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 間章


「あーー、もう…考えがまとまらない」


自室にて。アリスは持っていた本を放り投げ、寝台に寝ころんだ。


「そして…暇、だ」


先日起きた一件。

それはまたしても父の耳に入り、結局1か月の謹慎を言い渡されてしまったのだ。…先日よりも明らかに期間が延びている。


「最近、父君が厳しい…まあ、母様の出産もあるから、なのか…」


それとも、別な理由があるのだろうか?

思い当たるのは、やはり、例の「連続殺人事件」だろう。先日の新聞にはでかでかと一面を飾り、今や人々は見えない『殺人鬼』の恐怖のどん底に陥れられてしまったのである。

金髪の女性がターゲットと知れ渡るや否や、街中の女性は帽子をかぶり、かつらをかぶり…今や街中の女性ものの帽子はどの店も『売り切れ』の文字がタグに張り付けられているらしい。

そして、貴族の令嬢で有名でしかも黄金の髪を持つ女性…と言えば真っ先にアリセレス・ロイセントの名前が挙がることもあり、一部では『次の狙いは彼女だ』などとほざく輩も出る始末。

と、まあこれだけの理由があれば当然と言えば当然の謹慎ではないだろうか。


「アリスお嬢様、お客様がお見えですわ」

「…体調がよろしくないのでまたの機会に…」

「その、でも…本当によろしいですか?ヘルソン・ブラズターという警察の方でして…」


その名前を聞いて、アリスの意識は覚醒する。


「ヘルソン?!!」


そして、好奇心と、未知なる出来事への期待に胸が膨らみ、思い切り立ち上がった。


「ええと、お久しぶりです、ロイセント令嬢」

「…はい」


やってきたのはくたびれたシャツを着た赤毛のくせっ毛警官…のはずが、いつもと様子が違う。

いや、正確に言うと、今日はきっちりと正装できているの間違いだろう。青のマントに軍帽、肩から腰に掛けての白いホルダーに、紺色の生地に白いラインの入ったものは、彼らにとっての最上級の礼を尽くした正装である。


(…国王陛下にお目通りになるわけでもあるまいに。公爵家、ということで気を遣ったのか??)


いつもはくたびれたシャツにぼさぼさの髪で来るくせに、今日に限ってのこの正装はなんだかこちらまで身構えてしまいそうだ。

しかもかしこまった口調となると、既に別人レベルの違和感である。


「…楽になさって、公爵閣下がいるわけでもなし、いつも通りでくださらないと」


やりづらくてしょうがない。

その最後の言葉までは飲み込んだが、それを聞いてほっとしたのか、ヘルソンはへにゃ、と表情を緩め、肩の力を抜いた。


「はー…そう言ってくれてよかったよ、お嬢様」

「今日は一体どんな御用で?もしかして、ドロレスの事?それとも…」


なんだかんだで、ヘルソンにはたくさん用事がある。

それを理解してか、ヘルソンはひとまず帽子を脱いで、だされた紅茶を飲み込んだ。


「…俺の安月給じゃ、一生飲めなさそうな紅茶だな…」

「出世すれば飲み放題ですわ」

「簡単に言わないでくれよ、お嬢様。さて、まず、ドロレスの件だが…あの子は未成年だし、あの詐欺女に騙されて連れてこられた子だから、これ以上誰も罪にも問えないし、何も聞くことはできないから…安心して、過ごしてほしいってことがまず一つ」

「!それはよかった…」


詐欺女…つまり、マダム・ノワールの事である。

彼女を調べると、どうやらレスカーラの国外からやってきた身元不明の女性であり、ただ、流されてきたこの街に居ついた後、数々の恋人や情夫の元を転々としていたらしい。


「じゃあ、やっぱり…ドロレスのお母さん、というわけでもなかったんだな」

「ああ。…ドロレス嬢ちゃんに関しては、あの子が子供の頃に体験したっていうような事件はどこを探してもなかった。…まあ、西部地区の出来事だし、何とも言えないが。実際あの教会に孤児院があったのも本当だし、それが6年前原因不明の火事で子供たちが全員亡くなったていう話は、その近所に住む人間からの情報でひとまず裏付けとした。ま、そこで生き残ったのがあのドロレス嬢ちゃんというのも、本当らしい」

「…なるほどね」


どうしてその女がドロレスと共にいたのか…それは、恐らく、以前『ロリータ』が話してくれていたことと、アリスが見たあの映像の出来事そのものだろう。

ただ、問題は、その詐欺女がどうやってドロレスの力を見て確認できたのか、ということだ。


「オラクル・ファミリアに関しては?…魔法講座、なるものをやっている先生とやらがいるでしょう」

「それなんだが…そんな先生はどこにもいなかった」

「え?」

「授業じみたことをやっていたのは本当だ。何人か、申し込んだという人たちもいたし。でも…それが誰の講師で、どんな授業だったか…誰も覚えていないんだ」

「誰も、覚えていない…?そんな。何のための授業だ」

「わからん、調べたくても…火事で焼け落ちたし、肝心の詐欺女も昨日、牢獄で死んでいるのをみつかったよ」


ティーカップを持つ手が止まる。

そして、耳を疑った。


「死んだ…なぜ?自殺?それとも…」

「診断によれば、原因不明の心臓発作。…もともといわゆる『狂人』扱いとされていたから、朝食も看守が運んでいたらしいんだが。朝方恐怖の表情のまま倒れているのを見つけたそうだ。…既にこと切れている状態だったらしい」

「……」


(恐怖の表情のまま…亡くなった先代の国王陛下と同じ。まさか、害ある者と契約でもしたのか?)


