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消えたシンデレラ~婚約破棄に至る顛末とその結果~  作者: なち


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断罪の始まりは自業自得


 今宵は、祝いの宴。

 王子を筆頭にした王立学園の卒業生が王城に招かれ、その卒業と未来を、国王に言祝がれる。

 豪華絢爛な城の大広間に集まった卒業生の表情は、光り輝く天井のシャンデリアよりも明るく、その装いは晴れの日に相応しい華やかさで、子供からの脱却を果たした彼等を象徴するものだった。

 その家族縁者も煌びやかな会場でさざめき合い、楽団が演奏する美しい旋律の中で国王の訪いを今か今かと待っていた。


 やがて国王夫妻の入場が告げられ、参加者は頭を垂れて二人の着座を見守る。

 続いて――成績優秀者上位3名が入場した。その3名が卒業生代表として国王の御前で直接言葉を頂けるのである。

「フィンセント・ド・ヴェンブルク、グレン・ハウゼン、イエルナ・ソーイ」

 国王に名前を呼ばれ、跪いた三人は顔を上げる。

この国の第一王子、宰相子息、平民の娘――それが、今年の上位3名であった。

「貴殿らは勤勉に学業に励み、極めて優秀な成績を修めた。また学徒の規範となり、他の者を牽引した。貴殿らのような才能ある若者を迎えられる事を嬉しく思う。そして今後の王国の発展は、次代を担う――貴公ら、」

国王は一度言葉を止めて、卒業生全員に両手を広げた。

「その手腕にかかっている。この場をもって貴公らは一人前と認められるが――慢心せず研鑽を続けよ。とは言え今宵は祝いの場。まずは卒業を寿ごう。この夜を大いに楽しむがいい!」

 国王が短い祝辞を声高に締めると、楽団が軽快に楽器を掻き鳴らす。

 招待客が拍手を打ち、卒業生は彼らに大仰に礼をして、ダンスを踊りに中央へと進み出て行く――毎年恒例の流れである。

ダンスのパートナーとして婚約者や親兄弟を伴って来ている者は手に手を取って、あるいは意中の相手を誘い合って。

壁の花となる者もあれば、ダンスには目もくれず用意された料理を摘まむ者も多い。

 国王夫妻がしかるべき時に中座して、そして後は思い思いに帰路に就くまで宴は日を跨ぐまで続く予定だ。



 ――従来であれば、何事も無く始まって何事も無く終わるのである。


 従来で、あれば。



 気付いている者は気付いている。この場に漂う緊張感に。

 知っている者は知っている。この後に起こる展開を。

 貼り付ける笑顔が俄かに歪み、どうしても注目が集まってしまう。


 フィンセント・ド・ヴェンブルク。

 ヴェンブルク王国の第一王子であり、次期国王として将来を期待される聡明で真面目で、非の打ち所の無い美男子である。卒業生や招待客が次々に挨拶に向かい、彼は息つく暇も無い。

 本日の装いは、白を基調とした王族の正装で、これが彼の金髪に良く映える。襟元や袖口に銀糸と紺糸で優美な装飾が施され、それがシャンデリアの光を反射してフィンセントの周りに散っている様に、周囲の者は思わず見惚れてしまうのだった。

 彼にとっては注目されるのは常の事だが、その隣に立つイエルナは落ち着かなげだった。微笑んでいるものの緊張しているのがありありと分かる。

 その彼女の背に手を添えてフィンセントが何事かを囁くと、イエルナのが表情がふっと解けた。

 誰の目から見ても仲睦まじい様子だ。


 イエルナ・ソーイ。

 数少ない平民として学園に在籍し、平民初の優秀者として卒業した――その前評判からは想像出来ない程、小柄で可憐な少女であった。

 分厚い眼鏡にひっつめた髪、机に齧り付くように勉強に必死で、しゃれっ気も社交っ気も無い。陰気で可愛げもない。彼女を知らない者は、平民の成績優秀者と聞いてそんな人物像を思い描いていた。

 ところが彼女は、珍しいハニーピンクの髪色と宝石のように美しい碧眼の持ち主で、とても愛らしい顔立ちをしていた。大きな瞳に薔薇の蕾のような唇、肌は透き通るように白く、妖精のようだ――と学園内外で人気だった。

 小動物めいた可愛さなのに、小柄な体に不似合いな豊満な胸元――それが、彼女が身に纏うドレスで強調されている。

 彼女のドレスは晴れた空のような鮮やかな青色で、フィンセントの瞳の色だった。

 夫婦や婚約者、パートナー同士は、お互いの色の衣装やアクセサリーを身に付ける。またそれを贈るのは、所有の強調なのだ。

 ただ、王族の色は避ける傾向にある。こと、今日のように王族の主催する集まりでは。刺繍や装飾に使っても、今回のように衣装の主色になる使い方はしない。

 流行の最先端を行くドレスを、平民の彼女自身が購入したとは考えられない。彼女が卒業生の代表である事も加味して、用意したのは王家――フィンセントだろうと言う事は想像に難くない。

