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夜の國(血)  作者: ねろ
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想いの憑神『不知火』 その2

「あんたか?アタシを御主人サマの身体から引っ張り出したのは──。」

そう言って憑神・不知火はそこに現れた。

藍色の着物を纏っていて、如何にも和風美人という出で立ちをしている。

「たかが人間ごときからお呼び出しがかかるなんてねぇ、やれやれ──────ん。」

何かに気がついたような表情で、顔をぐっと僕に近づけた。そのまま撫で回すように僕を見つめると、「ああ、なるほど。あんた普通の人間じゃないわけか」と納得したように言った。


「少し前まで憑かれていた人間だね──いや、絶無の怪物・マンイーターに限って言うなら、もはやあんた自身が憑神になってしまったようなものだけど…。」

あいつは超絶レアなやつなのよ、と破顔する不知火。

落ち着いた、気持ちの良い笑顔だった。

しかしその表情は、一瞬にして冷徹な眼差しのそれに戻る。

「ふうん──それで?"地獄"を体験したなら話が早くて助かるけど。用件くらいは聞いてあげよう。何でも言いな。」

僕を見下すようにしながらそいつはそう言ったが、大方「柿本の影を返せ」と言うのだろうと、そういう予想は既についているのだろう。むしろこの状況で人間から影を返すように言われない方がおかしなもので、相手が憑神の類に関する知識があるなら尚更だ。もっとも僕の知識は、大体が黒矢の受け売りでしかないけれど────。


「その女の子──柿本 永音の影を……存在を、返してほしい。」

だからと言って怯んではいけない。僕はどうにかして、彼女に対して責任を取らなきゃいけないのである。


だから。

逃げるな。


「あらら、いくら他の追随を許さないほどの力を有する怪物の頼みでも、それは聞けないね──。この世は人の想いで成り立っているのよ。想いを拒んだ者なんて、ただの肉塊に等しい。或いは惰性で生き狂っているような獣よ。」


「お前・・・・・・!」

平気で非道(ヒド)いことを言うやつだ。

さりげなく怪物扱いをされたことなんか勿論どうでもよく、柿本を惰性に塗れた獣扱いをしたのが、何よりも許せない。

僕の怒りは今にでも爆発しそうではあったが、唇をきつく噛みしめて堪えていた。口の中にわずかに血の味が広がる。

「・・・柿本は、もう想いを拒絶なんかしてないよ、不知火──。少なくともお前が出てくる直前、彼女は今までの思いの丈を全て僕にぶちまけたじゃないか。八つ当たりとも言えないようなあれだって、彼女の本気だ。彼女は──。」

そこまで言いかけたところで、不知火の「くくくっ」という笑い声で僕の言葉は無理に遮られる。なんだか最後までセリフを言わせてもらえないことが多いんだよな……。


「あんたはほんとにお人好しだねぇ…その中身の薄い優しさったらもう気持ち悪いくらいよ。ムカつくくらいよ。」

馬鹿らしい、と吐き捨てる不知火。

俯いたその眼は、負の感情を全面に表していた。

「もういい。消えな」

その一言と同時に、不知火はゆっくりこちらへ歩いてくる。

・・・まずい、戦闘かよっ!

僕はもう人間だ、仮に1%だけ化け物の力が残っていたとしても、その1%を呼び覚ますことはまず無理だろう。教室だから逃げることも難しい。

それに何より、柿本を置いて逃げられない!!

どうするっ………。

不知火は靭やかな長い手で僕の首を絞める。細長く美しい指が、僕の首元へズブズブと沈んでいった。

「うぐっ………………!」

!!

な、なんだよ────コレ。

身体から力が、吸われるっ……。

生物としてのエネルギーを直接吸い取られ、呼吸もまともに出来なかった。

なんとかして、絶無の怪物(マンイーター)としての力を戻さなきゃ──確実に死んでしまう。


どうにかしなきゃ。

どうにか────────────!!

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