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#10

「魔力の、吸収!」


 思い出したらしい鈴音はパチンと両の手を打ち合わせると、パアアッと顔を明るくさせる。

 身体機能の底上げからスキルの行使まで。冒険者が冒険者として戦えている所以である。


「というわけで、ブラウンウルフを解体バラすぞ」


「はい! ……はい?」


 一瞬元気よく返事をした鈴音だったが、すぐさま首を傾げてしまう。


「あの、魔力の吸収を、するんですわよね?」


「ああ、そうだぞ」


「その、聞き間違いでなければブラウンウルフをバラす、と」


「言ったな。今からコイツを解体する」


「ひゃあ! 聞き間違いじゃありませんでしたわ!」


 びっくりしている鈴音を横目に俺はブラウンウルフの解体を始める。

 まあ、鈴音の反応自体も間違ってはいない。俺だって最初の頃はあまり慣れなかったし。

 だが、冒険者として活動――特に、強くなる上では必須な行動ではある。


「ダンジョンの中で斃した魔物については、時間経過とともにダンジョンに吸収されていく」


 理屈はわかってはいないが、元よりダンジョンから生まれた存在であることを考えると、まあ、そういうものなのだろう、と理解しておくことにしている。少なくとも俺は。


 そのため、斃した魔物のうち欲しいものがある場合や討伐証明を提出するためには、こうして解体していく必要がある。

 猟師がするような丁寧な解体はできなくともいい。それこそ、時間経過でダンジョンに還っていくという特性上、必要なものだけ剥ぎ取って残りは放置、というやり方でも十分だ。

 もちろん、素材の転用や売却を考えているのなら丁寧にできるに越したことはないが。


「で、話を魔力の吸収に戻すが。魔力を吸収するために使う魔石は魔物の体内に生成されている」


 魔力を溜め込むための器官であるとか、あるいは魔力を利用するための器官であるとか。学者の間では活発に議論がなされているらしいが、俺たち冒険者からしてみれば体内に生成されている、というのが重要な点である。

 魔物によっては表面にまで析出しているようなやつも存在しはするが、大抵の場合は先述のとおり体内に生成されている。まあ、魔力に関する器官だと考えるとわざわざ弱点にもなり得るものを体外に露出する必要性もないので当然ではある。


 それはさておき。体内にあるのであれば、それを取り出す必要があるわけで。


「目をそらしたくなる気持ちも理解できなくはないが、自分でもやれるようにならなきゃいけないんだし。しっかりと見る」


「うう……」


 ひとまずこの個体については俺が実演も兼ねて解体を行うが、ゆくゆくは鈴音にもできるようになってもらわないといけない。

 簡単な説明を伴いながらに俺が解体を進めて行くと、初めての光景に気を持っていかれつつも、なんとか頑張って視線はそらさずに見届けていた。


「ちなみに、ブラウンウルフの場合は討伐証明は尻尾だ」


 解体用のナイフで切り落とした尻尾を鈴音に渡しながら俺はそう伝える。

 より正確には尻尾が含まれているブラウンウルフの部位、である。

 そのため、極端な話で言えば全身を持ち込んでも一応討伐証明にはなる。


「じゃあ、別に解体できなくとも――」


「いや、わざわざ全身とか持ち運びのしにくい状態でやることはないかな。ゲート付近で解体のほうが手間、とかならまだしも。そもそも魔石回収の都合でどのみちバラすんだし」


「ですわよねえ……」


 光明が即座に断たれて、鈴音は少しばかり肩を落とす。

 一応、持ち運びについては多少の補助の方法はなくはないが。結局それでもわざわざ持ち運びにくいやり方で運搬する理由もない。


 まあ、いちおうパーティ単位で最低ひとり解体ができれば大丈夫ではある。

 それでも解体できるに越したことはないが。


 ちなみに、不正な討伐証明の提出を防ぐために、証明に使用する部位の流通は禁止されている。

 基本的にはダンジョン外に持ち出す際に協会に回収され、強制的に換金される。それなりの手続きを踏めば持ち出すことはできるが、かなり面倒だし、特殊な事情でもなければまずやりはしない。