 二人の親密さを目にすれば、フィンセントの独占欲の証なのだと思えるのだが。


 ミランダ・パットナム。

 今年の卒業生にして、五代侯爵家の一つであるパットナム家の令嬢にして――フィンセントの婚約者。

 ミランダはフィンセントの視線に入る位置で、常に取り巻きを侍らしていた。彼女からは決して近付かず、フィンセントが当たり前に近寄って来るべきだと思っている。「やあ、待たせたね」とミランダをエスコートするべきだと。

 周囲の彼女への視線は気まずげに辺りを彷徨っている。

 ミランダは扇を広げて口元を隠しているが、その目は絶えずイエルナを睨んでいて――そしてフィンセントにさり気無く遮られていた。

背後に居る者にも分かる程、怒気を孕んでいる。綺麗に結い上げた彼女の赤髪が、燃え盛って見えるのは気のせいだろうか。

 彼女もまた、フィンセントの色のドレスを纏っている。ただし彼女のそれは、ギラギラと目に五月蠅い程の金色だった。フィンセントの髪色はもう少し落ち着いた色だが、彼女の苛烈な印象と燃える髪色には、フィンセントの色はどちらも似合わない。

とは言え、彼女は婚約者であるフィンセントの色を纏って、この場に居る。


 ――本来ならば、フィンセントが婚約者であるミランダをエスコートするのが慣例である。

けれど今回の卒業パーティーに限っては、三名の代表枠から外れたミランダと、代表であるフィンセントが同時に入場する事は無い。

 これは当人同士も納得済みの事だった。

 しかしファーストダンスからこっち、フィンセントがミランダに寄って来る事も、目が合う事も無い。それ所かフィンセントは意識して彼女を視界に入れていない風ですらあった。

 元々完全な政略結婚である二人の仲は、ここに至る前から悪かった。

それが学園に入学して、フィンセントとイエルナがただならぬ仲だと噂されたのである。フィンセントがイエルナを愛人か側妃に添えようとしているのだろう――と、邪推する者が殆どだ。

 今回のパーティーで、王子の色のドレスをイエルナが纏っている時点で国王も承知の事。であればと、イエルナに取り入ろうとする輩がイエルナの容姿や装いを褒め称えた。

「そうだろう、彼女は本当に愛らしいんだ」

 俯いて頬を染めるイエルナを、気色に満ちたフィンセントの声が更に褒める。

「だがルナの素晴らしさはその姿形だけでは無いぞ。聡明で謙虚、心根は優しく、目端も利く。物腰は柔らかいが、これで芯が強くてな」

「それはそれは」

「ルナは得難い存在だ」

「いやはや、王子殿下は彼女を随分買っているようですなぁ」

「それだけ素晴らしいということなんだ」

朗らかに、楽し気に、フィンセントはイエルナを愛称で呼ぶ。

その様子にミランダが広げた扇の柄がみしっと鳴った。

 取り巻きの令嬢が眉を顰めて、口々に言う。

「いくら王子殿下がお許しだからと言って、慎みがありませんわ」

「今宵のエスコートだって、王子殿下が気を遣っての事ですのに」

「本当に。平民の分際で優秀者だなんて、それこそミランダ様に席をお譲りするべきですわ」

「見てご覧なさい。あの胸を強調するドレス。下品極まりないこと」

 慎みがないのはどちらだ、と更に背後に控える淑女の先輩方は、しかし懸命な事に口には出さない。悪しざまに侮蔑を口にすることほど、品性が無いと知っているからだ。

 ミランダの取り巻きは男爵家と子爵家と、下位貴族ばかり。上位貴族はほど良く距離を取っており、パットナム家自体を敬遠している。

よってミランダは自分が思う程、地位を持っていなかった。

卒業後華々しく社交界を牛耳るつもりであった彼女にとっては、今夜のパーティーはその一歩。王子と並んでパーティーの主役となり、栄光の道を歩むはずだった。

 それが今、彼女に侍るのは、共に学園を卒業した何時もの取り巻きばかり。ダンスに誘って来た者も、挨拶に寄って来る者も、数える程度。それもそそくさと話しを畳んで、慌ただしく去って行く。

