54 憑依少女6~決着~
「今日は久々の休日だったんだけどなあ」
その日は非番だったはずのヘルソン・ブラズターは、目の前で放心状態で座り込むマダム・ノワールを見た。
「ブラズター警部!…この大きな椅子の後ろの部屋、鎖でできた足枷が置いてある寝台があります」
「それはまた…」
ちらりと横に目をやると…開かれた窓と風のせいで和らいでいるとはいえ、無数の赤い蝋燭がバラバラに散らばり、部屋にはいまだ甘ったるい匂いが充満していた。
「これもなんか、やばそうだ。…中身を調べて、何でできているか確かめないと」
その日は休みだった。
しかし、のんびり自室でくつろいでいると、窓をけたたましくたたく妙な鳥が飛来し、あまりにうるさいので窓を開けると…今度は頭をつつきつつ、聞いた覚えのある女性の声で、この場所に来い、と言われたのだ。
その本人がいるかと思いきや、そういうわけではなく…やや残念のような複雑な心境のまま、この場面に遭遇したのだ。
「はあ…まあ、これも手柄だよな!やるじゃん!俺!!大事件じゃんっ…は~ぁ‥ ‥」
言葉とは裏腹に、気分が沈むヘルソンの心の叫びは、誰にも聞こえなかった。
**
『……』
「!!」
青白い顔の神父は何も答えない。ロリータをじいっと見詰めていた。姿こそ見えないが、尋常じゃない雰囲気を感じたのか、ロリータはアリスの背中に隠れた。
それを見ておもむろに亡霊がその手を伸ばそうとするが…アリスは持っていた鞭を地面にたたきつけると、怯えるようにひっこめた。
「…これは、お前たちの大嫌いな聖水をたっぷりとしみこませた革の鞭。亡霊の貴様にはさぞつらかろう」
『……ッヨコセ』
「ん?」
『その身体をヨコセぇ!!』
突如かっと目が開き腰を低くしたまま両手を上げてロリータの元へ地面を滑るように動き出す。キルケが何かを察した様子で、ロリータ―抱きかかえ、後方に下がった。
「あきらめろ、亡霊め」
鞭をふるい、アリスは亡霊めがけて空を切り裂き、腕を縛り上げた。
『グぅ…ううぅ!!』
「神父の姿を真似ても魂までは真似ることはできまい。姿を見せろ、悪魔よ」
腰に付けていたウェストバッグから聖水を取り出すと、瓶の栓を咥えて開き、悪魔に投げつけた。すると、異様な水蒸気と泥のような腐った匂いが周りに充満する。
『ギャーーー―!!!』
「え?!!悪魔?!!俺にも見える…!」
思わずロリータは耳をふさぎ、キルケはロリータの目を手のひらで覆った。
もうもうと巻き上がる蒸気の中から姿を現したのは…黒い肌に、赤い目の浮浪者らしきぼろをまとった男性の姿だった。穴の開いた帽子をかぶった男はにやにやと笑い、ロリータを見た。
『黒い男を怖がるのは―――どこの、だぁーれ?』
「い、嫌!」
しばらくぽかんとしていたキルケだが、怯えるロリータを背中に隠す。
「お前にも見えるか、キルケ。こいつはいかなる形を持たず、実体がない…子供が一番恐ろしいと思う姿で現れる黒い肌に赤い目の大男の悪魔…『ブギー・マン』だ」
『もう少し…もう少しだったのに…っ』
「お前たちは総じて実体を持たない…まあ悪魔になり切れないような害ある連中。隙がある人間を見つけてはとりつき、その姿を真似るという。その姿を察するに…」
ちらりとキルケの後ろに隠れるロリータを見ると…その表情は怯え切っている。
(子供が一番恐ろしいと感じる者、か)
「キルケ、ロリータの目を塞いで。…恐怖心は奴らを増長させるから」
「わかった!!」
「さて。例の教会の一件と、こいつが関わっているかは不明だが…神父の姿で現れるとなると…無関係とはいくまい」
『この魔女め…!!!八つ裂きにしてくれるわ!!』
