#9
「どうでしょう月村さん! 似合っていますか?」
「あー、いいんじゃない、か?」
くるりと、試着した装備を見せてくる鈴音。
申し訳ないが、ファッションの云々については全くの無知であるため、生返事しか返すことができない。
しかしそんな言葉でも鈴音は気に召したようで、上機嫌で色々と試してみていた。
ちなみに俺の少し後ろでは、千癒さんがつとめて冷静な声音と表情、所作で。しかしそれに全く似つかわしくないほどの熱量で鈴音の着替えを褒めたたえていた。うーん、相変わらずだなあ。
スターマインは冒険者向けの武具の開発販売を行っていると同時にファッションブランドでもある。それゆえに見た目にもこだわっており、得てすればパッと見では冒険者とは思えないようなオシャレな装備を身に着けることも可能である。
そういう関係もあって、女性人気はかなり高いと聞く。
まあ、もっともな話としておくと。
「どうでしょうか?」
「え、ええ。お似合いだと思いますよ?」
話を振られた店員が困惑を共にしながらそんな発言をする。
まあ、仕方がない話ではあろう。なんせ、入店時に彼女や俺のランクについては伝えているし、なんなら彼女については冒険者になりたてであることも自称している。
先刻の彼女への説得としてはああは言ったし、あれ自体は事実として俺の本音ではあるものの。その一方で一般的に見れば困惑が勝つというのもまた事実ではある。
そもそも、阿蘇にある支店にいきなり来た冒険者になりたての初心者が、会社の代表の娘だと予測しろだなんてことが土台無理な話ではある。なにがどうなったらそうなるんだという話だ。
客をランクで見定めること自体は正しくはなくとも利益を確保する身からすれば間違っているとは言いにくい行為だし。
だから千癒さん。あの店員さんの名前を控えるのはやめてあげてください。
しばらくの吟味と俺や店員の反応などを鑑みながら、どうやらお気に入りを見つけたらしい鈴音は防具を購入。
かわいらしくもお嬢様らしい気品の備わった出で立ちは、良くも悪くも初心者らしい見た目ではない。実際、初心者の頃の防具で見た目に気を払えることのほうが珍しい。
まあ、立ち居振る舞いの覚束なさは思いっきり新米冒険者であることを物語っているが。
つまるところが、防具に着られている。だが、防具についてはこれくらいでちょうどいい。
一方の武器については初心者向けではあるものの、質のいいものをしっかりと見繕う。訓練でも扱っていた片手剣と盾である。
防具とは違い、武器については相応以上のものを使うことはあまり好ましくない。鈴音に限ってはそういうことはあまりないと思うが、自身の力を過信することにも繋がるし、武器に使われるようになってしまうと、扱い方を間違えて却って危険になることもある。
「それじゃあ、挑戦するか」
「はい!」
俺の言葉に、嬉々とした様子で鈴音がそう答える。
その両手には剣と盾が構えられている。まだダンジョンに入る前だというのに、少し気が早い。
まあ、あからさまに初めてという様相でテンションが上がっているのは見て明らかだし、ゲートの前なので周りの人たちも咎めることしないが。
俺と鈴音。それから少し後ろからついてくる形で千癒さん、という形で阿蘇ダンジョンのゲームをくぐる。
少しばかりの空間のねじれの先に広がっていたのは、大自然とばかりの森であった。
「渋谷マルハチとは、少し様相が違いますわね」
「ダンジョンごとに特色があるからな。なんなら、阿蘇ダンジョンと渋谷マルハチはかなり近いほうだ」
阿蘇ダンジョンは入り口付近には森があり、少し進むとある程度拓けた丘が出現する。
ダンジョン中には、いわゆるゲーム想像されるもののような、石造りの通路のダンジョンもあったりする。
それに比べれば自然が中心になっているダンジョンというだけあって環境は似ている。
まあ、渋谷マルハチとは違い、平野の草原というわけではないが。
