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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
327/507

65-6

 隠し通路を全速力で戻って、ヒナ達を探した。

 途中で大きくなったピヴワヌの背に乗り、風のように駆ける。亜莉香の背にはイオがくっつき、脇の道から飛び出した人影で、僅かにピヴワヌが脇にずれた。

 人影を通り過ぎて、ピヴワヌは急停止した。

 目に焼き付いた白の髪に、亜莉香は振り返りながら叫ぶ。


「ヒナさん!」


 左手で引いていたフミエを背に隠し、ヒナは扇を構えていた。急に足を止めたフミエの姿は隠されているが、真剣な表情のヒナは亜莉香を見るなり問う。


「そっちにいた?」

「誰もいませんでした。そちらは?」

「探していた二人はいない。地上に気配がないのよ。その代わりに地下の闇を感じる」


 扇を下ろして言い、ヒナはフミエを掴んでいた手を離した。

 亜莉香は急いでピヴワヌから下りて、ヒナとフミエに駆け寄る。必死に息を整えるフミエは全速力で走って疲れていて、まだ話せそうにない。

 扇を片付けたヒナに視線を戻して、亜莉香は訊ねた。


「ヨルさんは?」

「置いてきたわよ。勝手に走り出して、面倒事に顔を突っ込むから。私と彼女は見つかる前に、その場を離れてここにいる」


 イオを背中に乗せたまま、ピヴワヌが亜莉香の傍に寄った。


「ヨルには何も言わずに来たのか?」

「当たり前じゃない。勝手な行動をするなら戦力外通知よ」


 腕を組んだヒナは、さも当たり前のように言う。近くの壁に背を預け、腕を組んだ。静かになったのは深呼吸を繰り返すためで、深く息を吐いたフミエが会話に加わった。


「本当は私の体調が悪くなって、ヒナさんが連れ出してくれたのです。ヨル様には隠れているよう言われたのに」

「お父様とお母様の容体は?」


 ピヴワヌの背から下りずに、イオが口を挟んだ。

 段々と声が小さくなっていたフミエが息を呑み、口を閉ざす。瞳を伏せ、その先を言いたくなさそうな雰囲気を醸し出して、イオは再び問う。


「お父様とお母様は…まだ生きている?」


 震える声に、フミエは小さく頷いた。


「そう、ならいいの」

「良くないわよ。誰の仕業か知らないけど、当主が襲われたせいで屋敷の中は大混乱。長男の姿はなくて、約一名は混乱を抑えるために飛び出したのよ。誰かに指示を出すのは勝手だけど、最初の目的を忘れられたら迷惑なの」


 約一名呼ばわりされたのはヨルで、ヒナは苛立ちを隠さずに言った。

 フミエが言えなかったことを代弁して、ヨルの行方ははっきりした。混乱している屋敷の人達を放って置けなかったのは、ヨルらしい行動だ。

 イオに向き直り、フミエは深々と頭を下げた。


「イオ様、申し訳ありません。はっきりとしたことが分かるまで、ヨル様には伝えないように命じられていました」

「いいのよ。知っているから、何もかも話して。他には誰がやられた?」

「当主様達の他には、護衛をしていた方々が数名。既に屋敷の者が手を尽くしていますが、手遅れの方もいるかもしれません。その中にはキヨ様の婚約者である方も」

「そう。犯人は?」

「…まだ、特定していません」


 小さくなったフミエの言葉に、イオの表情が消えた。

 怒りや悲しみ、後悔を浮かべた瞳を見開き、現状に耐える。決して動じず静かなイオに、フミエは何も言えず、視線を逸らした。

 静まり返った空間は居心地が悪く、ため息をついたピヴワヌが話し出す。


「巫女、力強く握るな。儂の毛をもぐつもりか?」

「も、申し訳ありません!」

「そのまま禿げればいいのに」


 ボソッと呟いたヒナを、ピグワヌが思いっきり睨みつけた。

 本音か場を和ませるためか、分かりにくい一言だ。イオはピヴワヌの背中から下りようとして、亜莉香が首を横に振った。どこに行くにしても、少しでも体力を残しておいて欲しくて、ついでにフミエに声をかける。


「フミエさん、ピヴワヌの背中に乗りませんか?」

「私が、ですか?」

「乗って下さい。私はヒナさんと話をしながら歩きます」


 遠慮しようとするフミエの背中を、亜莉香は強めに押した。ピヴワヌは不満そうだったが何も言わず、フミエがイオの後ろに乗りやすいように、身体を動かして背中に乗せた。

 ヨルがいない以上、一番安全な場所だ。


 いざとなれば守るように、ピヴワヌに心の中で頼み込む。後で交渉と話を付けて、ピヴワヌが先頭になって歩き出した。当てもなく歩くわけではなく、自然と暗い方角に進む。

 揺れる尻尾に視界を遮られながら、亜莉香は隣を歩くヒナに訊ねた。


「ヒナさん。紙鳥はお持ちですか?ヨルさんに一言でも連絡したいのですが」

「紙鳥が勿体ないわ。野生の感で合流しそうじゃない?」

「流石に、それは無理では?」


 言いつつも、野生の感だと叫びながら合流するヨルを想像してしまった。

 あり得なくもない状況が起こりそうだと思っていると、ヒナは仕方がないと呟き、立ち止まることはなく胸元から小さな紙を取り出した。手のひらに収まる真っ白な紙を握り、開けば見たことのある小さな鳥が現れる。

