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#86

「こういうとき、渋谷マルハチはやりやすくていいね」


 渋谷マルハチは草原の広がるダンジョン。冒険者密度が高い地域のダンジョンということもあり、入り口付近は魔物の出現も少ない。


 付近に一般の方々や他の冒険者がいないことを確認してから、私はカメラを取り出す。


「……三脚などは必要ないのですか?」


「うん? ああ、今までの配信は固定カメラで撮影してたもんね」


 ダンジョン配信者は、ダンジョン外での撮影はともかくとして、ダンジョン内での配信だと大抵の場合は無人ドローンのによる自動追従で撮影を行うことがほとんど。

 移動がほとんどになる上に、そのためだけにカメラマンを用意するわけにもいかないからだ。


 まあ、私の場合は普通のドローンというよりかは、少し特殊な感じだけれども。


「ともかく、これで撮れてるから問題ないよ」


「そうなのですか? それならよかったです!」


 素直にそう納得してくれる鈴音ちゃんと、不思議そうな様子で疑いを向けてくる千癒さん。まあ、仕方ないよね。これじゃ撮れてないだろうってのは明白だし。とはいえ、これに関しては私の配信のちょっとした秘密なのでね。簡単に教えるわけにはいかない。

 なんなら、カメラを取り出した理由の半分くらいは、鈴音ちゃんにカメラを意識してもらうためだし。


 ともかく、配信用のデバイスにカメラを繋いで。配信を開始、もとい中断していた配信を再開する。


「みんなー、見えてるかな?」


〔うおおお! ふたりともかわいい!〕

〔でも、こんなにかわいいのに、ふたりとも俺たちより強いんだよな〕

〔それも比較にならないレベルでな〕

〔言うな、悲しくなるだろ〕

〔今更だろ〕


「というわけで、やってきました渋谷マルハチ! さっき言ってたとおり、ここでエキシビションマッチをやろうと思うよ! よろしくね、鈴音ちゃん!」


「はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 ダンジョン用の防具を着込んだ上で剣と盾も装備した状態の鈴音ちゃん。準備は万全といったところだろう。

 まあ、私の方も魔法少女の装束という名の防具を着ているし、媒介用のステッキも持ってる。こっちも準備万端だ。


〔頑張れ! スノーちゃん!〕

〔大番狂わせを期待してるぞ!〕

〔大番狂わせって言うなら鈴音ちゃんが勝つのでは?〕

〔はっはっはっ、ここまでの経過を見ればスノーちゃんが挑戦者に決まってるだろ。……いや、なんでだよ〕

〔冒険者ランクは上側の強さには信頼できない。はっきりわかんだね〕


 私自身、挑戦のつもりでいるのは間違いないけど。でも、だからといって負ける気はない。

 真っ直ぐに構えた鈴音を正面に見据えながら、動きを見る。


 ここまでのトレーニングや模擬戦から、彼女の身体能力はある程度把握できている。

 鈴音ちゃんの動きは追うのが精一杯になるほどに早い。それは事実だし、彼女の得意武器である現状はそれがさらに顕著だ。

 でも――、


「《白銀の氷牢(ホワイトプリズン)》ッ!」


 戦いへの慣れは、流石に私のほうが上。

 動きの()()()は、比較的見やすい。


 生成した氷の槍が、鈴音ちゃんを閉じ込めるようにして地面に突き刺さる。


〔よし、これで一旦動きを制限することができ〕

〔って、嘘だろ〕

〔抜けたっ!?〕


 さすがは鈴音ちゃんというべくか。白銀の氷牢(ホワイトプリズン)が完成するその直前、スライディングで身体を滑り込ませてきた彼女は、そのまま盾で一本の槍を弾き返しつつ包囲を突破、こちらへの接近を継続する。


