魔王の心跳
「目が覚めたか・・・。」
苦しくなった胸を楽にしなければと、漸く声を絞り出し、息を吐く。
「・・・では如何致しましょうか。我が王が気に入らぬと申すのであれば、地下牢にでも閉じ込めておきましょうか。」
眼鏡を直しながら、フラーが不気味な笑みを浮かべる。
此奴は、手加減というものを知らない。不死族の長であり、不老不死の身体であるから痛みなど感じないのだろう。元人間だったから、人間は嫌いではない筈だ。以前の召喚の儀では、魔力を使い過ぎて、人の形を保てなくなったと言っていたな。何か、嫌な思い出でもあるのか?
敵や、不死族ならそれでも良いだろうが、この娘は人間だ。地下牢に入れればそれこそ絶望に落ち、寒さと飢えの中で死んでしまうだろうが。
私はフラーを睨みつけながら、答えた。
「気に入らなかったのではない。幼さに驚いただけだ。手荒な真似はするな。地下牢ではなく、妃の部屋に連れて行ってやれ。混乱しているようだから、泣き騒がれても困る、落ち着くまで、この娘の声は私が預かろう。それから勝手に城の外に行かぬように、契約の腕環を着けさせろ。」
娘の声を奪い、眠りの魔術をかける。婚姻の証である契約の腕環を着けておけば、この娘は城から出られぬし、私の右手に嵌まる紅い石の指環とは同じ素材で出来ており、繋がっている。
だから、何をしているか離れていても分かるはずだ。そうだ、それから・・・白い布を魔術で出すと、それを娘に掛けた。これで、大丈夫だ、脚は、見えない。
「はっ、我が王の仰せのままに。・・・お連れしろ。」
フラーとその手下達は、私が掛けた布ごと、娘を魔術で宙に浮かせると、静かに広間から出ていった。
(しかし・・・先程の痛みはなんであったのだろう。)
娘の姿を見送りながら、先程の、これまで感じた事の無い感情に驚きを隠せなかった。無言の私に、オームが話をしたそうにこちらの様子を伺っている。
「なんだ。言いたい事があるならさっさと言え。」
「は、・・・恐れながら我が王、あの娘が気に入られたのでは御座いませんか?我等にはそういった感情等は分かりませぬが、あの娘を見た時の貴方様は、御顔に紅を差したように、瞳に光が灯ったように、恐れながら、お見受けできましたが・・・。」
「なんだと?」
オームは喜びを隠し切れないようだ。いつもよりも、話をする速さが違う。まるで若返ったようだ。
「我が王よ、お妃様の身の回りのお世話は、我が竜族にお任せ願えませんでしょうか?わたくし、お妃様とお話しするのが、夢だったのですわ!」
フェイも楽しそうな声だ。人の気も知らずに、暢気な奴等め。シャンも、尻尾を振り切れんばかりに振って、あの娘と話がしたくて仕方がないようだ。
まあ、確かにこの100年、城には新しい客も、子供も居なかった。母上を亡くした悲しみと、父上への恨み。父上が亡くなれば、王としての仕事以外に、日々特にしなければならない事も無く、楽しみなども無く、静かな城は荒れ果てていった。
「・・・好きにしろ。退がれ。」
側近達がそれぞれ姿を消すと、大広間に一人になった。静かだ。眼を閉じて伸びをすると、私を見つめる娘の顔が浮かんだ。
慌てて眼を開け、執務室に一瞬で移動する。人差し指の紅い石の指環に触れ、娘の気配を感じると、眼下に積まれた書類の山を崩す。早急に私の承認が必要な書類を選び、片付けながらも、私の胸の鼓動は早いままだった。
心跳 しんちょう 心がおどること。心の鼓動。