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夜の國(血)  作者: ねろ
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影を失った少女 その2

黒矢は言葉の通り、逆神ホテルに滞在していた。

彼は何をするでもなく、窓にもたれかかるようにして外を眺めている。

「・・・何用だ。鎌田。」

僕は体験したその違和感を黒矢に伝えた。

影のない、柿本 永音の話を。

すると黒矢は、僕の話をじっくり反芻し、「ほう」と感心したような声を漏らした。

「まったくお前は悪運に塗れたようなやつだな──いきなり『不知火(シラヌイ)』に出逢うだなんて、冗談みたいな話だ。」

「不知火?」

僕は聞き返す。

「ああ。人との繋がりを拒否している人間の影を食らう憑神(ツキガミ)だ。そして完全に影を喰らい尽くされた人間は、消滅する。死ぬのではなく、"消滅"だ。」

いつも通りの平坦な口調に、むしろ恐怖を覚えるくらいに恐ろしい話だった。ぞっとする。

「まあ推測するに、その少女は何らかの理由で学校で孤立しているのだろう…。勿論、"意図的に"だ。」

望んで孤立する人間なんていない──とは、言いきれないのは知っている。

しかしそれなら、彼女はどうして?

こんな質問をしたところで、「知るか」の一言で一蹴されるのは火を見るより明らかであった。


知らないことが多すぎる。

分からないことが多すぎる。

考えるべきことが多すぎる。


ひとまず、ここは切り上げておくべきだな…。


「・・・えっと、分かったよ。また何かあれば相談する。」

「ああ。無理はするな。」

え?

無理はするな、だと?

こいつもなんだかんだで、僕のことを心配してくれているのか──。

ああ、少し嬉しいなぁ、と。

黒矢の口から優しさともとれよう言葉が出たことに(失礼な話だが)驚きを隠せず、彼の顔を見ると、そいつは笑っていた。

にやりと、笑っていたのだ。

それと言えばもう完璧に完全に悪い奴の笑い方で、「罠にかかりやがって」という感じで、僕の感動は即座に冷めた。

ちくしょう。


疑問を解消しに向かったつもりが、結局は僕の思考だけじゃどうにもならないような疑問を増やしてホテルを去ったのだ。

それ以来(夏休みだから難しかったが)、なるべく多くの生徒から彼女に関しての情報を得ようと試みた。しかしその努力虚しく、大抵は黒矢の言ったような「意図的に他人を拒んでいるようだ」というものしか得られなかったのだ。



回想終了。



──と、なれば。

そうなれば、やることはひとつ。

つまりはもう、本人に聞くしか術がなかった。

今日も数学の補習が、あるはずだから──。


僕は(不安定な博打ではあったが)、意を決して教室の扉を開く。

そこには案の定、儚げで綺麗な少女が佇んでいた。

「ん」

僕は今彼女について気づいたふりをする。

それはもう、大袈裟なくらいに。

「あれ?お前、柿本だよね?ほら俺だよ俺、1年の頃に数学の補習でよく一緒だった、鎌田。覚えてるかな?」


「・・・・人違いじゃ、ありませんか。」

「私の名前は杮本です。」

「んなわけあるか!」

記念すべき初ツッコミ(たぶん)。

こけらもと………。

「柿」と「杮」の目を凝らさないと分からないほどの違いをすぐボケに用いようとするあたり、こいつはやはり、あの博学な柿本だった。というか、杮の漢字を知っている人自体少ないんじゃないか?

「おいおいおい、人違いなわけあるかよ。忘れちまったのか?へこむなぁ。」

と、本来のキャラとは随分違うがおちゃらけた態度をとってみせる。どうせ誰も見ていない。構うものか。


そんなこんなを繰り返していると、やがて彼女は「はぁ」と溜息をつき、こう続けた。

「……覚えているわよ、あなたの事は。」


「──ずっとね。」


教室では、僕の影だけが日光に曝されて揺らいでいた。


そうだ。

朧だった僕の記憶も、だんだん明瞭に思い出せてきた。


ここから先を語るには、一年前の僕と彼女について語る必要があるだろう。

人喰いの化物にも、影を喰らう憑神にも、何にも縁のなかった、ごく平凡な高校一年生の少年少女。

遠い昔の、2人の話を。

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