「と、話が脇道にそれていたが。コレが今回のお目当てだな」


 俺は青白い結晶をブラウンウルフの体内から抜き取ると、軽く洗浄してから鈴音に渡す。

 彼女はその結晶を、まるで宝石でも扱うかのように丁寧に受け取ると、そのまま興味深そうによくよくと観察をする。


「それが魔石だな。そいつから、魔力を吸収することができる」


「そうなのですね! ほわあ……」


 鈴音はキラキラと輝いて見えるそれを、宝物かのように丁重に扱う。

 別にそんな価値のあるものでもないし、結構頑丈だから適当に扱っても大丈夫なんだが。


「それで、どうやったら吸収することができるんでしょうか?」


「うーん……なんとなく?」


「とってもアバウト!?」


 驚く鈴音。しかし、あえて言語化しろというと、それもなかなか難しい。

 体感のイメージとしては、どうやって呼吸をしているのか、ということを聞かれている状態に近い。


 そもそもの話、魔力の有無だけでいえばダンジョンの空気自体に含まれているし、魔物も含めた動植物も有している。なんなら、今だって取り込んでいる。

 ただ、それが低濃度であるために、自然排出の速度を上回らず、体内に蓄積されない、という話なだけで。


 だからここで言う魔力の吸収とは、自然排出される速度よりもずっと多くの魔力を一気に吸収して、体内の魔力の受け入れ容量を強引気味に拡張するというもの、らしい。


 慣れてくると魔力の流れがわかるようになってきて自然とできるようになるので、吸収のやり方自体にもいちおうの理屈自体はありはするのだが。それを改まって言葉にするとなると、どうにも難しい。特に、昔からなんとなくでやってきて、既に慣れきってしまっている今となってはなおのこと。


 いちおう、千癒さんの方にもチラと視線を向けてみるが、彼女も小さく首を横に振る。

 おそらくは彼女も俺と同類だったのだろう。


「強いて言うなら、握りしめたり、あるいは魔石を両手で持ったりしながら、そこから溢れてくる? こう、なにかをそのまま受け入れる、というような感じ?」


「…………言葉から受け取るのは、難しそうですわね」


「うん。だから、とりあえず実践してみな」


 俺がそう言うと、彼女は両手で魔石を包み込むと、そのまま胸の前まで持っていく。

 当人としてはは「……うん? うーん」と、あまり実感が湧いていない様子で首を傾げていた。


「これ、本当に吸収できていますの?」


 実感がないことに不安を覚えた彼女がそう尋ねてくるので、俺はコクリと首肯しながらに「吸収できてるぞ」と。

 魔石から放出された魔力はそのまま彼女の両の腕をとおりながらにその身体の中に吸収されていた。


「ただ、ブラウンウルフ一匹分だけだと、どうしても魔力量も少ないからな。実感も薄いだろうし、正味のところの実力の差もまだ微々たるものだ」


 だが、吸収はできてる。あとやるべきことは、これの繰り返し。


「……あれ、つまりそれって」


「鈴音の思っているそれで、たぶん合ってるぞ」


 ヒイッ、という声を漏らしながらに。彼女は苦い表情を浮かべる。


「安心していいぞ。保有魔力量が増えていくにつれて、どんどん楽になるはずだから。あと、そのうちに解体にも慣れていくから」


「解体もやるんですか!?」


「もちろん。ちゃんと鈴音用の解体道具もあるからな」


 はい、と。彼女に解体道具一式を渡すと、彼女は引きつった笑顔を浮かべながらに「ありがとう、ございます」と。

 こんな場面でもちゃんとお礼を言えるのは偉い。さすがはお嬢様なだけはある。


 まあ、案ずるより産むが易し。習うより慣れろ。

 俺の知りうる限りの訓練で、繰り返しの練習に勝るものはないからな。


 なによりも誰よりも。海未という最大の例が身近にいたから。






「よし、今日はこんなものかな」


「はひぅ……へふぇ……」


 ころん、と。その場に横になる鈴音。

 途中で昼ごはんを食べたり休憩をとったりはしていたものの、午前から夕方までブラウンウルフやその他の魔物を討伐し続けてたこともあってかなりお疲れのご様子。

 ちなみに合計で五十か六十くらい斃していた。初めてにしては頑張った方であろう。


 ちなみに、魔力の吸収にも体力は使う。ブラウンウルフ並の魔石ばかりなので使うと言っても微々たる量ではあるが、活動の合間合間に何十個も、となると地味に馬鹿にはできない量ではあっただろう。


