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39話 キノコとファーストキス?

「……逃げ道は無さそうだな。分かった、キスすればいいんだろ」


「嫌そうな声を出さないでくれる? 私ほどの美少女とキス出来るのよ、光栄に思うのね」


 怒った口調とは裏腹に、眞城は菩薩のような笑みを浮かべている。

 ニコニコと幸せそうなところを悪いが、ツッコミたいことが一つ。


「え? キスの相手は眞城なのか……?」


「は? 当たり前でしょ」


「ほぁっ! わ、私じゃないの?」


「挙手。シーナも、お忘れ……なく……」


 ババッと高く挙げられる橙乃とシーナの右手。伏兵に驚く眞城と、譲れないよと意気込む橙乃の瞳が交差し、バチバチと火花を撒き散らしているように見える。


「……優夢ちゃん。確か童話だと【清らかな】お姫様がキスをするんだよね?」


「あら? 【絶世の美女である】お姫様だったと思うけど?」


 二人の放つ重圧の前に、俺は押し潰されてしまいそうな錯覚を覚えた。

 そんな竜虎相搏つ状況の中で、余裕を見せるシーナがぷるんと胸を張って言う。


「シーナなら、両方……満たせる、どやぁー」


「私だって満たしているわ! 清らかといえば眞城! 絶世の美女といえば優夢なの!」


「わ、私も……負けてないもん! 木之崎君に可愛いって褒められたことあるよ!」


 あーだこーだ。俺とのキスを巡って口論しあう美少女逹。こんなにも素晴らしいシチュエーション、男冥利に尽きるんだけど……見ていて思うのは素朴な疑問。


「……俺に選ぶ権利は無いのか?」


 呟いた言葉は三人に届くことなく、話し合いはどんどん過激化していく。

 どう止めればよいものか。俺がうんうん唸って思案していると……眞城が観念したように、とある打開策を橙乃とシーナに持ちかけた。


「身内同士で争っても無益よ。ここは全員がキスを試すってのはどう?」


 醜く奪い合うのなら、みんなで分け合えばいい。

理には適っていると思うが、倫理的にはアウトじゃないか。


「うっ……うん。ゼロになるよりはいいよね」


「承知。ただし、問題は……順番。一人目が、重要……」


「「……順番!」」


 争いを鎮める為の提案が、また別の争いを引き寄せたようで。

 一瞬で目配せを終えると、三人は寸分の狂いもなく握り拳を前に差し出した。

 沈黙。嵐の前の静けさが科学室を包み――そして。


「「「じゃーん・けーん・ぽーん!」」」


 一斉に声を揃えて、キスの順番を賭けたじゃんけん勝負が始まる。

 見目麗しい女の子逹のじゃんけんなんて、楽しく見ていられる光景の筈なのだが……


「「「あいこで、しょっ! しょっ! しょっ! しょっ! しょぉぉぉぉっ!」」」


 鬼気迫る表情。絶対に負けられぬものかという執念が生み出す連続あいこ。

 子供が見たら間違いなく泣くな。なんて呆れつつも、やることが無いので気絶している針馬の寝顔を観察する。黙ってればイケメン……というか美人なんだよなーコイツ。


「んぅ……むにゃ……たけとぉ」


 桜色の唇から紡がれる甘い寝言。こちとら大事なファーストキスを失おうとしているっていうのに、呑気なもんだ。

いや、待てよ? キスって今の俺だと……


「うっしっ! しゃおらぁっ!」


「ああああああああっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「敗北。これが……涙、泣いているの……シーナは……」


 とかなんとか考えている内に勝負は着いたようだ。


「やっと終わったか……」


 三人それぞれの反応を見れば、誰が勝ったのかは一目瞭然だ。

 じゃんけん勝負を制したのは眞城。ガッツポーズを決めながら、歓喜の雄叫びを上げているところを邪魔したくないが……伝えないといけない事がある。


「眞城、お前逹がジャンケンをしている時に気付いたんだけどさ」


「ま、待って! まだ心の準備が出来てないの! んーむっ……!」


 高速で唇にリップクリームを塗り直し、小さな鏡で髪型を何度も確認する眞城は手櫛で髪の乱れを直し、パチパチとウィンクを三回してから俺の方へと向き直す。

 そしていよいよ俺の体を抱き上げ――瞳を閉じたまま唇を近づけて来る。


「いいいっ、イクわよ! ちゅ、ちゅぅぅう……って、あれ?」


 俺にキスをしようとしたまま、ピタリと止まる眞城の顔。しばらく硬直した後、パチリと目を開いた眞城はじぃーっと俺に目線を送り……ポツリと呟いた。


「丈人君の口って……どこだっけ?」


「俺の口って傘の根元にあるから……変な体勢にならないとキス出来ないぞ」


「…………え?」


 人間同士でキスするように唇を近づけると、おでこが傘にぶつかって不可能だ。

片手で傘を持ち上げながら顔を真横に傾ければいけなくもないだろうが、情緒もへったくれもなくなる。それでいいのなら、どうぞどうぞ。


「…………じゃあどこにキスすればいいのよ?」


「さぁ? 茎はなんか違う気もするし、傘にでもするか?」


「…………ちゅっ」


「んぉっ! くすぐったいな」


「…………変化は?」


「変わったように見えるか?」


 ピキリと、眞城の何かにヒビが入った音が聞こえた気がする。

 一方で、成り行きを見守っていた橙乃はやけにウキウキとした声で喜んでいた。


「残念だったね優夢ちゃん! じゃあ次は私がチューするね!」


「覚悟。い、いきます……木之崎、先輩」


 傘に伝わる柔らかな唇の感触が二回。

橙乃のキスは心地よく一瞬で済んだが、シーナのキスはチロチロと舌で舐められた感触のせいで、んひぃっと悶えてしまった。食べられやしないかとヒヤヒヤしたぞ、おい。


「さて。これで全員終わったけど……何も変化しないな」


「あ、うん。ありきたりな方法じゃダメって事が分かったわ」


 どんよりと暗いオーラを纏った眞城が、わなわなと肩を震わせている。

 キスをしっかりと出来なかった事が、眞城の何かに火をつけたようだ。


「こうなったらもうヤケよ! 思いつく限りのいろんな方法を試してやるんだから!」


「い、意気込むのはいいが……お手柔らかに頼むぞ」 


 思えば、全てはここから脱線の一途を辿ることになる。

 実験という名を冠した迷走が――幕を開けたのだ。 

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