18 最高で最強の味方
「シュレット・バーゼル・アルキオ…俺の父親だ」
『……!』
「シュレットって…」
そうか、この人物が。
「…名がわかれば、その傷は治すことができる」
わらわは立ち上がると、シュレットに向かって手をかざした。
すると、痛々しかった頭の傷も、ねじ曲がった首も元に戻り、元の精悍な顔になる。赤いマントを翻し、堂々たる風情は王と呼ぶにふさわしい出で立ちだろう。
『ありがとう…魔女よ』
「どういたしまして。…王たるそなたに、あのような姿は似合わない」
どうやら、目元は父親似か?うむ、ケンの将来は有望だな。…しかし、当の本人はなんとも複雑そうな表情をしているが。
背後から、ざり、とケンが立ち上がり、わらわの隣に立つ。
「…あなたが父上。俺も話せるのか?」
「ケンの声が聞こえていると思うけど…」
「俺には聞こえない」
基本的に、相当な力の持ち主でない限り、生ある者たちが彼らの声を聞くのは難しい。彼らには彼らの、生きている者にはそれぞれのルールが存在しているのだ。
「そうか…」
なんとなく、二人を見比べる。
だが、シュレット王は、静かに首を横に振る。
「…よろしいのか?」
『生きている者との会話は、我々は禁じられている』
そう、それは越えてはいけない領域で…資格なき者は決して踏み込んではいけないものなのだ。
「?…なんて?」
「ケン。彼らには彼らのルールがある。決して破ってはいけない摂理が」
「俺の声が聞こえているなら…恨みごとの一つでも、言っていいか?」
「ケン…」
「母上は、半月ほど前…自ら命を絶った」
『……』
「なぜかわかるか?…わかるよな。母上はいつも王族の連中に監視されていた。俺を守るため、気が触れたフリをして、敵意がないことを証明し続けていた」
(リリーアン…)
この間見た時のあの痛々しい姿を思い浮かべると、胸が痛む。
「俺が大きくなって力を持つことを恐れた奴らは、母上をいつでも殺せるように、森の奥の邸に軟禁して…要は人質だ。だから、母上は自ら命を絶った。俺を自由にするために」
ケンを…守ろうとしたのだろう。自分が足かせになるから、と。
「わかるか?!あんたが原因で、俺も母も、王家の奴らに狙われ続けていたんだ!!今の王陛下なんか、俺を殺そうと躍起になって追いかけてくる…!ろくに話したこともない父親の仇を取りに来るのを恐れているそうだ。…いい迷惑だよ!!」
「ケン…」
「勝手に投獄されて…勝手に死んで!!!ふざけんなよ!!今じゃ、みんなみんな…王も王妃も、あいつも!!みぃんな!!!俺の死を望んで…」
「落ち着け!!このスットコ!!」
「痛っ!!」
ごつ!といい音が聞こえる。お、いい感じに腹にめり込んだ!
実は最近、護身術での戦い方を習っている最中なのだ。…どこが急所で、どこか一番痛いのかまで大体わかるようになったのだ。
「ネガティヴ自慢はその辺にして、すっこんどけ、ケン」
「アリス…なんだよ!」
「いいか!!耳の穴をかっぽじってよぉーーく!聞け。私はお前の味方だ!!」
「…え?」
腹を抱えてよろけるケンの前に立つ。
すると、きょとん、とした…なんて言うか、間抜け面のケンと目があった。
「私はお前の味方だ、と言った。安心しろ、私がお前を死なせないし、手も貸すし…全力で助ける!」
「―…アリセレス」
「だから、勝手に自己完結するな。大切な友人だからな」
「……友人ねえ」
ん?なんだ。今いい話をしたつもりだったのに、微妙な表情をされた?!
「おい、ケン…」
その時、ふッというか、何か小さな笑い声のようなものが聞えた気がした。
見れば、先王陛下…ケンの父親の表情が少し和らいでいる、ような。な、なんだかこれはこれで恥ずかしいな。
(気を取り直して…)
「さて、シュレット陛下。…ケンの言葉、きちんと届いたか?」
『ああ、確かに…ありがとう、よくわかった』
「うむ。…そう思うなら、ケンの夢枕にでも立ってやるといい。それなら、ルール違反にはならないからな」
『理解した』
「…それで、あなたがここに来た理由は?」
これがまさか、偶然とは言わないだろう、と思う。まあもしそうだとしたら、それは『父』の采配、というものだろう。
『…ベルメリオ・ケン・アルキオは、5日後に命を落とす』
「?!」
思いもよらないシュレットの言葉に、わらわは言葉を失う。
…ケンが?死ぬ。だって?
「…?アリス、大丈夫か?」
思わず、ケンの手をぎゅっと握りしめた。
「…どういうことだ?どうして、そんな」
『あなたも知っているだろう。ケンの運命の一端を、一度見たことがあるはず』
「運命の一端て…」
ふと、ケンと初めて出会ったときに見た、炎のイメージが蘇る。
…あれは、やはりそういうことか?わらわが知っている過去の記録では、リリーアンとその息子は、火事で邸が全焼し、二人とも死亡してしていた。
アリセレスの記憶に、ケンがいないのも…そもそもアリセレスと関わることなく命を落とした人物だから、だろう。
「それは…元々、決まっていた宿命ではない、のか?」
『聡い魔女であれば、わかっているだろう?命の決まり事を』
つまりは、何者かが、『害ある住人達』の手を借りて、二人の死を願って…それが成就した、ということになる。
「…ケン」
「ちょっと待て…もしかして、俺の話をしているのか?アリス」
『私は…それを止めたいのだ、魔女よ。せめて…ケンだけは』
「…ケン。いま、この時、この国で…最もお前の死を願っている人物は、誰だ?」
「俺の死を…?」
「このままじゃ、そうなる。」
「死ぬ、のか?俺」
「だから、そうならないように…」
ふっと、ケンの表情が消える。
「それなら、もう」
「よくない!!!!」
「アリス…」
「言っただろう。私はお前を死なせない!…味方、だと」
何でそんなことになるんだ?