 それでも次期王妃たる、侯爵令嬢である自分が自ら動くことなど有り得ない。

 端々で他者を侮り見下すその傲慢な態度が、ミランダの立ち位置を決めていることに、彼女は気付いて居ないのだ。

そしてまた、その父親も。

「これはどういう事です、王子殿下!!」

 大声を張り上げて、人波を掻き分けるようにフィンセントに近付いて行く男性に、辺りの喧騒が途切れた。

 ピタリ、とフィンセントの口が閉じる。

 恰幅の良い小男が、赤地に金糸が所狭しと縫われている豪華な衣装で現れた。その赤ら顔から、随分と酔いが回っている様子が見て取れる。

「……一体何事だと言うのだ、パットナム侯爵」

フィンセントの声が、一段低くなった。挨拶も無く不躾に呼ばわれた、その不機嫌を隠しもしない。

「惚けなさいますな! そこの!!」

 パットナム侯爵は派手な指輪を五指に嵌め、その人差し指でびしっとイエルナを指差した。

「小娘のことでございます!!!」

辛うじて敬語を使えている程度の横柄さであった。

 楽団の演奏が止まり、衛兵が駆け寄り掛けたのを国王の合図で留まった――が、視線は全て件の二人に注がれていたので、気付いた者は少ない。

「小娘とは失礼だぞ。彼女は、イエルナ・ソーイ嬢だ」

フィンセントはイエルナを庇うように一歩出る。思わずと言った様子でイエルナがその腕に縋ると、ミランダが扇を閉じるパンッと言う音が響いた。

「王子殿下はその平民の娘に随分とご執心であらせるが、殿下の婚約者は我が娘ミランダですぞ!」

「……それが何だ」

「ミランダをエスコートもせず、このような公の場で平民を侍らすなど、娘を笑い者にするつもりか!! これは我が家への侮辱ですぞ!」

 唾を吐き散らして、パットナム侯爵が喚く。

 笑い者。

 何所かから失笑が漏れた。

それが事実でも、感情を堪えて平静を装い、毅然と立つのが貴族の矜持である。するべきは感情に任せた球団では無く、正式な抗議。

 ミランダを今貶めている者があるとすれば、それはミランダ本人であり、そしてミランダが蔑ろにされている事実を認めてしまっている、パットナム侯爵自身だった。

「ミランダ・パットナム侯爵令嬢のエスコートを辞する事は、前もって承諾を取っていた筈だが? 今夜は入場場所も時間も違う」

「それは、」

「それから、今日私達は学園の卒業生としてこの場に居る。このパーティーの間は私には生徒代表として気を配る義務があるし、優秀なイエルナ嬢を多くの者に紹介し、今後の事も大いに語り合いたいと思っている。よって、お前の戯言を聞いている暇は無い」

「パットナム侯爵、少し酒を過ごしすぎたようだな」

 フィンセントの言葉を引き取るように側にいた貴族男性がパットナム侯爵を促したが、パットナム侯爵は彼の手を振り払った上、

「黙れ、この伯爵風情が!」

 叫んだ。

 しーん、と辺りが水を打ったように静まり返った。壁際でひっと、悲鳴を上げかけた誰かが慌ててその声を引っ込める。

 身分上では確かに彼は伯爵だが、国境領を守る辺境伯であり、先代国王の妹君を母に持つ。つまり現国王の従弟である。

「パットナム侯爵」

 見下されたはずの伯爵は、しかし笑顔を崩さずに穏やかな声音で、パットナム侯爵の怒る背を撫でた。

「祝いの場であるし、陛下の御前でもある。ミランダ嬢におかれても、パーティーを楽しんでいるご様子。我々大人が出しゃばるものでもありませんでしょう」

 ミランダの様子は言わずもがなだが、見て見ぬ振りをするのが貴族と言うものである。今回は。

 

 ――ところが。


「私は不愉快よ、辺境伯」

 ここに、ミランダが優雅(に見えるドレス捌きだが、イエルナへの対抗心か胸を押し出すようにして歩いて来るので不格好)に登場した。今が見せ場だ、と空気を読まない堂々とし表情で。

 取り巻きを引き連れて、穏便に収めようとした辺境伯の顔を潰しまくる。

「私はね、フィンセント様の優しさに付け込むその平民女に憤っていてよ」

父親と同じように、ミランダも扇の先でイエルナを指す。

「身の程を弁えるように再三伝えたはずなのに、平民と言うのは本当に頭の悪いこと」

「身の程、か」

「ええ、そうですわフィンセント様。大体、下民如きと同じ教室で同じ空気を吸うのも、私、不快でしたのに、フィンセント様の周りをウロチョロと目障り極まりない。払っても払っても寄りついて、羽虫のような煩わしさですわ」

 ミランダが履き捨てるように言うと、フィンセントの口から乾いた笑いが漏れた。

「平民女に、下民、その上羽虫と来たか。貴賤を履き違えた愚か者は、本当に質が悪いな」

「……何ですって?」

「私もお前には再三伝えたはずだぞ。だがまあ……お前の場合は実際頭が悪くて理解出来ていないのだろうな」

「何を、」

「陛下」

フィンセントがミランダを遮って国王を仰ぐ。未だ退室せずに着座したままだった国王は、肘掛けに半神を預けるように頭を抱えて、大きく溜息をついた。それから額から外した手を振って、「続けよ」と低く許可を出した。

「この晴れやかな場を台無しにする気は無かったが、皆には少しの時間をもらいたい。どうかこの馬鹿馬鹿しい断罪劇に、暫く付き合ってくれ」

 芝居のように大仰な言い回しで、フィンセントは辺りに視線を巡らせて、ミランダを見据えた。小さなざわめきと、困惑の表情が広がる中、

「それほど望むなら、お前をこの場で断罪してやろう、ミランダ・パットナム」

彼は朗々と、告げた。




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