↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第14章 風の残像

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
422/438

第422話 霧列車の砂

挿絵(By みてみん)


潮風の停車場から再び列車に乗り込むと、足元に(すな)があった。


 砂の駅で一粒を拾って以来、こよいは靴底のざらつきを無視しなくなった。今度も感触(かんしょく)が変わった瞬間に足を止めた。金属の床板を踏んでいたはずなのに、粒が靴と床のあいだに挟まっている。


 見下ろすと、座席の脚のまわりに(すな)()まっていた。

 薄く、数粒の厚さしかないが、確かに(すな)だった。乾いた、白に近い黄色の(すな)


 「南から来た(すな)だ」


 久遠(くおん)が床に(ひざ)をつき、指先で(すな)()まんだ。

 義眼(ぎがん)蒼光(そうこう)が砂粒を照らす。


 「砂峰(すなみね)(すな)と同じ鉱物組成(こうぶつそせい)だ。南部の砂漠(さばく)地帯を通過したときに、床板の隙間(すきま)から入り込んだんだろう」


 「掃除しとくか」


 あさひが言って、布包みの剣の先で(すな)を壁際に寄せ始めた。

 大雑把な動きで、座席の下の(すな)を通路の端に集めていく。


 こよいも手伝おうとして、座席の下に手を伸ばした。

 (すな)に指が触れた瞬間、止まった。


 「……久遠(くおん)くん」


 「どうした」


 「この(すな)、文字が混ざってる」


 こよいは(すな)の中から、一粒だけ摘み上げた。

 砂粒ではなかった。砂粒と同じ大きさの、文字の欠片(かけら)だった。


 ひらがなの一画。

 横線の一本分だけが、(すな)と同じ色をして混ざっている。


 久遠(くおん)蒼光(そうこう)を当てた。

 光が文字の欠片(かけら)に触れると、かすかに反応した。文字が持っていた情報の残滓(ざんし)が、蒼光(そうこう)に応えて微弱に発光する。


 「名前の断片(だんぺん)だ。(すな)とともに崩れた名前の破片(はへん)が、粒になって混ざっている」


 あさひが手を止めた。


 「(すな)()くと、名前も捨てることになるのか」


 「なる。この(すな)砂峰(すなみね)集落(しゅうらく)から来たものだ。あそこで漂白(ひょうはく)された名前が、(すな)とともに崩れて——列車(れっしゃ)の床に流れ着いた」


 こよいは手のひらを広げた。

 (すな)(すく)い、蒼光(そうこう)の下に差し出す。久遠(くおん)義眼(ぎがん)で一粒ずつ確認する。


 「この粒は(すな)だ。これも(すな)。これは——文字だ。『か』の左側の画だけが残っている」


 「名前の一部?」


 「一部というより、残骸(ざんがい)だ。名前が漂白(ひょうはく)されるとき、一度に消えるわけじゃない。まず意味が消え、次に(おと)が消え、最後に形が消える。この欠片(かけら)は、形の最後の段階だ。もう(おと)も意味もない。線だけが残った」


 こよいは(すな)の中に手を入れて、指先で探った。

 砂粒の中から、文字の欠片(かけら)を一つずつ拾い上げていく。


 『き』の縦棒。

 『の』の曲線の一部。

 『た』の横画。


 どれも名前の断片(だんぺん)だった。一文字分すら(そろ)わない。けれど確かに、かつて誰かの名前だったものの痕跡(こんせき)だった。


 「集めて、どうする」


 あさひが訊いた。

 こよいの手のひらに、文字の欠片(かけら)が六つ並んでいる。


 「分からない。でも、捨てられない」


 こよいは巾着(きんちゃく)を開いた。

 中の名前たちの脈動(みゃくどう)が、欠片(かけら)に向かって微かに応えた。同胞の残骸(ざんがい)に対する反応だった。悲しみとも共鳴(きょうめい)とも違う。ただ、知っているという反応。


 久遠(くおん)目録(もくろく)を開き、(ページ)の隅に記録(きろく)を書き始めた。


 「砂峰(すなみね)集落(しゅうらく)には、十二の名前があったと目録(もくろく)記録(きろく)がある。漂白(ひょうはく)で全て消えたはずだった。だが——名前の破片(はへん)(すな)に混ざって南から北へ運ばれている」


 「列車(れっしゃ)が運んだのか」


 「そうだ。列車(れっしゃ)の床板には隙間(すきま)がある。南部を通過する際に(すな)が入り込む。その(すな)に名前の欠片(かけら)が含まれていた。つまり——」


 久遠(くおん)鉛筆(えんぴつ)を止めた。


 「砂峰(すなみね)の名前たちは、列車(れっしゃ)を使って自分たちの破片(はへん)を北へ送っている。漂白(ひょうはく)が南から北へ進んでいるなら、北へ送れば漂白(ひょうはく)の前線から逃げられる。列車(れっしゃ)の床の隙間(すきま)が、名前の避難経路(ひなんけいろ)になっている」


 「わざとか」


 あさひの声が低くなった。


 「意図的かどうかは分からない。だが、(すな)の中の文字の欠片(かけら)砂峰(すなみね)付近に集中している。偶然にしては、分布(ぶんぷ)(かたよ)りすぎている」


 こよいは手のひらの欠片(かけら)を見つめた。

 六つの線。それぞれが別の名前の一部だった可能性がある。あるいは、一つの名前が六つに(くだ)けた残骸(ざんがい)かもしれない。


 「この子たちを、巾着(きんちゃく)に入れてもいい?」


 「入れてどうなる」


 「分からない。でも、巾着(きんちゃく)の中の名前たちが反応してる。何かできるかもしれない」


 久遠(くおん)は少し考え、頷いた。


 「試す価値はある。名前の脈動(みゃくどう)欠片(かけら)に影響を与えるなら、形が安定する可能性がある。ただし——元の名前に戻る保証はない」


 こよいは欠片(かけら)を一つずつ、巾着(きんちゃく)の中に落とした。

 布の中で、名前たちの脈動(みゃくどう)が一瞬乱れた。異物を感じたのか、それとも仲間を受け入れたのか。


 数秒の沈黙(ちんもく)のあと、脈動(みゃくどう)は元のリズムに戻った。

 欠片(かけら)馴染(なじ)んだのだろう。巾着(きんちゃく)が少しだけ重くなった気がした。


 あさひが残りの(すな)を見た。

 通路の壁際に寄せた(すな)の山に、まだ文字の欠片(かけら)が混ざっているかもしれない。


 「全部調べるのか」


 「調べる」


 こよいは(ひざ)をついた。

 (すな)の中に両手を入れ、指先で一粒ずつ確かめていく。久遠(くおん)蒼光(そうこう)を当て、(すな)と文字を選り分ける。


 列車(れっしゃ)は走り続けている。

 南から来た(すな)は、床板の隙間(すきま)から少しずつ、まだ入り続けていた。


 砂峰(すなみね)の名前たちが、列車(れっしゃ)の腹を通って北へ逃げている。


 おたまが床板の隙間を順に()ぎ、十二箇所で小鈴を鳴らした。欠片の画はばらばらでも、分布は砂峰の目録にあった十二名の配置と重なる。先の駅の一粒では証明できなかったものが、ここで集団の避難経路として形になった。


 六つの欠片は完全な柱ではなく、巾着の二十七の脈の間で保護される断片として記録した。数を増やすためではない。いつか同じ名の別の画と出会ったとき、元へ繋ぐためだった。

 こよいの指先が、その逃走の痕跡(こんせき)を一粒ずつ拾い上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。