ケンは何もしてない。なんで死なないとならない?そんなのは絶対に嫌だ。…そんなことを考えてると、なぜか、目から水がボロボロ出てくる。
人間はみんな、生きるためにいる。本人以外の誰かが勝手に終わらせていいものではない。
(魔女だった時も、たくさんの理不尽な死を見てきた)
思い残すことなく、安らかに死んでいく者は稀かもしれない。誰かの手によって突然未来が絶たれた者もいれば、必要のない戦いで命を落とす者もいる。
そして、『復讐』と称して、害ある者の甘言に惑わされたものによって命を落とし、魂を汚され、壊された者もいる。
…そんな者たちを、できうる限り救うことができれば、と心から思う。
だからこそ。わらわがグイっと涙をぬぐった。
「…絶対に助ける。覚悟しろ、ケン」
「何の覚悟だ…全く。俺を殺そうと一番躍起になっていたのは、叔父である王陛下だが…」
「うん…あ」
「…恐らく、俺を一番消してしまいたいって思っているのは、リヴィエルト…かな」
ふと、ケンと再会したときにつぶやいたリヴィエルトの言葉を思い出す。
『なんで君まで、…あいつばかり』
「俺とリヴィエルトは、絶対に相いれないコインの裏と表、なんだ」
「コインの…裏と表?」
「何かするたびに比較されるし、優劣をつけられる。絶対に肩を並べてはいけないし、一人が目立てば一人は陰る…そんな関係?だから…特に、みんなに一心の期待を受けている王子殿下にとっては、煩わしくてしょうがないだろうな」
そう言って、ケンはシュレット陛下を見た。
『…歴代の王家でも、兄と弟とがそろうと凶兆と言われているほどだ。ある種、血の病かもしれないな』
「血の病…」
(もし、リヴィエルトがまだ…奴らに惑わされていないのなら、手は打てる。でも、そうじゃないとしたら…)
そう言えば、とあることに気が付いた。
「…シュレット陛下。一つお伺いしても?」
『私で応えられることなら』
「純粋な疑問だが、あなたは…リヘイベン陛下を恨んではいないのか?謀られたのだろう」
勿論、わらわは真実など知らない。ただ、この御仁のたたずまいから、理由なく人を殺めるとは到底思えない。
『…恨みなど、とうの昔に消えた』
「消えた…?」
『奴の奸計にはまってしまったことは、私の落ち度。それによって…妻も子も、苦しんている姿をずっと見てきた。何もできない己を恨みこそすれ、奴を恨む気は毛頭ない。私が手を下さずとも、天が奴を許さないだろう』
「天…?」
『そう。抗えない、摂理…だ』
そう言って、シュレット陛下はにやりと笑った。
『私は弟が人知れず苦しみ病んでいく姿をずっと見てきた。彼奴らの力を乞うた時点で…その末路以上に無残で惨めで虚しい終焉はなかろう?』
その笑みを見て、ぞっとした。
そう、一度害ある者の力を借りてしまったら…それで終わり。心豊かに人生の最期を迎えられるわけがないのだ。
「…なるほど、それは私も同意だ」
『遅かれ早かれ時が来る。彼奴等の力を借りられるのは一つの魂につき、一度きり、だ。だから、弟がどれだけケンを恨もうが、どうにもできない』
「では、あなたは…」
もしかしたら、救えた命だったのかもしれない。
…だが、それは誰にもわからない。
「わかった…シュレット陛下。私はケンを絶対に助ける。…約束する」
『ありがとう…』
そう言って、シュレットは陛下はふわりとその場から消えて居なくなった。
(では、魔女よ。その約束を果たした時、私もまた、旅立つとしよう)
「……!…いなくなった、よな?」
金縛りが解けたように、一気に空間の緊張が元に戻る。
「ああ。…いいな、ケン。さっきも言った通り私はお前…」
と、言い終わる前に、突然身動きが取れなくなった。
「俺も約束が欲しい」
「?!!な、なに??」
「そしたら、絶対に生き延びてやるって思える」
「く、苦しい!ええい、離せ馬鹿!」
「小さすぎるんだよ、ほら、すっぽり俺の腕に収まるんだもんな」
ぐい、と腕を引き離すと、距離を取る。
「こ、これからもっと大きくなる予定だ!ていうか、ケン!お前が大きすぎるんだ!」
「それは楽しみ。…きっといい女になるよ、アリス」
い、いいいい女?!
何言ってんだこいつは!
「ふん!その予定だ!誰もが振り向くような超絶美女になるはずだからな!」
そう、大人のアリセレスはとっても美しくて綺麗だったのだ。
「じゃあ、今からつばをつけとかないと」
「唾…?何言ってるんだ、ケン…」
「いや、そんな引くなよ。…やれやれ、まだまだ子供だなあ。それで、約束は」
と、こんこんと遠慮がちなノックの音が聞こえる。
「お、お嬢様?こちらにいらっしゃいますか?」
「ロメイ?」
とことこと歩いて、そおっとドアを開く。…ノーザンクロスの執事・ロメイだ。わらわの後ろにいるケンを見て一度ぱっくりと口を開くが、そのまま何かを飲み込む仕草をして何度も頷いた。
…本当、話の分かるミドル・ダンディだ。
「実は…」
「…その、リヴィエルト殿下がお越しです」
「!」