 淡く白い光に包まれた小鳥は首を傾げた後、一生懸命に羽ばたいた。

 天井をすり抜け、姿が消える。小鳥を見送り、ヒナは言う。


「あの子が私達の所に連れて来るわ」

「あれも紙鳥ですよね?」

「まあね。言葉を書かなくても、飛ぶことは可能なのよ」


 いつもと違う使い方に関心をすれば、前を向きながら話を続けた。


「私が異変に気付いた時には、屋敷の中は混乱していたわ。あの誘導があってもなくても、今の状況は起こったようね」

「計画的な犯行ですよね?」

「そうだと思うわ。目撃者はいない。場所は屋敷の一室で、当主が普段いる部屋ね。それなりに広かった一室で、その部屋にいた者は襲われた。首を狙われて、致命傷の傷は全て刀傷。微かに魔力が漂っていたと、精霊達が騒いでいたわ」


 詳しく話してくれたヒナを横目に、亜莉香は声を落とす。


「犯人の目星はついていますか?」

「闇を宿した誰か、とだけ言っておくわ」


 限られた人間を指した。その誰かの候補には先代巫女と、イオの兄であるキヨが含まれる。誰が犯人だとしても、悲しい事実は残る。


「貴女は目的を忘れないで」


 不意にヒナが言い、亜莉香を見ずに言葉を重ねた。


「私達の目的が果たされなければ、この地で起きたことが他の場所でも起こるのよ。それを防ぎたいのなら、余計なことを考えるのをやめなさい」


 まるで自分自身にも言い聞かせるような言い方だった。

 ヒナにとって、余計なことは何か気になった。おそらく亜莉香とは違うことを考えて、それを考えないようにして行動している。今までの行動一つ一つを思い返そうとすれば、急にヒナが立ち止まった。


 亜莉香は前を歩いていたピヴワヌが立ち止まったことに気付かず、そのまま柔らかい毛並みに激突した。間抜けな声が出て、隣から呆れた視線を向けられる。


「前を見なさいよ」

「…そうですね」

「おい、アリカ。何やら先が騒がしいが、このまま進んで良いのか?」


 問いかけたピヴワヌの尻尾だけがよく見えて、顔は見えない。少し声を大きくして、亜莉香は問う。


「誰がいるのですか?」

「それが分かれば苦労せんわ。話し声だけは途切れ途切れに聞こえる」


 亜莉香が耳を澄ましても、何も聞こえない。

 ピヴワヌだからこそ聞こえる声だと思えば、話を聞いていたヒナが足を踏み出した。ピヴワヌの横を越え、先に行こうとする。急いで後を追い、ピヴワヌの前に出た。

 精霊が我先にと駆けて行き、状況を待たないヒナは扇を取り出す。


「巫女、この先には何がある?」


 ヒナの問いに、イオは少し考えてから答えた。


「空洞のはずです。何もないですが、地上で何か起こった時の避難場所として、存在していたと私は記憶しています」

「強度は?」

「あまり強いとは言えません。非常時には巫女が結界を張るための陣を描きますが、何もしなければ、魔法で呆気なく天井や壁を壊せる程度の強度です。位置は私がいた池の中の和室、その真下。天井が壊れれば、池の水が流れ込む可能性があります」


 空の見えない地下で方向感覚を失い、亜莉香はようやく現在地を知った。

 扇を開いたヒナが口元を覆い、瞳は何もない地面を見つめて動かなくなる。その表情に怪しい笑みが浮かび、何となく考えることが分かってしまった。


「ジョーカーを追いつめる場所でも決めましたか?」


 イオやフミエ、ピヴワヌには通じない言葉で、思わず問いかけた。

 ヒナには通じて、その口角が上がる。肯定はせずに扇を閉じて右手に持つと、亜莉香に声をかけて足取り軽く歩き出した。行くわよ、と言われて、歩かないわけにはいかない。


 誰かがいるなら、と思いながら、亜莉香は胸元から守り刀を取り出した。

 歩きながら鞘を見下ろし、深呼吸を繰り返す。緊張した気持ちを一緒に吐き出せば、隣にいたヒナの視線に気付き、目を向けた。

 目が合ったヒナの瞳は、愉快そうに弧を描く。


「期待しているわよ。ハートの女王様」


 語尾にハートマークの付きそうな言い方だ。

 様付けされるのは似合わないし、この先の展開次第では冗談を言い合う空気がなくなる。名前で呼ばないヒナに言い返したくて、亜莉香も口を開いた。 


「こちらこそ期待しています」


 ハートのエース様、と微笑みながら囁いた。

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