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消えたシンデレラ~婚約破棄に至る顛末とその結果~  作者: なち


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4/4

ガラスの愛は砕けて終わる



 それからは、怒涛のように時間が過ぎた。

 ソーイ家の告白から十日間の間に、フィンセントにとって悪夢のような事実が次々と判明した。

自分が恋をし、愛を育んだ筈の少女が――どこの誰で何者なのか。

 謎は謎を呼び、更なる深みに嵌って行く――。




 一縷の望みを持ったまま、まずフィンセントはイエルナ――この場合のイエルナは、フィンセントの婚約者になった少女だ――が、暮らしていた部屋を探らせた。

 王立学園の寮は高額なので、彼女は古びた賃貸の部屋に暮らしていた。生活費を稼ぐ為に、週に何日か働いている、と言う話も聞いていたのに、彼女がどれだけ質素に暮らしていたのかを知らなかったフィンセントは彼女の部屋を見て愕然とした。

 何も無いのである。

 人が暮らしていた形跡はある。草臥れた寝台と薄い布団、古い机と椅子、それから学園の教科書類。学園の制服。そんな最低限の物だけが、歩けば鳴る床、軋む扉、隣人の声を遮らない薄い壁――フィンセントの部屋の衣裳部屋よりはるかに狭い部屋に存在していた。

 こんな窮屈な場所で人が暮らして行けるのか、と兵士に聞けば、兵士は戸惑った顔でこれが平民の暮らしだと、これよりも狭い部屋で一家が暮らしている場合も少なくないと、小さく言った。

フィンセントは衝撃の余り口が利けなかった。

 そこに、卒業パーティーの時のドレスも、王城散策でフィンセントが贈り「大事にします」とイエルナがはにかんでくれた髪飾りも、愛の詩集も、花模様が可愛いペンも、二人が紡いだ記憶の何もかもが、無かったこともある。

 イエルナの部屋の捜索に時間は掛からなかった。

 贈った物の一切が無い代わりに、『そこにあるかもしれない何か』も見付からなかったことに、フィンセントは安堵した。


 次に向かったのは、イエルナが働いていた食堂である。

 食堂、と聞いていた。だがそこは夜に営業する、いわゆる酒場だった。治安の良くない場所に、人相の悪い男達が出入りするような――イエルナのような可憐な少女が働ける場所とは、到底思えなかった。

 だがまたしてもフィンセントは衝撃を受ける。

 王都の犯罪率はけして低くない。窃盗や傷害は日常茶飯事だし、戦争で土地や職を奪われた浮浪者が残飯を求めて徘徊し、身体の一部を欠損して追い出された兵士達が、傭兵や人買いとして出入りする。フィンセントが普段出歩くような華やかで安全な場所は一部で、平民が生活する区画は危険が隣り合わせだと、兵士達は茫然とするフィンセントに告げた。

 フィンセントは知らなかった。そしてフィンセントが知らなかった事に、兵士達は表情を暗くした。

 そんな場所で、イエルナは確かに働いていた。

「イエルナちゃんは、その、客あしらいの上手い子でしたよ。酒の入る店ですから、嫌な誘いもありましたが……」

 食堂の店主は言葉を選びながら、

「身持ちのちゃんとした子でした。すぐに店にも客にも、看板娘として受け入れられて――そうそう、王子様と噂される頃には、ちょっかいかけるもんなんて誰一人いませんでしたよ!!」

 それから、

「イエルナちゃんの持ち物? ああ、預かり物ならありますよ。――誘拐なんて、本当に、もう。あの子、大丈夫ですよねぇ?」

 店主は最後に思い出したように付け足した。ひどく同情的な表情だったが、訪ねた時の「まだ準備中だよ!!」と怒鳴った時の彼の態度が、彼と言う人間を如実に表していた。

 イエルナの安否など、どうでも良いと言った風だった。彼女は、既に店を辞めた身なのだから。

 店主はイエルナから預かった物を、当然のように兵士に差し出した。店主曰く娘のように大事にしていた少女からの預かり物を、何の躊躇いも無く。


 城に戻ったフィンセントは、預かり物として適当な袋に入れられただけのそれを、宰相と共に開いた。余り多くの人の目に晒したくは無かった。嫌な予感がして、グレンさえ除け者にした。