 しかし、それくらいのことは私だって想定している。

 白銀の氷牢(ホワイトプリズン)は、誘導。囲われる前に突破するには、自ずと、正面から抜けてくる。

 やってくる場所がわかっているのだから。


「しっかり凍えてもらうから。《凍ての大槍(フローズンランス)》――」


 待ち構えていればいいこと。


 白銀の氷牢(ホワイトプリズン)スピアとは一線を画す、巨大な突撃槍ランス


〔うおおお! いけ!!!〕

〔やれるのか!〕

〔いっちまえー!〕


「――《五重クインテット》!」


〔五本!?〕

〔入念すぎる!〕

〔でも、正直それくらいのほうがいい気もする〕


 それが、五本。それらが一気に、鈴音ちゃんへと飛来する。

 包囲を突破するために身体を滑り込ませたこともあり、万全とはいえない姿勢の鈴音ちゃん。

 躱すことは難しいだろう。


 これ決まり手になるだなんてこともさすがにないだろうが、とはいえ、確実に一撃を叩き込むことが――、


「ふふっ。私ね」


 凍ての大槍(フローズンランス)が命中する、その直前。魔法の奥側から、鈴音ちゃんの声が聞こえてくる。


「何度も、考えよりも先に身体を動かしては怒られてきたのです。ダンジョン内での一挙手一投足は命に関わること。だから――」


 同時。鈴音ちゃんへと向かっていった凍ての大槍(フローズンランス)は。


「――備えは万全に、と。そう言われておりますの! 《星光ステラ》!」


〔光線!?〕

〔突破された!〕

〔嘘だろ!? 曲がりなりにも高位の氷系統スキルだぞ!〕

〔それも、五本同時だってのに〕


 一筋の光に貫かれて、砕かれる。

 光系統の、高位スキルか。扱いはかなり難しいけれども、その威力は様々な属性の中でもひとつ頭を抜けている。それを、こちらの攻撃にぶつけることで防御に転用した。


 一点での突破が、彼女自身の隙になる、ということは。鈴音ちゃん自身も理解していたのだろう。

 だからこそ、彼女は。あらかじめ、そこに攻撃を準備していた。

 万が一、私がその隙を狙っていたときに。対処ができるように。


 結果から言えば、互いの攻撃は相殺。

 鈴音ちゃんの接近を許す形になってしまった。これは、まずい。 


「《氷壁》ッ!」


 私と鈴音ちゃんとの間に、巨大な氷の壁を生み出して、強引に隔離をする。

 あわよくば、氷壁に鈴音ちゃんのことを巻き込めていればよかったけど。まあ、さすがにしっかりと逃れてくる。


 とはいえ、これで一旦の仕切り直しが出来はする。

 ただ、完全にやり直し、というわけではない。なんせ、この状況には、先程までとは違う状況がひとつ。


 私と鈴音ちゃんとを隔てる、巨大な氷壁。


〔これは、どうなんだ?〕

〔氷の舞台は、いつものスノーちゃんのフィールドといえば、そうなんだけど〕

〔立て直しのチャンスでは?〕

〔いや、戦闘のテンポを取られている今だと、不用意に視界を遮るのは〕


 そう。コメント欄の言うとおり、氷壁を発動したのは苦渋の決断ではある。

 自分よりも素早い相手を前に視界を遮るほどの壁を展開してしまうと、次の一手を譲ることになってしまう。

 とはいえ、こうしなければ、準備もなにもないままに鈴音ちゃんに対応せざるを得なくなっていたわけで。それよりかは、マシ、という程度の判断でしかない。


(さて、どう来るかな)


