↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
117/117

#117

 私と陽鞠さんのふたりは、男性の案内のままに霧の濃い森の中を歩いて行きます。

 そのさなかに考えることは、先程彼から聞かされたこと。――私たちが対峙していた魔物の正体。


 鵺。魔物としての名前を聞いたのは、初めて。

 曰く、多種多様な生物の身体を継ぎ接ぎに組み合わされた魔物で、合成獣《キメラ》に似ていながらに非なるもの。

 その階級は、先刻に彼の口から告げられたとおり、討伐指定S級。それでいながらに、存在そのものが多大なる危険性を孕む災害級《ディザスティア》。


 私や陽鞠さんにとっては、遠い存在でありながらに、知らない存在ではない階級。

 月村さんと海未さんが。日本で最強と言っていいおふたりが、周囲への配慮を一切抜きにしてやっと斃すことができる、というレベルの魔物。

 当然に、私たちが叶う相手ではないでしょう。元より、冒険者協会の推奨としても接敵した場合は逃走を推奨。

 ――あるいは、無事の撤退を祈願される、というほど。

 逃げることすら、ままならない。


 ……まあ、それとは別の理由で。現在は逃げることも困難な様子ではあるのですが。


「ここだ」


 男性がそう言うと、目の前には岩壁と、そこにひっそりと空いた横穴。

 男性の先導のもと、やや湿っぽい洞窟へと足を踏み入れると。しばらくの暗がりの先に、仄かな明かりが見えてきます。

 そして、その先にあったのは。


「なっさん、おかえりなさい。……その人たちは?」


「修也《しゅうや》。こいつらについては後で説明する。こっちは変化なしか?」


「そうですね。良く言えば悪化もしてないですが、悪く言えば好転もしてないって感じですね」


 そこにいたのは、三名の冒険者。男性がふたりと、女性がひとり。

 修也と呼ばれた彼はゆっくりと立ち上がりながら私たちの顔を見て、ペコリと頭を下げます。

 反応が少し遅れてしまいましたが、私たちも頭を下げてから。……残りのおふたりへと視線を遣ります。


 挨拶がない……というのも間違いではありませんが、正しくもありません。

 なんせ、おふたりともが床に臥せっておられる状況。

 眠っていると言うには苦しそうな様相に、おおかたの事情を察します。


 ――遭難冒険者《ミッシング》。なんらかの事情により、ダンジョン内で連絡が途絶し、消息が不明になった冒険者たち。

 彼らは。そして、現在の私たちは。そう呼ばれる存在になっていました。






「はじめまして。私は星宮 鈴音。まだまだ未熟ではありますが、Bランク冒険者です。そしてこちらがチームメイトの――」


「小夜 陽鞠。同じくBランク」


「陽鞠さんともども、よろしくお願いします!」


「……よろしく」


 なにはともあれ、自己紹介から。陽鞠さんは相変わらずのぶっきらぼうさではあります。


「星宮さんに小夜さんね、了解。っと、今度は僕らの番だね。……ほら、なっさん!」


「なんで俺からだ。お前が先に言やあいいだろうが」


 ただ、つんけんどんとした対応は、どうやら向こうも同じな様子で。「あー……」とどこか対応を悩んだ様子を見せながらに軽く頭を掻いてから。


「夏野。夏野《なつの》 晃《こう》だ。……好きに呼んでくれていい」


「もう、なっさん。他にも言うことあるでしょ? 北鎮だったこととか」


「昔の話だ。遭難冒険者《ミッシング》になった都合、もう除籍されてるだろうし」


 ぶっきらぼうに言う夏野さんと、その横からつんつんと突っついてみせる男性。

 しばらくそんなやり取りを見せていた男性でしたが、なにやら気づいた様子で「あっ」と声を上げて。


「自己紹介が遅れました。僕は修也。それから、こっちで横になってるのが真司《しんじ》くんと奈緒《なお》さん」


「みなさんも、北鎮の方々なのですか?」


「って言えたらかっこよかったのかもしれないけど。僕らは違うよ。……あっ、いやたしか真司くんは北鎮だったかな。第五部隊でなっさんとは別の所属って言ってたけど」


 


