魔王の葛藤
呆れる私に、フェイが慌てたように付け加えた。
「恐れながら、我が王!わたくしから申し上げます、あの、シャンは、此方の魔素にも耐えうる、若くて元気のある、強い意志を持った娘を召喚してはどうか、と、こう申しておりましたのです!他に、方法など無いことなどは、貴方様もご存知のはずです。異世界ではなく、此方の人間界から娘を連れてくれば、人間と戦になります。かつて、190年前に起こった戦の様に・・・。」
190年前、曾祖父上の時代か・・・若い頃より人間が好きで、人間界に興味本位で足を運んでいた曾祖父上は、ひとりの人間の娘と恋に落ちた。
しかし、その娘は当時の大国の一人娘で、他国の皇子との婚儀が決まっていた。人間達が次期魔王との婚儀など許す筈も無い。曾祖父上達は駆け落ちのようにして逃げたが、そこに追っ手の人間達が、亜人や妖精と協力して攻め込んできた。
戦は10年続き、漸く休戦になった時、人間も魔族も数がかなり減ってしまっていた。曾祖父上は人間が好きだったから、彼等を滅ぼす様なことはしたくなかった。そこで、娘を妻として貰う代わりに、人間界には手を出さぬ、これまでの様に生贄となる娘も今後必要無い、と言ったのだ。
それ以降、妻を娶るのは異世界からの召喚、それも1人と決まった。
異世界からの召喚は、時間も力もそれなりに必要とするために、30年に一度できるかどうか、だ。そう、私が100年拒み続けてきたから問題は無い。今すぐにでも召喚できる。
「・・・恐れながら我が王よ、このオームも同意見に御座います。若くて元気な者であれば、貴方様の御祖母上様のように、仲睦まじく末永く暮らす、ということも可能でありましょうぞ。」
オームがフェイの言葉をさらに補足する。皆の目線が、此方に戻る。
「・・・・・分かった。もう良い。好きにしろ。召喚を許す。」
どうせ、娶らなかったとしても。暴走するだけだ。理性を失い、ただの魔物として・・・。
それならば、召喚した娘がどうなろうと、私には関係がないのだ。子を孕ませ、産ませればよい。義務は、ただそれだけだ。
「!・・・我が王よ!畏まりました、其れでは、早速準備致しましょうぞ。お前達、召喚の儀の準備を!」
オームは手下の悪魔達を呼び出し、広間で円陣を作り始めた。
魔法陣か、人一人とはいえ、異世界からの召喚となると、大きく、複雑なものが必要になる。この魔法陣は初めて見るな・・・悪魔族に代々伝わる秘術なのだろう、他の側近達も、息を呑んで見守っている。
私は、公務で配下達の前に出る時は、なるべく手袋をする。私の魔力に怯えさせぬ様にする為だ。しかし、手袋で見えない筈の、私の右手の指に嵌めた指環の紅い石が、何故か一瞬光った気がした。
広間中央の大きな魔法陣が、光を次第に大きくし、その光が城内を全て包み込んだあと、光が収まっていくと、霧のような煙の中から、召喚された1人の娘が現れた。
葛藤 かっとう 心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれをとるか迷うこと。