ゲート付近には敵が少ないし、周りに木々が多いと少々戦いにくいこともあるため、そのまましばらく歩いていくと、そのうちに雄大な丘が姿を現す。ここまで来ると、ある程度まばらな範囲に他の冒険者たちが活動を行っている姿が遠巻きに見える。
「月村さん! まずは、なにをしたらいいんてしょうか?」
「そうだな。とりあえず武器……は言われずとも構えてるみたいだし。さっそく挨拶に来てくれたやつがいるみたいだから、それの相手かな」
「……はへ?」
なんのことかと首を傾げている鈴音だったが。それほど時間も経たずに、嫌でもその意味を理解する。
グルルルルル、という低い唸り声を漏らしながらに近づいてきた一匹の狼。茶色の体毛を携えた、ブラウンウルフというそのままな名前の魔物である。
「ひうっ」
「視線を反らさない。しっかりと構える!」
思わず及び腰になりかけた鈴音に対して、発破をかける。
初めて対峙する魔物なのだから、恐怖があるのは当然ではある。だが、それに身を支配されていてはなにもできないどころか、命を落としかねない。
ギュッと、武器を握る手に力を込めた彼女は。その体勢にまだ不慣れさを見せながらも、頑張ってブラウンウルフを見据える。
そのうちに、ブラウンウルフが鈴音に向けて飛びかかってきて。それを見た鈴音が、右手に持った剣を振ろうとする。
練習の甲斐もあって、動き自体はそれほど悪くはない。武器によるリーチ差もあり、ブラウンウルフの牙が届くよりも先に、鈴音の刃が届くだろう。……だが、
「逆だ。盾を構えろ」
「ふぇ? は、はい!」
俺の声に、彼女はすぐさま左手に持っていた盾を構えてブラウンウルフの突撃を受け止める。
今の彼女にとってはそこそこ重たい攻撃ではあるが、受け止められないほどではない。
そのまま盾でブラウンウルフを突き飛ばすと、ブラウンウルフも空中で体勢を整えて着地し、再度鈴音のことを睨みつける。
「そのまま、しばらくブラウンウルフの攻撃を盾で受けてみろ」
攻撃をしないのだろうか、と。そんな疑問を浮かべつつも。言われたとおりに鈴音は盾をしっかりと構え、再び飛びかかってきたブラウンウルフの攻撃を盾で防ぐ。
今度はしっかりと受ける準備が整っていたこともあり、先程よりもいくらか余裕を持って防ぐことができている。
繰り返し何度か攻撃を受けていると。そのうちにブラウンウルフの動きを見ることができるようになってきたのだろう。うまく攻撃を横に流したりすることもできるようになってくる。
「そのまま、盾で受け続けて。確実に攻撃できそうなときに剣で攻撃してみるんだ」
「わかりましたわ!」
ちょうど突っ込んできたところを盾でうまく横に流して、そのブラウンウルフの体躯を横側から斬ってみる。
ギャウッ! という痛々しい声が聞こえてくるものの致命には至らず、そのまま反転してきたブラウンウルフは再び鈴音へと攻撃を仕掛けてくる。
その様子に鈴音が僅かに瞠目しつつも、しっかりと盾で防ぎ。そのまま一度、ブラウンウルフから距離を取る。
ブラウンウルフは、血気盛んな性格の魔物である。肉を切らせて骨を断つ、とまでは言わないにせよ、手負いの状態のまま、そのまま攻撃を仕掛けてくるくらいではある。
そうさせるのは、ブラウンウルフ自身の身体特性。魔力を使って具体的に炎であるとか雷であるとかを使えたりするわけではない一方で、その代わりに自身の身体を強靭にするために利用をしている。
そのため、シンプルに身体能力が高く、また、体躯が強靭である。
もちろん、それなりに慣れてきた冒険者からしてみるとそれほど強力な魔物というわけではないのだが。初心者からしてみれば攻撃を仕掛けたものの、それで倒しきれず、そのまま反撃で痛手をくらう、ということが往々にしてある魔物でもあった。
「もちろん、ブラウンウルフだからこうなった、という側面はありはする。だが、特に初めて相対する相手であるのならば、しっかりと様子を見ることを先にしたほうがいい」
そのための、盾である。自力での回避に自信があるのならば話は別だが、鈴音の場合はそうはいかないだろう。だからこそ、盾を持たせている。