「まあ、ここにいる全員が、君たち二人とは違って、完全にバラバラのチームに所属してた寄せ集め。強いて共通点を挙げるならば、全員なっさんに助けられたってくらいかな」


 君たちもそうだろう? と、修也さんがそう声をかけます。

 私が肯定を返そうとしたその瞬間。しかし、隣で夏野さんが声を割り込みます。


「半分正解だ。転送の気配があったから助けるために現場に急行したら、こいつらが鵺と交戦していてな」


「交戦!? 無事だったんですか!?」


 修也さんの反応も当然ではあるだろう。

 なんせ、相手は接敵時の逃走を推奨されるレベルの魔物。……もちろん、その時の私たちは、相手の魔物がどんな存在かを把握していませんでしたし、逃げようにも逃してくれるような状態ではありませんでしたが。


「俺の介入による効果がゼロとは言わないから、助けたというのも半分正解。しかし、残りの半分は、この嬢ちゃんたちが自力で撃退してる」


「そんな。私はほとんどなにもしておりません。力を発揮してくださったのは陽鞠さんですの」


「……私は、別にやることをやっただけで」


「いや、僕からすると全員すごいようにしか思えないんですが」


 信じられないようなものを見る目をする修也さん。

 いえ、その。ですから。途中から介入された夏野さんや《虚空蹴り》で攻撃を跳ね返した陽鞠さんはともかく、私はあのときなにもできていなくて。


「まあ、実力云々についてもそうではあるが。鵺が……それ以外にも、傷顔《スカー》の警戒心が高いってのもあるだろう」


「……傷顔《スカー》?」


「ああ、あの鵺に対する、俺たちの呼び方だ」


 曰く、他の冒険者が決死の抵抗でつけた反撃の痕が、あの鵺にはあるそうで。

 その影響で顔の半分には大きな傷痕。牙も片側が折れているらしい。


「その影響か、攻め切ってこないこともままある。そういう意味では、お前たちは傷顔《スカー》の警戒心の高さに助けられたとも言える」


 たしかに。災害級《ディザスティア》なんていう、圧倒的な力を持つ魔物でありながらに。私たちに即刻攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、まずは情報収集からしようとしてきた、というのも。合点がいきます。

 しかし、それは良いことばかりではありません。引き際を理解している知能に加えて、情報の積み上げを行ってくる魔物。

 相手から逃れられる可能性は、通常の鵺と比べればたしかに高いかもしれませんが。その代わりに、遭遇の回数が増えるごとにこちらの手も割れていく。どんどんと退路が狭まっていく。


「そういえば、星宮さんと小夜さんは体調大丈夫?」


「はい。ダンジョン酔いも起こしてませんし、おかげさまで怪我もなく――」


「酔いや外傷ももちろんだけど、それ以外に不調はない?」


 思っても見ない修也さんからの質問に、思わず首を傾げます。

 特段体調不良の類はありません。札幌ダンジョンの奪還作戦にあたり、そのあたりは万全を期しています。

 だから、体調不良はありませんが。


「修也。こいつらは鵺のことを知らないから、直接に言わなきゃわからん。……ふたりとも、鵺の黒煙……あー、あいつの周りに漂っていた黒い霧を吸ってないか」


 黒い霧については心当たりがあります。

 不審だった上に嫌な予感がしたので、咄嗟に口を覆って極力吸わないようにしましたが。


「吸ってないならそれでいい。以降、やつに対峙しても、絶対に吸わないこと」


「吸ったら、どうなるのですか?」


「……言わずとも。目の前に事例があるだろう」


「っ」


 なんとなく、質問の流れで察していたところはありました。

 修也さんが、真司さんと奈緒さんへと視線をやります。

 今もどこか苦しそうな様子で横たわっているおふたり。


「鵺がただの討伐指定S級にとどまることなく、災害級《ディザスティア》と呼ばれているその理由――権能は、疫病だ」


 こうして同じ空間に過ごすだけであれば、冒険者の強化された身体能力であれば然程影響はなく、防護をかけていればまず感染はしないとのことではありますが。

 しかし、感染源たる鵺の黒煙は別格。まともに吸い込めば、場合によっては命にかかわる。


「真司くんと奈緒さんは、正直よく保っている方だよ。正直、これまで何人を見送って――見捨ててきたかも覚えてない」


 唇を噛みながら、修也さんがつぶやかれます。


「もちろん、《治癒《ヒール》》や《浄化《ピュリファイ》》で可能な限りの治療はしている。でも、僕もなっさんも回復専門じゃないから、正直効果のほどはそれなり。……まあ、実を言うと僕も感染してるんだけど」