「ちなみに、体感はどうだ?」


「うーん、まだハッキリとした自覚できるなにかがあるわけではありませんが。でも、今までよりかは動けているというような感じがいたします」


 実際、後半に行くにつれて動きがよくなってきている。

 戦うことに慣れてきたということや相手の動きを見れるようになってきた、ということもあるだろうし。加えて、魔力の吸収による身体機能の向上の効果もあるだろう。


 特に継戦能力のではかなり恩恵があったはずである。

 いくらこれまでに訓練をしてきたからとはいえ、今までの彼女ではここまで戦い続けられなかった。

 あの無茶苦茶なメニューの訓練で鈴音が動き続けられていたのは、俺が彼女の体力が尽きるたびに回復させていたという側面がある。

 しかし、今回に限っては一度しかそれをしていない。

 今までの訓練のよりも苛烈であろう実践でこれなので、動きがよくなったことによる体力の無駄の削減と基礎体力の向上があったはずである。……まあ、一番実感しにくいところではあるが。


 なお、解体についてはまだまだというところだった。まあ、今は素材の回収については魔石と討伐証明の部位以外はそれほど重視していないので、このまま引き続き練習していけばいいだろう。


「ちなみに、前にも言ったが魔石を含む素材については売却をすることができる」


 とは言っても、このあたりの魔物の素材については魔石ですら二束三文にすらならない。

 今回くらい狩って初めてちょっとした小遣い稼ぎになる程度だし、今回については一番まともにお金になる魔石は吸収してしまっている。


「当然ではあるが魔力を吸収したあとの魔石ガラは一銭にもならない。まあ、魔石に限らずではあるが、ダンジョンでの戦利品をどうするか、は本人の判断に委ねられる」


 魔石ならば吸収してもいいし、それ以外のものでも武器や道具に加工できたりもする。そういった、自己の研鑽のために使ってもいい。

 その一方で、単純に売ってお金に換えてしまってもいい。それで新たに武器や道具を買い付けたり、あるいは生活費に充てたりもする。


 どちらも、冒険者を続けていくうえで重要な要素。だからこそ、そのバランスをどうするかは、本人の事情を鑑みて判断する必要がある。


 なお、先述のとおり、このあたりの魔物のものはあまり売却価値もない。すなわち活用価値も低い、ということではある。

 まあ、魔石は吸収して素材については安いことを承知の上で売却するのが丸いだろう。


「ただし、法律の話に戻ることにはなるが、ダンジョン産の物質を協会を通さずに売買するのは違法だから、その点には注意するように。装備の作成に係る取引がグレーゾーンで黙認されている、程度だな」


「……思わぬところに、意外と罠がありますのね」


 特にこのあたりについては、ダンジョン黎明期の頃に制定されたものが形式だけ残っている、という性格を大きく引き継いでいる。

 だからこそ、反発や反対意見も結構多いらしい。冒険者協会、もとい国が既得権益を放したくないだけだろう、というような。


 俺としては下手に売買をしなくていい分、協会が全部引き取ってくれるのは楽でいいんだが。

 まあ、意見は人それぞれ、ということだろう。


「さて。余談の授業もしたところで、そろそろ帰ろうか。このままここに居続けたら、そのうち別のやつがやってくるだろうしな」


 俺が手を差し出すと、横たわっていた彼女はその手を取る。

 そのまま引き上げるように鈴音を起こしてやる。


「冒険者になりたて、魔力も吸収したばかりで今日はよく頑張った」


「……今日は、ということは」


 ご明察。当然だが明日からも頑張る必要はあるし、なんならもっとキツくなる。

 ダンジョン外での訓練もまだやっていないことがあるし、こちらも頑張らないといけない。


 でも、それはそれ、これはこれ。

 今日の鈴音は頑張った。それは紛れもない事実。


「お疲れさま、鈴音」


「はいっ!」

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