 その結果。

「……」

 フィンセントは崩れ落ちた。ソファから落ち、その足元に蹲って頭を抱えて、泣いた。

 嘘だった。全部。何もかも。

 全て手紙だった。手紙と言うより、指示書だった。

 フィンセントと接触したら、まずは台詞を噛んで印象付ける事。ミランダには反抗せず、従順に、そして()()に煽る事。必死に勉強する姿を見せ付ける事。貴族との間に、確実な線を引く事。街歩きで行く店、頼む物。貸し出された本の、()()な使い方。

 フィンセントが()()()後の台詞。泣き所。触れ合いの仔細。

 卒業パーティーのドレスを注文する店。

『私達の愛はガラスの愛だから、壊れないように大切に育てよう』そんな風に約束したあの瞬間さえ。

 叱られた子供が寝台に潜り込んで丸まるように、フィンセントは小さくなって、声も出せずに慟哭する。

「……BETRÜGER……ベトリューガー?」

 そんなフィンセントを歯牙にもかけず、宰相は首を傾げる。

「人名、あるいは――何かの暗号、組織か?」

 手紙の結びに必ず書いてある文字。Uの字が特徴的だ。


 宰相は手紙を抱えて王を訪ねた。フィンセントの姿は無かった。しばらく使い物にならない事を宰相は冷徹に判断した。

 王はすぐに有識者を集めた。誰も聞いた事の無いBETRÜGERを、歴史書や記録の中から探した。他国の辞書もさらった。




 数日後、召喚していた男が来城した。

 ソーイ家が暮らす村を治める領主である男は、事情も知らされないままある書類を見せられた。

 イエルナ・ソーイの学園入学における推薦状と必要書類である。

「こ、こんな物知りません! 我が領では、学園に入学した平民など一人もおりませんし、推薦した覚えもありません!!」

 なぜ怒り心頭の王と宰相の前に引き出されたのか分からないまま、彼は声を大にして弁明する。

「それに、それに――この、印章は、何か、何かが……違うような……」

 書類に押された自分の印章に、何所と言われると分からないが違和感がある。何せ何千何万回と利用して来たのである、彼以上に識る者はいない。

 宰相は戻された書類を改めて確認し、それを他の文官も回し見た。そしてある者が何かに気付いて、謁見の間を飛び出した。国王の前で不敬であったが、誰も咎めなかった。


 彼は、書類のいくつかを持って、宰相の元に戻った。

「いつか、宰相閣下が違和感を感じる、と仰っていた書類です」


 ――恐ろしい、事実が判明してしまった。


 


 国王とフィンセントの前で、宰相は重々しく口を開く。

 フィンセントは魂の抜けた虚無の表情で、それでもグレンが椅子を引くと幽霊のような儚さで着座した。

 机の上には、積み上げられた書類。

「こちらは年代ごとに分類したものです。今の所、役11年前のこちらが、一番古い書類です」

 国王が息を飲む。

「ご覧下さい」

 一番古い書類の、最下段の印章部分を宰相は指差す。

「……」

「………」

「こちらを」

「……」

「こちらも」

「……」

 11年前の書類、10年前の書類、9年前――順々に。印章自体はそれぞれ違う。ただ、そこに『B』の字が浮き上がっていた。古い物はより明確に、新しい物は印章に馴染むように。

普通、インクは時と共に劣化して掠れる。それとは反対に、時が経つ程に力強さを増している。

 イエルナの書類は、目を眇めても違和感を感じられる程度だったが、4年前の書類ではじっくり見れば『B』の字が読み取れた。

「こちらをご覧下さい」

 それはイエルナの推薦状に押された、領主の黒い印章を切絵にした物と、赤い『B』の字。

「こちらの領主印には、この部分に明らかに線が二つ足りません。つまり、分かり易く偽装された物と言えます。ただこの『B』の文字の上から押すと――完璧な領主印になります」

 宰相の声が淡々としている程、その緻密な偽造の術が際立つ。

「ここにある書類は全て、このような技法で偽造されているようです。そして経年によって、この『B』が現れる。書類の作成から4年ほど――王立学園の生徒は3年で卒業しますが、この書類の受領はその半年以上前の日付けです」

「……つまり」

「我々が今、この書類を慎重に再確認すればすぐに偽造と見抜ける、と言う事です」

『B』と言うのが何を指すのか、分からない無能はここには居ない。

 つまり11年前――今の所、である。更に深い歴史の闇があるのかもしれない、と国王は恐怖する――昔から、BETRÜGERは何か目的を持って、存在して来たのだろう。

 今回のイエルナ・ソーイはその一欠けらに過ぎない。

 これはただの騙された王子の失恋劇などでは無く、もっと壮大な――組織的な暗躍に他なら無いだろう。

「ただ解せないのは、これらの偽造が何を目的としているのかです」

 これ以上の真実を知るのが怖い。国王とは対照的に、宰相は謎解きを楽しむ子供の目をしている。

「11年前に燃え落ちた孤児院の再建申請、焼け出された孤児の引き取り手続き書、帝国との終戦調停の幾つか、麦の売買契約書――その他、内容はそれ程深刻とは思えない物も多くあります。