「はは、三流の雑魚らしいセリフだ…できるならやってみろ!」
ブギーマンは両手を掲げ掴みかけるようにアリスを襲う。大柄な身体の動きは単調で、避けるのは容易くまた懐に入り込みやすい。
二、三腕を振りかざすが、どれも当たらず空振りに終わる。カッとなった悪魔が振り返ると…そこには銀色の銃の薔薇の模様が目に飛び込んできた。
「悪魔の契約は、その悪魔を殺すことで無効となると言われている。だが、お前が儀式を起こした悪魔そのものだとしたら…」
『私は 罪を 犯しました ‥ …』
「!」
ふとブギーマンの表情が人間らしいものに変わり、引鉄を掴んだアリスが一瞬ためらう。が、すぐさまにやりと笑い、赤い目は光る。
『ざんげした。だから、かみさまもわたしをゆるしてくださいますよね?』
「残念ながら、今わの際に嘘をつく人間など、天は赦しはしない」
『!!!』
轟音が響く。
同時に、ブギーマンは黒い灰になってはじけ飛んだ。
「…!」
風が吹いて、灰塵がロリータの周りを執拗にまとわりつこうとするが…キルケがそれを脱いだ上着で払う。
「あの悪魔…アリスがやっつけたのか?」
「いや、まだ」
「え?」
茫然しながら問うキルケだったが、アリスはすでに違う方向を見ていた。
「…行くよ」
「え?」
「みて、あれ」
アリスが指さす方向には、先ほどの飛び散った灰の欠片が風に乗って飛ばされている様子だった。
「灰…」
「どうやら、ニカレアは先に例の教会に到着してしまったようだな」
「え?!それってつまり…」
「儀式を始めるか、ドロレス。…なら、止めないとな」
「アリスお姉さん!!このままじゃ」
「ロリータ。大丈夫…場所がわかれば問題はない」
二ッと笑うと、アリスは空に手をかざす。すると…その手に黒いホウキが現れた。
「そ、それも転移魔法ってやつ?」
「そうそう。まあ結構気力を遣うけど、緊急事態だからしょうがない。…起きろ、G」
その呼びかけに応えるように…箒は文字通りびくりと動いた。
「G?…って、な なんかこの箒、色が……黒光りして、その、茶色の毛みたいなものも…」
「まあ。生きてるから…ほら、後で甘いパンでもやるから」
『♡!!』
「え?人語も理解するのそいつ?!ていうか、いきてんの??」
何となく正体を察しつつも聞けないキルケだったが、そんなことに構わずアリスはその箒に華麗にまたがる。それを見たロリータの目がパッと輝く。アリスが差し出した手を取り、その後ろにぴたりとくっついた。
「のれるの?!」
「うん、飛ぶから」
「と、飛ぶの?!」
「飛ぶよ、…キルケは?」
「え いや あの、…さ、三人乗ってもだいじょう、ぶ?」
「置いてくよ」
「い、行きます!」
慌ててキルケが乗り込むと、ホウキの周りに風が起き、ふわりと浮き上がる。
「これ、どーゆーしくみなの?!!」
「私の魔法とGの潜在能力だな!あまり長時間は魔力的にキツイ。一気に行くぞ!!」
「一気に…ってぇ!!!!」
「あ、そうだ…一度あそこに寄らないと」
箒は一気に加速し、飛んでいく灰を追った。
**
その頃、W13についたニカレアは、導かれるまま薄汚れた路地をひたすらに歩いていた。「オールド・ロード」と呼ばれるこのあたりは特に道が入り組んでいて、所狭しと長屋や安アパートばかりが並んでいる。
既に慣れない憑依に、ニカレアの身体はもうへとへとだった。手足の感覚は薄れ、身体の主導権はドロレスが握っていた。
やがてぴたりと足が止まると…そこは、13番地でも最も郊外に近く、一歩進めばだだっ広い平野が広がるようなそんな場所にたどり着いた。
目の前には…何もない、建物の基礎さえ残らない、ただの空き地だった。
(これが…ドロレスの行きたい場所?)