 自嘲気味に、眉を落としながらに修也さんが言います。

 曰く、ふたりほど重篤ではないものの、歩行する程度が限界で、それ以上には制限がかかっている程度には蝕まれているとのことです。


 だからこそ、この場でまともに動けたのは実質夏野さんだけ。

 そんな彼も、周辺の魔物を狩って食料を調達したり、鵺が接近してこないかの警戒をするだけで手一杯。


 まだ、多少なりとも動ける修也さんが、鵺の疫病に感染していながらに看病をせざるを得なかった。


「そういう意味では。君たちにとっては不幸だったかもしれないけど、ふたりがやってきたことは、僕たちにとっては幸運でもある。ただでさえ偏重していたなっさんの負担を軽減できるし。それに――」


「修也。……それは、夢を見過ぎだ」


「でも、今は安定してるけど、いつふたりが悪化するか」


「変な希望を持つんじゃない。叶わなかったときの絶望で、お前まで倒れるぞ」


「……うん。なっさん、ごめん」


 なにか、私たちに対して期待を持った修也さんでしたが。しかし、夏野さんがそれを諌めます。


 しかし、たしかに修也さんがおっしゃるように、真司さんも奈緒さんも状態は芳しくないどころか相当に悪く見えます。

 なんとかしたいのは山々なのですが、私も陽鞠さんも、夏野さんや修也さんと同じく回復は専門ではありません。

 治療のほどは、予想のとおり。

 お力になることができればよかったのですが。


「まあ、俺たちも病人を何人も抱えている余裕はない。見捨てられたくなけりゃ、黒煙は吸わないように気をつけることだ」


「はい。わかりました」


 厳しく突き放すようで。しかし、優しさをすぐ隣に備えた物言い。


「……なによ鈴音。急にこっちを見て」


「ふふっ、いいえ。なんでもありません」


 誰かに似ているなあ、なんて。思っておりませんよ?


「あと気をつけるべきは、……そうだな。あいつが使ってくる魔力攻撃……名前は特についてないから……ひとまず鵺ビームって言うか」


「鵺ビーム」


 夏野さんの言葉を復唱します。

 そのまんまというか、なんというか。とても、わかりやすくはあるんですが、その。


「……ダサくない?」


「陽鞠さん!」


 たしかに私もちょっとセンスは気になりましたが、今はそこはどうでも良くて。

 少し微妙そうな顔をされた夏野さんは、わざとらしく咳払いをひとつしてから。


「鵺ビームは、鵺自身が元々持っていた能力というよりかは、傷顔《スカー》が独自に獲得した戦術という方が正しい。俺が過去に見聞きした鵺の情報では、そんなことをしてくる個体はいなかったはずだし。……少なくとも、俺が初めて鵺と遭遇してしばらくの間は使ってこなかった」


 実際、私が遠巻きからではあるものの鵺の姿を観測したときの印象のとおり。基本的には、鵺は近接でのフィジカルバトルを得意とした魔物とのことで。返していうと、鵺ビームのような放出系での魔力利用は、やれなくはないが非効率になりやすい魔物とのこと。

 とはいえ、鵺という魔物が様々な生物が組み合わさったものなので。合成獣《キメラ》などと同じで、同じ鵺という種族であったとしても個体性能にはならないため、いちおう、使えること自体は不思議ではないとのこと。


 とひはいえ、なぜ傷顔《スカー》だけが鵺ビームを使えるのか。また、夏野さんが接敵した当初はなぜ使ってこなかったのか。

 それらは不明なままだがな、と夏野さんはおっしゃります。

Tips:遭難冒険者《ミッシング》

 なんらかの要因により、ダンジョン内で消息を経ってしまった冒険者。

 制度上行方不明として扱われてはいるが、長期間のダンジョン内での生存は極めて困難なため、実質的には死亡したものとして見做されることが多い。




よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。