「それで、何だが」


すると、ヘルソンはぐっと体を前かがみにした。


「お嬢さん、君はどうやってあの場所からドロレス嬢ちゃんを連れ出したんだ?…あの後、後ろの寝台から鎖のついた足枷が見つかった。それに散らばっていた蝋燭も調べたら…何かしらの薬物が練り込まれた蝋だということが分かったんだ。…なんでもいい、何か知らないか?」

「…あれは、トランス用の覚醒剤が混ざった儀式用の蝋燭です」

「ぎ、ぎしき?」

「あら、警部は非魔法信者(リバース・ヴィラン)ですか?」

「い、いや…そういうわけではないが」


現在、魔法が活性化されているこの時代にも、やはり魔法を信じない者たちというのは存在し、それが総じてリバース・ヴィランと呼ばれている。

かといって何かするわけでもなく…なんだかんだと魔法技術の恩恵にあずかっているものだから、騒ぐものはほとんどいないのである。


「あの子は、どうやら生まれながらにして強い魔力を持っているみたい。人はだれしも魔力を持っているけれど…あの子はそれが発現するタイミングが早すぎたんでしょう。その力に目を付けた詐欺女は、それを利用しようと考えた、ということだと思う」

「利用…とは」

「託宣、未来予知、何でもいい。人は未知なるものへの恐怖心と好奇心は同じくらい強い。自分の境遇が不満足な人は、見えない力に縋ってみたくなるわけで…それを甘い言葉で信じ込ませるわけです。それに加えて、精神を覚醒させる蝋燭の香りをかいだら、感極まってその言葉を信じて従って…どんどん盲目的になっていく。…自分は特別だ、普通じゃないと、思い込んでいき、それを確認するためにまたそこに行きたくなる…たとえ持っている全財産をなげうってでも。…そういう仕組み」


くわえて、ドロレスという少女は、過敏な幼少時に経験した出来事がトラウマになり、それを忘れようと殻に閉じこもることを覚えた。失った兄妹たちを大事にするあまり、曖昧な記憶をたどって脳内に彼らを造り上げてしまったのだろう。

勿論、儀式をしたというのも本当だし、それが失敗に終わったのも真実である。とらわれた無垢なる魂たちは、ドロレスを守るように傍にいて、元々霊媒体質だったドロレスにまとわりつく亡霊たちと同化してしまった。

 その中の一つ…『ロリータ』という少女もまた同様に強い力を持っていた。結果、ロリータは知らないうちにドロレスの主導権を握り、操作し、どちらが本当でどちらが嘘なのか、互いに見失ってしまった。


「あの子は、複数の仮面を被って生きていた。それを演じ分けている内に、どれが本当でどれが嘘で…自分が誰なのかさえ、わからなくなってしまっていた」


 ロリータの神父に対する思慕と親愛を知っている害ある住人は、自分たちが喰った神父の器を利用して、甘い言葉でささやき…ロリータをとらえ、複数の亡霊を抱えるドロレスを喰ってしまおうと考えた…というのが、アリスの推察である。

力の強い魂を奴らは好む。そういう人間たちは皆総じて悪魔なり害ある住人に狙われやすいのだ。


「お嬢さんは、本当に10代の乙女なのか…」

「勿論。他の10代が成しえないような経験を積み重ねているだけです。それに…名門一族の令嬢というのはそれだけで、普通とは違う環境に身を置いておりますもの」

「あ、そう…ま、まあとにかく。オラクル・ファミリアの実態も分からず、どういう目的だったかもわからなかったんだが、あの邸の持ち主が誰だったかはわかったよ」

「あの邸…オラクル・ファミリアの?」

「ああ」


そう言えば、随分とグロテスクな装飾なりなんなりがあったな、と思い出す。

カーテンもカーペットも絨毯でさえ、派手なヴェルベット・ブルーで彩られたあの異様な世界。しかし、あの青色には覚えがある。幼少の頃、そして、()()()()に行ったとき。


「クライス家の持ち物だったらしい」

「……クライスって」


(メロウの、家)


「ああ、まあ、ただの家の持ち主で届け出が出されていたってだけで、本当に場所貸しをしていただけかもしれないけど…」

「ふうん…ちなみに、誰の名前?」

「それは…個人情報だし」

「……」

「い、言わない。これはさすがに言えない」

「そう。…情報提供に感謝いたします。ちなみに、ドロレスをあの場から連れ出すことができたのは、彼女自身が私に依頼してきたからです」

「依頼…?」

「そう。…ああ、お願いされた、というべきでしょうか?」

「へえ…そうなんだ。よくあのマダムが許したね」

「私の敵ではありませんから」

「…あ、そう」


そう、『魔女』は、ドロレスの『依頼』を受けただけ。

自由になること、連れ出してほしい、と。依頼は契約であり、約束である。その対価にもらったのは、ドロレスという一人の少女そのもの。


(本当に、キルケの言う通り、魔女の子供だというなら…確かめたい)


それは、好奇心かもしれないし、はたまた何かを確認したいからかもしれない。そして、恐らく遠からず彼女の力を借りることになるだろう、と。そんな確信がある。


「未知なるものへの恐怖心と好奇心は同じくらい強い…か。全く、ひとのことは言えないな」

「うん?」

「いいえ。それで、例の殺人事件は?…地下を調べてみました?」

「あー…うん。それが、君の言う通り確かに下水道があって、近くのマンホールが動かされた形跡があった」

「ふんふん」

「それで…」


もごもごと話すのをためらっている。

話すのをためらう程の内容なのか、それとも?


「少なくとも、4体…身元不明の金髪の女性の遺体が見つかったんだ」

「…4人、()()()()()?」

「見つかったのは…綺麗に三つ編みにされた金色の髪が保管されていた箱が3つと…手足がバラバラの複数の遺体だったんだ」


さすがにこの情報は、持っていたティーカップを落としそうになった。



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