そしてこの孤児院の書類に関しては、印章の持ち主である子爵と男爵に話を聞いた所、確かに自分達がサインした物で間違い無いそうです。ただし、再建を買って出た子爵は後ろ暗い事情で脅されて、『ベトリューガーの代理人』なる者に孤児院の再建を指示されたとの事です。一方で孤児を引き取った男爵は、同じく『ベトリューガーの代理人』に孤児を引き取り教育する事を提案されたようなのです。男爵は成り上がりと揶揄され名声を欲しておりましたから、他の貴族からの援助金が約束されていたその提案を飲んだという事です。

――BETRÜGERは、子爵と男爵の内情や性格まで把握していた、という証左です」




 ヴェンブルグ王国は、BETRÜGERなる組織を暴かなければいけない――そんな日は、来なかった。


 翌日、アンゲル子爵とパリス子爵、そしてパットナム侯爵が反乱を起こした。両子爵はミランダの取り巻き令嬢の生家、最早この船に乗るしか道は無かった。

 一方でパットナム侯爵は、娘の不当な断罪と処罰、そして自身にかけられたイエルナの誘拐犯と言う不名誉に、嵐の中に船を出した。

『王家には最早、権威も能力も無い。輝かしい威光は過去のもの、無能者の集まりだ! イエルナと言うどこぞの間者に騙され婚約者を不当に断罪する王子! 負け戦に臨み、民草を困窮させるだけの国王!! 我々には、帝国のベトリューガーがついている!! 皆の者、今こそ我が元に参じ、王家を打倒するのだ!!!』

 パットナムはこのような声明を出し、帝国の庇護を信じた者が、後に続いた。


 イエルナが王子を騙した悪女だったと、既に民衆は知っていた。BETRÜGERにばかり気を取られていた王家は気付きもしなかった。

 ソーイ家を王都に在留させている事を忘れていた。

彼らは最初こそ宿に籠っていたものの、何せ初めての王都。二度とは来れない王都である。

 王家に忘れられている事を良い事に、王家の金で王都見学を楽しんだ。監視役の兵士も二人、ある日の昼食の時にうっかり漏らしてしまった。「いやー、騎士様が来るから何かと思っちゃったよね。イエルナ・ソーイが誘拐されたって! 私のことだもん!! ははは」そんなような事を。

 緘口令は敷かれた、しかし田舎者の平民に、その効力は薄い。

 パットナム侯爵が軍を率いて進軍を始めると、ソーイ家と兵士二人は逃亡した。大事な秘密を漏らしてしまった。どちらにしても王都に居るのは危険だった。


 そうして、悪女イエルナに騙されたフィンセントの株は急落した。

 燻っていた国王への嫌悪も爆発した。

 戦争で手足を、名誉と職を失ったうらぶれた元騎士達が、蜂起した。

 王都に火の手が上がる。

 猛る民が、王城に詰め掛ける。


 国王と王子は、捕縛された。ついでにミランダも、牢屋から引っ張り出された。

 民の怒号の中、パットナム侯爵の軍が王都に辿り着く前に、王家は既に首を吊られた。

 とばっちりを避けた者はいの一番に逃げ出した。城の飯炊きも、洗濯係も、近衛の騎士も。

 宿屋の主人も、旅芸人も、門番さえもが王都を脱出した。


 ミランダの死体は、王家のそれより酷く扱われた。その頭は王都を転がり、蹴られ、犬にむしゃぶりつかれて放置された。



 王城が燃えた。

 その最中に、帝国は声明を出す。

『ベトリューガーなど知らぬ。帝国の名を棄損した侯爵当主をただちに引き渡せ。ヴェンブルク王家が墜ちた今、ヴェンブルク王国の早急なる平定の為に、兵を貸す。また、預かっていた第二王子を速やかに返還する故、彼を新王とせよ』

 要約するとこう言う事だった。


 王都の民を扇動した宰相は、速やかにこれを実行した。

 


 かつて一人の少女が駆け上がったシンデレラ・ストーリー。

 その階段を滑り落ちて、後には何も残らなかった。

 



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