった。
白く長い髪を逆立てて、ケイ先生はゆらゆらと歩きながら捲し立ててくる。
「さっきハゲ校長から聞いたぞ! 部員が揃った【きのこ研究会】を認可したってな! ならば設立の功労者であるケイ様に何か供物を捧げるのが必然だろうがっ!」
あっ、そう言えばケイ先生に報告をしに行くのを忘れていた。
それでこんなにも怒っているってわけか……くそっ、抜かったな。
「横暴。日本の、教師……怖い、デース」
「なっ、外国人……? テメェ、日本にいるなら日本語を喋りやがれっ!」
「思いっきり日本語で喋っていますよケイ先生。語感で判断しないでください」
「きぃのぉさぁきぃ……ケイ様に意見するつもりか? あーん?」
「いえ、なんでもございません」
面識が無いシーナを見て勢いが削がれたのか、ケイ先生は手を腰に当てて立ち止まる。
よかった。これで、なんとか会話が通じるレベルには落ち着いてくれた。
「つーか、何をやってんだお前ら? ハゲ校長からは、ケイ様の為にキノコを栽培しているって聞いたぞ」
「え、えーっと……これには海よりも深いワケが……」
冷や汗をダラダラと流して、眞城は上手い言い訳を考えているようだ。
眞城だけでは荷が重い。俺もどうにか加勢しなくては。
「あのですね、私逹は今……」
「んん? くんくんっ、くんくんくんっ! 美味そうな匂いがするな」
俺逹を素通りして、ケイ先生はまっすぐにとある場所へと足を進める。
その先にあったのは十数分前まで俺を茹でるのに使っていた、あの分銅鍋だ。
「あっ! ケイ先生! それは……!」
「はっはーん? なるほどな。お前らも憎い事してくれるじゃねぇか!」
とても嫌な方向に勘違いをしてしまったらしいケイ先生はカセットコンロの火を付けて、引き出しから取り出したおたまで鍋の中身を掻き回し始めた。
菌類でも分かる。ケイ先生は俺が浸かっていたお湯を飲もうとしているのだ。
「具材は入ってないが、これは相当に煮込んだスープだとみた! どれどれ?」
「だ、ダメですっ! 飲んじゃいけません!」
「やめろ榎田慧! それはスープではないっ!」
「そう硬いことを言うな木之崎、江園。完成前に味見するくらい多めにみろって」
必死に止めようと俺達が声を張り上げても、ケイ先生がその程度で諦めるわけがない。
十分に鍋から湯気が立ち上ってきたのを確認してから火を止めて、ケイ先生はおたまでゆっくりと残り湯を掬い上げ――迷うことなく口まで運んだ。
「んごく……ごくっ……!」
豪快に喉を鳴らし、おたまの中身を飲み込んでいくケイ先生。
もうダメだ、怒られる! 誰もがそう思い、瞳を閉ざそうとした……瞬間。
「ふ、ふぇひはぁっ……んめぇええっ……」
蕩け切ったケイ先生の喘ぐような声が、俺達の意識を鷲掴みにした。
「ずずずっ、キノコベースの濃密な香りと、深いコクが口の中に広がって……ごくっ」
二口、三口と……何度もおたまでおかわりを掬い、ケイ先生はそれを飲み干していた。
え? これはどういう……ことだ? シーナがコンソメを入れたとはいえ、元は俺が茹でられただけの水だ。俺がキノコだとしても、そこまでの味になるとは思えないが……
「肉厚のキノコにこのスープを絡めて……酒と一緒につまみてぇなぁっ! くぅ~っ!」
十回ほど試飲を繰り返してようやく満足したのか、ケイ先生はおたまを手放す。
肉厚のキノコ、の部分で俺のことを見たのは偶然……ですよね?
「コイツに合うキノコをちゃんと見つけろよお前ら! 今度ケイ様が山で色々なキノコを採ってきてやっから、完璧に仕上げたキノコスープを差し出せ!」
衝撃が強すぎて言葉が出てこない俺達に対して一方的に言い残し、ケイ先生は化学室から去っていく。本当にスープ扱いなんですね、この液体。
「行ってしまった……何も知らずに」
極上のスープだと思ってがぶ飲みしたのが俺の出汁だと知ったら……ケイ先生の事だ、ガチで俺を酒や酢に漬けて食べかねない。
俺の命を守る為にも、この事実は早急に闇の底へと葬る必要がある。
「先生には悪いけど、別の代用品を用意して――」
キノコスープなんて市販のキノコや調味料でなんとか作れる。
ハードルが上がっている分、少し手間はかかるが、みんなの力を借りれば簡単に……
「……おい。さっきから何をしてるんだお前ら?」
さっきから一切喋らないみんなを心配して振り向くと、そこには俺に気付かれないようにそろりそろりと分銅鍋に近づいている四人の姿があった。
しかも全員が揃いも揃って……手にスプーンを握り締めているようだ。
「もう一度訊くぞ。何をしてるんだお前ら……?」
「いや、だって……あんなに幸福そうな顔を見せられたら……ねぇ?」
「あ、あはは……これも、調査の内かなーって」
「どんな味かを知ることで、謎のキノコの正体に近づけるかもしれん」
四人の気持ちはよく分かる。あれだけの反応をされれば、どんな味か知りたくなるのが人情というもの。だがしかし、それを俺が看過出来るかどうかは――全くの別問題だ。
「ごくごくごくごくっ! んぁっ、あん、はぁ~ん……さい、こぉ……あへぇ」
「ああっ! ずるいわよシーナ! 一人だけ飲むなんて!」
「わ、私だって木之崎君の成分を取り込みたいよっ!」
「これはあくまで実験だ。丈人、許せ!」
「お・ま・え・らぁ……そんなに煮え湯を飲みたいなら……」
お前逹こそが本当の友達だと感動して、俺は涙を流しそうになっていたというのに。
それをこんな形で裏切られるとは……今回ばかりは許しておくものか!
「とことん味わえってんだ!」
俺はサイコキノシスで分銅鍋を捉えると、天井高くまで持ち上げて……四人の真上でそれをひっくり返す。当然、鍋の中身は重力に従って下に落ちてゆき――
「「「「ホゥァチャーッ!」」」」
薄情な裏切り者どもに、制裁の雨を降らせるのであった。
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