 上か、サイドか。それとも、氷を割り砕いての正面突破か。 


「――左ッ!」


 氷の陰から飛び出してきた鈴音ちゃんの姿。

 なんとか、捉えて。視線で追いかける。


 真っ直ぐに突っ込んで、はこない。一拍のテンポをずらしながら、私の側面へと回り込んでくるように。鈴音ちゃんが接近してくる。


 こちらからの攻撃は間に合わない。でも、それは最初からわかりきっていた。

 だからこそ、最初から狙っていたのは――、


「《雪華の大輪》!」


 フェイント込みの彼女の動きを見切りつつ、生成した巨大な雪の結晶で彼女の剣を受け止める。

 攻撃の圧が強すぎるけど、ここが私の踏ん張りどころ。割れたところから固めていって、なにがなんでも受け止める。


 ガチガチと、金属と氷とがぶつかり合いながらら音を立てる。

 その、競り合いのさなか。


「っ、まさかっ!」


「今度こそは逃さないよ!」


 なにかに気づいたらしい鈴音ちゃん。しかし、離脱をしようとしたその瞬間には。割れた上から固められていた雪の結晶に、彼女の剣が絡め取られていた。

 その一瞬の判断の遅れを逃すまいと、雪の結晶を成長させて、鈴音ちゃんの身体を捕まえる。


「咲き乱れて《六花爛漫》!」


 大量の、拳大の雪の結晶を。吹雪の如く、一斉に吹き荒れさせる範囲攻撃。

 雪華の大輪で捕まえられていたこともあり、鈴音ちゃんは、これを避けられない。

 加えて、雪の結晶により。視界も十全には機能せず。


 あらゆる、対応が遅れる。


「これで――《凍ての時間》」


 私がなせる、今の最大火力。対象の周りを氷で覆うことで、完全に動きを止める。

 とはいっても、使用にはかなりの条件が必要。今の私の技量ではかなりの溜めが必要になるし。その間、対象が動かないことが前提になる。

 ただ、そこまでするだけのことはあって、威力のほどは凄まじい。


 時計の歯車を凍りつかせたかのように、対象を中心として辺り一帯を氷に閉じ込める。

 吐息が冷やされて白い息となって漏れ出る。


〔綺麗……だけど〕

〔これ、大丈夫?〕

〔うお、久しぶり見た気がする〕

〔逆に言うと、鈴音ちゃんがここまでやらざるを得ない相手だったってわけでもあるんだけど〕


 コメント欄の反応のとおり、間違いなく対人戦で使うような魔法、もといスキルじゃない。正直なところ、やりすぎではある。

 冒険者の身体なので多少のことでは問題ないと思うけれども。それでも、早めに助けてあげないと凍傷の危険もある。


「それじゃ、早くに――っ!?」


 鈴音ちゃんを助けるために足を向けようとしたその瞬間。上空から、突如として光線が降ってきた。

 いきなりのことに思わず防御姿勢をとる。しかし、散乱する強烈な光に目を瞑ってしまうが、光線が命中したのは私じゃない。


〔うお、まっぶし!〕

〔なにこれ!〕

〔なんも見えねえ!〕


「光線……光系統スキル、まさかっ」


 すぐ直近で覚えのあるそれに、私はチカチカする視界のままになんとか前を見据える。


 そこにあったのは、鈴音ちゃんを捉えた氷。――その、残骸。


〔氷から、鈴音ちゃんが脱出してる!?〕

〔嘘だろ!? いったいどうやって抜け出したってんだよ!〕


 一瞬遅れて持ち直した配信の画面に、視聴者が驚愕する。


「やっぱり、スノーホワイトさんの魔法は。とってもキレイですね!」


 声がした。


 割れた衝撃で、ダイヤモンドダストのように空中に舞った氷の粒が、光線の残滓でキラキラと輝く空中。

 その先に、鈴音ちゃんの姿が見える。


「……なるほどね。そりゃあ、みんなから後先を考えて動けって言われるわけね」


 凍ての時間の存在自体を知っていたわけではないだろう。

 しかし、寄り集まった魔力の存在や、手足を拘束されていた状況などから、彼女が下した判断。


〔まさか、自分の光線で自分ごと攻撃して脱出したってこと!?〕


 私の視界、そしてカメラが写したのは、左の肩口から僅かに出血しながら、こちらへと向かってくる鈴音ちゃんの姿。


 たしかに、なんでもあり、とは言ったけど。


「まさか、そこまでやるとは思ってないって」


 強いとは、思っていた。だからこそ、全力を賭した。冒険者ランクとか、先輩後輩とか、そういうものは全部取り払って。全力で警戒をしたし。自分でも過剰と思える魔法を使った。

 でも、鈴音ちゃんは。そんな私の想像を。ひとつ、超えてきた。

 強さも。勝ちへの……いや、生き延びることへの、執念も。

 そのための、覚悟も。


 防御スキル(雪華の大輪)を展開しようとするするけど。構えた雪の結晶が花開くよりも速く、鈴音ちゃんの剣が振られて、割れ砕ける。


 距離、至近。

 機動力は私の不利。

 そして。魔法を紡ぐにも、間に合わない。


 これは――、


「私の、負けだね」


 首元に潰れた刃が押し当てられるのと同時。私は、その両の手をスッと上げた。

Tips:魔法少女スノーホワイト

 魔法、もといスキルを中心に戦う冒険者にして、ダンジョン配信者。

 魔法の適正属性は氷系統。雪の結晶や氷の槍などを造形して、それらで攻撃するという戦闘スタイルを主としている。

 雪や氷はキラキラさせることができてかわいいので個人的にもお気に入りらしい。




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