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「もうここは使わなくていいのか?」と技術教師は言った。
「はい。無理言ってすみませんでした」香澄の表情は物憂げだ。
「今日は回収しに来ただけですから」
「ああ、あれか?」
技術教師は技術室の片脇にある扉を開き、倉庫の中から木作りのスタンドを取り出す。
「はい。使わず仕舞いになっちゃいましたけど。あ、そうだ。先生使ってくださいよ。プレゼントしちゃいます」
技術教師はそのスタンドをじっくりと見ていた。手で樹の木目を触ったり、頑丈か確かめるためなのか、少し力を入れて強度を確かめていた。
「もらえねえなあ。学生にしちゃ、よくできてるな。もう一人の奴に任せっきりだったんじゃないか?」
「やめてくださいよ。私もちゃんと手伝いましたから」
技術教師はスタンドを手にしたまま香澄に近寄る。
「俺はもらえないな。元々持って帰るつもりだったんだろ? ちゃんと持って帰ってやれよ。自分で作ったってことは、なんかしらの想いは込めたんだろ?」
スタンドを掴んだ右腕が差し出されるが、香澄は俯いたまま受け取ろうとはしなかった。それを感じ取ったのか、技術教師は溜息をつき、香澄の右手を開いて無理矢理握らせた。
香澄は寒くもないのに体を震わせていた。
「ベース、結局一度も聴けなかった。持ってる姿すら見られなかった。思い過ごしだったんだなあ……」
香澄は鼻を啜る。
「結城君にも悪いことしちゃったな。結城君に相談しなかったら……。このベーススタンドが完成したときもすごく喜んでくれて。私が祥の誕生日にサプライズで何かあげたいんだけどって相談したら快く乗ってくれて、俺も一緒にやるからって、絶対喜ぶって……」
顔を覆って泣き出す香澄の真っ暗な視界には、そんな完成までの道のりが映っていた。『絶対喜ぶって、こんなすごいやつ! それも香澄ちゃんが自分で作ったって知ったらさ!』完成したベーススタンドを見てはしゃいでいた結城の姿が、今も残像として映っていた。
「先生?」
「なんだ?」
「好きってだけじゃ、駄目なんですね……」




