魔王の杞憂
またこの話か・・・。
城の広間には、側近達が集まっている。一段と高いこの席からは、皆の顔がよく見える。
悪魔族の長であるオームが、長い銀髪を揺らしながら、私の前に出てきた。
「恐れながら我が王よ、お仕えして100年が経ちましたが、そろそろ我等の力だけでは・・・魔素の抑制を行うことが限界に近付いてきて居ります。貴方様の御父上がこの世を去り、もう80年で御座います。そろそろ次の世継ぎをお作りにならねば、魔素が暴走し、加護を受けている我等だけでなく、この国の下々までの全ての魔族を治めることが、出来ぬようになりましょう。」
老人だが、その声ははっきりしている。我が一族以外の魔族は皆中性で、妻を娶ることが必要ない。それぞれ魔族の子は魔素から生まれる。
年老いることなく、見た目も自由に変えることができる。なぜ此奴は、老人の姿をしているのだったか・・・。
私の無言をどう捉えたのか、オームは続けた。
「我が王よ、今こそ、お妃様の召喚の儀を、お許し願いたいのです。これは我が一族、いえ、この場に集う全ての魔族からの願いで御座います。どうぞ、お聞き入れ下さりませ。」
広場の側近達が、皆一斉に膝をつく。赤い髪は竜族の長の娘フェイ、青い髪に片眼鏡を掛けているのは、不死族の長フラー、そして金の髪は獣魔や獣人を統べる獣族の長シャンだ。
ここに集う一族は皆、曾祖父の代より我が一族に仕えている。私が全幅の信頼をおく者達だ。しかし・・・
「・・・母上のように、なられては困る。母上は、好きな男と添い遂げられず、父上と婚姻を結び、私を宿し、長い闘病の末に、最期は自ら命を絶った。父上は、嘆き悲しみ、城は荒れた。・・・覚えておるだろう。」
私が会いに行けば、儚げな笑顔で出迎えてくれた母上。私を産んでからは病に侵され、短い生涯を塔の部屋の中で過ごした。
人間は、弱い生き物だ。最期に会った時、帰ろうとする私を母上は弱い力で抱きしめ、愛せずに、こんな母で申し訳ないと繰り返し呟いた。あれが、最期ーーー
側近達が、膝をついたまま此方を伺っている。・・・つい、思い出に耽ってしまった。
「他に、方法は無いのか。」
私が理性を失えば、この国全ての魔族を暴走させかねない。それでは、人間達とも戦になるだろう。今治めているこの国を、滅ぼすことになるかもしれない。
私の魔力は、強大だ。理性を失えば、人間達の国ひとつぐらいなら軽々と滅ぼすことが出来るだろう。私が理性を保っているからこそ、この国は存在しているのだ。
「恐れながら、我が王よ!」
シャンだ。此奴の声は普段でさえ大きい。声だけでも、城内が微かに揺れたのが分かる。もし、人間界ならば、壁も壊れていただろう。
「・・・なんだ、話してみろ。」
シャンには大きな耳と、長い尻尾が生えている。どちらも金色だ。今は人の形をしているが、獣族だから獣の姿になることも出来る。その尻尾が、嬉しそうに揺れた。
「はっ、では、恐れながら、強い娘を召喚すれば良いのでは、ないでしょうか!?」
満足気に、言い切った。此奴は、私が誕生した時に、祖父上が曾祖父上の従魔の血と毛で創ってくださった。私を守護する者だ。此奴とは、義兄弟の様に育ってきたが・・・此奴は・・・いつもそうだ、何も考えていない。此奴に意見を聞いたのが間違いだった・・・。
静まり返った広間では、シャンの尻尾を振る音だけが聞こえる。他の側近達も、呆れ返っているようだ。気付いていないのは、お前だけか・・・。
杞憂 きゆう 必要のないことをあれこれ心配すること。とりこし苦労。




