第8話アウトランド地下通路8
外の光は、眩しいというより——鈍かった。
灰色の空。
雲ではない。
薄く広がる汚染の層が、空を覆っている。
遠くには、崩れた建物の残骸。
鉄骨が剥き出しのまま、傾いている。
風が吹く。
乾いた砂と、細かい灰を運んでくる。
「……」
リシェルは、しばらく言葉を失っていた。
これが、“外”。
教えられてきたものとは、違う。
もっと曖昧で、広くて——
静かだった。
「……行くぞ」
ユウが歩き出す。
迷いのない足取り。
リシェルは一瞬だけ立ち尽くす。
だが、すぐに後を追う。
「……どこに、行くんですか」
「戻る」
短い返答。
「集落に」
その言葉に、リシェルがわずかに反応する。
「……集落」
「俺の仲間がいる場所だ」
ユウは振り返らずに続ける。
数歩進んでから、ふと足を止める。
そして、軽く振り返る。
「お前も来るだろ?」
あまりにもあっさりとした言い方。
だが、その一言は決して軽々しい内容ではない。
リシェルは少しだけ目を見開く。
「……いいんですか」
「別に構わない」
ユウは肩をすくめる。
「命、救ってくれたからな」
リシェルの呼吸が、わずかに止まる。
あの瞬間。
自分が彼の手を引いたこと。
「……あれは」
言いかけて、言葉を選ぶ。
「でも、助けてもらったのは……私の方です」
視線を落とす。
「何度も……命を救ってもらいました」
静かな声。
「回数で言えば……」
少しだけ苦笑する。
「私の方が、ずっと多いです」
ユウは少しだけ考えるように間を置く。
「まあ」
軽く息を吐く。
「そういうのは、数じゃない」
「……え?」
「お互いの信頼がどうあるかの問題だ」
あっさりと言う。
リシェルが言葉を失う。
ユウは続ける。
「正直、最初は怪しさしかなかったけどな」
その言い方に、リシェルの眉がわずかに動く。
「……そうなんですか」
「当たり前だ」
即答。
「いきなり変な格好のやつが目の前で死にかけてたんだぞ」
リシェルは少しだけ頬を膨らませる。
「……変な格好ではありません」
ユウは無視する。
「でもまあ」
少しだけ視線を細める。
「一晩中見ていて、お前が悪い奴じゃないのは分かった」
その言葉に、リシェルの表情がふっと緩む。
「……ユウ……」
少しだけ、感動したような声。
だが。
その直後。
「……一晩?」
ぴたりと動きが止まる。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
「一晩中……?」
ユウは特に気にした様子もなく答える。
「まあな」
「……」
「でも別に、普通だったぞ」
さらっと言う。
「しいて言えば——」
一瞬、思い出すように視線を逸らす。
「寝言で『魚が二足歩行で……』とか『生えている手は泳ぐとき使うんでしょうか……』って言ってたくらいだな」
「——っ!?」
リシェルの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「な、ななな……!」
言葉にならない。
「……覚えてないのか」
ユウが淡々と追い打ちをかける。
「かなり必死だったぞ」
「わ、忘れてください!!」
ほぼ叫び。
「今すぐ忘れてください!!」
顔を覆う。
耳まで赤い。
「いや無理だろ」
即答。
「感性が鋭すぎる」
「忘れてくださいって言ってるじゃないですか!!」
リシェルが本気で抗議する。
ユウは少しだけ肩をすくめる。
そのまま、歩き出す。
「行くぞ」
あくまで平常。
リシェルはしばらくその場に立ち尽くす。
「……最悪です……」
小さく呟く。
だが。
その足は、止まらない。
少しだけ頬を赤くしたまま。
ユウの後を追う。
灰色の空の下。
二人は、同じ方向へ歩き出した。