「……みんな、ただいま!」
ドロレスの明るい声がすると、途端に周りの空気が変化した。体の主導権を握られながらも、鈍感なはずのニカレアさえ寒気を感じるような、そんな違和感を感じた。
(何…これ?どうなっているの?ねえ、ドロレス…これは)
「お姉さん、紹介するね。ここには私のたくさんのお友達がいるのよ!」
虚空に向かって叫び、くるくると嬉しそうに回るドロレス。何もないところに行っては手を振り、親し気に話しかけ、時には振り返りほほ笑む。
まるでその周りに多くの人間がいるような…何かがドロレスを歓迎しているようにも感じるが、ドロレスを通してさえも、ニカレアは何も見えなかった。
(どういうこと?…これは。この子は誰と話しているの?)
「今日は新しい仲間を連れてきた…この身体があれば、みんな、また元に戻れるよ!」
仲間、その言葉を聞いて、ニカレアはゾッとした。そして改めて…自分の外側にいる者の正体に恐怖を感じた。
(ねえドロレス!!あなたの目的はここで何をすることなの?)
先ほどと同じように強い意志を持って体の外側に出ようとするが、何かにさえぎられうまくできない。
「儀式。みんなを生き返られせるの」
(みんなって…?!)
おもむろにドロレスがしゃがみ込むと、草木で覆われた地面を無心に掘り進める。土が整った爪に食い込み、小さな傷ができようがドロレスは全く気にする素振りを見せない。
「ここ…ここにあるはず。あの本」
文字通り何かに取りつかれたように掘り進めていくと…やがて、何かの布でくるまれた何か固いものに当たった。
「見つけた…!」
とこどころ赤いしみのついた布をはがしていくと…一冊の黒い本が現れた。しかし、タイトルはなく、見たことのない文字が羅列されている気持ち悪い物だった。
(何、これ…)
「あ…ダメだ、ナイフがない」
ぽつりとつぶやいた言葉を、ニカレアは聞き逃さない。
(やめて…本当に何をするつもりなの?)
「ねえお姉さん、ナイフもっていない?…小さくてもいいの、切れる刃物」
(そんなの持ってない!…もうやめて、私をここから出しなさい!!)
「いやだ。だって、一日中貸してくれるんでしょう?…一日あれば十分だもの」
(十分って…)
ふと、どこから、黒いすすのようなものが飛んできた。ひらひらと舞い降りると、その灰は黒い本にまとわりつき、どんどん大きくなっていく。
(?!きゃああ!!)
「!!神父様…」
『……』
やがて、ゆらゆらと動く黒い陽炎のようなものが出来上がり、ニタニタと笑う口元だけが見えるようになった。
『はやく、ぎしきを、みんな まっている』
「はい!神父様…よかった、これでドリーも、ローラも、あの子も……?!」
ぱしゃん。
突然、頭の上から冷たい水が降りそそいだ。途端にはじけるような感覚が起き、ニカレアは自分の手足に感覚が戻っていくのを感じた。
「…これは」
「ニカ!!」
聞き覚えのある、その声。
「アリス!!来てくれたのね!」
「走ってその場から離れて!!」
「は、はい!!!」
声がする上を見上げると…そこには黒いホウキの上に立ったアリスが見えた。その手には銀色の銃を構えている。
「残りの弾丸は一回…外さない」
アリスの目には、ニカレアから飛び出した黒い影と…その手に持った黒い本だった。
「や、やめて…やめてーーー!!」
「もう、還りなさい。あなたは、ここにいるべき魂じゃない」
そうして、銀色の弾丸は黒い本を通過し、同時にその場にあった黒い影たちを一掃した。
ブックマーク、ありがとうございます。中々思うように更新できませんが、最後まで頑張ります。よろしくお願いします。