もちろん、常に様子を見ていられるというわけではない。例えば多対一で防御に徹することが不利に回ることもあるし、時間制限があり急を要する場合もある。そういう場合では攻撃することのほうが先決であったりもする。
だが、そうでないのならば、しっかりと機を見て、確実に攻撃を通すほうが堅実であるし、鈴音の性格にも合っている。
まあ、彼女が夢見ているような、バッサバッサと魔物を斬り伏せる冒険者とは大きくかけ離れることだろうが。
「結局のところ、命あっての物種だ。地味で地道にはなるだろうが、確実に、堅実にやる。そのためにはしっかりと相手を見ること、タイミングを見計らうことだ」
相手がどう動いてくるのか。どこに攻撃を仕掛けるのが効果的か。そこに攻撃するには、どのタイミングで攻撃するのがいいのか。
「さあ、またブラウンウルフがくるぞ。準備はいいな?」
「はい!」
一撃を食らったものの、まだまだやる気のブラウンウルフがジリジリとにじりよってくる。
鈴音はしっかりと盾を構えながらに、ブラウンウルフの動きを観察する。
「危険だと思ったら俺が介入する。だから、思うように考えて動いてみるといい」
襲いかかってくるブラウンウルフの様子を見ながらに、鈴音はよく見て、そして考える。
腹の方であれば、毛は薄いだろう。なら、側面よりかは刃か通りやすいかもしれない。
なら、いつなら攻撃ができるのか。ブラウンウルフは大きく飛び上がりながらに噛み付いてくることがある。その瞬間に下に潜り込めれば。
盾でブラウンウルフの攻撃をいなしている間に様々と思考を巡らせ。ついに、その瞬間が訪れる。
正面からの攻撃も側面からの攻撃も盾で防がれていることに苛立ちを覚えたブラウンウルフが、上側からの攻撃をするために大きく飛び上がる。
それを見るや否や、鈴音は体勢を低く、潜り込むように走り出した。
そして、そのまますれ違いざまにブラウンウルフの身体を斬り裂いて。
「これでっ!」
すぐさま鈴音、振り返って盾を構える。先のことがあったために、警戒は必要。
だが、その一方でブラウンウルフは転がるようにして地面に倒れ込み、動かなくなる。
念の為に、生体反応がないことを俺が確認してから、告げる。
「おめでとう、初討伐だ」
「――っ!」
その言葉に、鈴音が言葉にならない感情を湧き上がらせる。
ブラウンウルフ一匹の討伐。大抵の冒険者であれば駆け出しを少しした頃にはできるようになるような、初歩的なこと。
けれど、それでも、間違いなく。途中で俺からの多少の助言こそあったものの、自らの力で斃した。
名実ともに。冒険者としての、第一歩である。
「やりましたわ、月村さん! 千癒も見ていてくれましたか!?」
「ええ、お嬢様。しかとこの目で見届けさせていただきました」
大仰だろうと思う気持ちもなくはないが、最初の頃の鈴音を思えば信じられないくらいのことである。
俺とて、有事の際にと準備していたスキルを、不要だったなと思いながらに引っ込める。一匹目は、さすがに介入が必要かと思っていたのだが。
なにせ。だってまだ彼女は――、
「さて。喜んでるところで悪いが。まだ、今日のやることがひとつ残ってるぞ」
「…………?」
なんのことだかと首を傾げる鈴音。
興奮で頭から抜け落ちているんだろうが、鈴音自身が楽しみにしていたことだろう?
「魔力の吸収をするぞ」
Tips:ブラウンウルフ
狼型の魔物であり、名前のとおり体毛は茶色。
体外へと魔力を変換して転用する手段を有しておらず、また知能も高くないため、真正面から襲いかかってくることがほとんど。
しかし、体内に押し留められた魔力により身体能力が強化されているので舐めていると手痛い反撃を受けやすい。
チーム単位で適切に役割分担をすればそれほど厄介な魔物でもないため、初心者向けの魔物ではある……が、基本的には初めての戦闘でサシ勝負をするような魔物でもない。討伐指定はF〜E級だが、集団の規模次第ではD級になることもある。
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