17 リヴィエルトは語れない
「……見つかったか?」
「いえ、…ただいま、『黒の盾』達が追跡を続けており…」
「まだ見つからんのかっっ!!!」
――ここは、レスカーラ王国・パルティス1世の寝室。
かつては名君と呼ばれた、リヘイベン・パルティスだが…今は、苦しそうに何度も息を繰り返し吐き、頬もこけ、目もすっかり落ち窪んでしまった。終始きょろきょろと辺りを見渡す姿は、まるで人が変わってしまったようだ。
周辺にあるものを手あたり次第投げては壊し、最近では使用人のみならずリヴィエルトにまで手を上げる様は、狂人そのもの。
歴が長いハルヴィス1世の補佐官であるエストンは、リヴィエルトをかばうように立つ。
「…大丈夫だ」
「殿下…」
(もう、これで何日目だろう?最近は特に発作がひどい…)
「父上…あまり興奮されては」
「うるさい…煩い黙れ!!」
ぜえぜえと肩で息をすると、今度はしきりに何かに怯えるように体を丸く縮こませる。
「ああ…あいつが来る!ベルメリオがわしを殺しに来る…っ早く 早く見つけて殺せ!!!」
「父上…とりあえずお休みになられた方が」
「だ、だめだ…寝たらまた」
リヴィエルトがそう言うと、パルティス1世は何かに気が付き、急に表情が硬くなった。
「う、うわぁ!!来るな…くるなぁあああ!!!」
「?!父上」
「陛下!!…おい!そっちの腕を押さえろ!!」
「殿下…今はおさがり下さい」
エストンは、取り囲むように待機していた主治医たちに指示を出し、暴れる手足を力づくで抑える。
「い、いま、鎮静剤を…」
「来るな!!来るな―――!!もう白状するから!わしが悪かった…わしが悪かった!!もう許してくれっ!!兄上!!!」
「…っ兄上って」
その場の空気が一瞬にして凍りつく。
エストンの隣で様子を見ていた年配の補佐官のオーレルがさっと青い顔になり、その場所にいた全員の顔をおろおろと見渡す。
「陛下…陛下!!お気を確かに!!意識が混濁していらっしゃるのでしょう?!心が弱っているときはあり得ない妄想が襲うもの…どうか」
「うるさい!!貴様には見えんのか!!あいつが…シュレッドが、あの日の姿で、血まみれでこちらを見ているだろう?!」
そう言って、ハルヴィス一世が指さす方向には、リヴィエルトがいた。
思わずリヴィエルトは後ろを振り返るが、むろん、そんなものはいない。…いや、もしかしたら、見えないだけなのかもしれないが。
「…どういう、ことだ?オーレル補佐官」
「そ、れは…げ、幻覚を見ているでけでしょう!」
「幻覚…?」
父のガタガタと震える姿から、既に現実と非現実と記憶が混濁してるだろう、というのは想像できる。だが、それ以上に…もし全てそうじゃないとしたら?
…そんな恐ろしいことを想像してしまった。
やがて主治医の一人が何かの薬の注射を打ち、パルティス1世はそのままぐったりと意識を失った。
「…今、何を打った?」
「ええ、…最近、陛下は悪夢を見るとおっしゃって、まともに眠られていないようです。睡眠剤と鎮静効果のある薬を混ぜた特製の薬を打ちました。今日はもうお目覚めにならないでしょう」
「問題はないんだな?」
「はい、私はこう見えて、薬剤に精通していますので…」
「…そうか、お前の名は?」
リヴィエルトがそう問うと、医者は眼鏡をクイ、と上げにこりと笑った。
「セイフェス・クロムと申します。…つい先日、委託されてまいりました。どうぞ、お見知りおきを、殿下」
「…セイファス。わかった。その名、覚えておく…今日はもう休む。父を、頼んだ」
「かしこまりまして」
リヴィエルトが去っていくのを見届けて、セイフェスはぐったりと眠るパルティス一世を一瞥し、すっと目を細める。
(…代償とは、そういうモノです。)
「セイフェス殿…本当に大丈夫なんだろうな?貴殿には膨大な報酬を払っている」
エストンとオーレルは、青い顔をしてセイファスを見た。
「依頼の報酬分は働きます。最善を尽くす、としか言えませんが」
「…頼んだ」
「……」
(摂理、というのは時に残酷だ。まあ、これも契約の一つ…手に入れたかった夢は達成できたし、願いが叶ったんだ。もう、思い残すことも無かろう)
セイフェスは、国王陛下の後ろに待機している住人たちを見る。
彼らは皆、にやにやと笑っていた。
**
王宮の一番最奥の部屋…父の寝室から出てすぐに、大きく息を吐く。
「…あそこは、息が詰まる」
日を追うごとに、おかしな言動が増していく父の姿を見るのはとても辛く、恐ろしい。まともだったはずの人間が徐々に変貌し、衰えていく。
その姿をまざまざと見せつけられているようで、正直恐ろしい。
元々病がちではあるが、よく民を支え導く父は、かつては『賢君』と呼ばれていた。だが、日々の激務のせいだろうか?ある日突然、何かが壊れたように今のような姿に変貌した。
危機を感じた父の補佐官たちは、父を奥の部屋へと押し込み、療養という名目で隠した。そして…いつからか、ベルメリオを恐れるようになった。
―――奴のせがれは、わしを殺しに、復讐に来る
最近ではそればかり叫び、執拗にベルメリオを捜索し、しまいには王家の守り手である『黒の盾』まで使って彼を殺そうとしてるのだ。
…そう、昔から彼の言動を注視し、まるで監視するように見つめている。父の関心はリヴィエルトではなくベルメルオだった。
それがどんな薄暗いものであろうと、全く関心を示されないリヴィエルトからしてみれば、羨ましいとさえ思ってしまう。
「なぜ、ですか。父上…」
(どうして…ベルメリオは、いつも僕の前を行く…)
同じ時期に同じものを見て、同じところにいたはずなのに、何時からこんなに溝が深くなってしまったのだろうか?
幼少の頃から、王になるために教育されてきた。欲しいものはいつも先にもらえていたし、自分が望めば手に入らないものなんてない程。…それほどまでに、リヴィエルトは多くの人間に望まれている存在だった。
それに応えるべく、嫌な勉強だって、武芸だって、何だって全身全霊で挑んだ。毎日頑張って、色々な人の期待を背負って…母の意をくみ、父を喜ばせるため。
―――なのに、彼はその上を軽々と越えていく。いつだって、敵わない。
「私は友人の危機を黙って見過ごすことはできません」
自分と同等の場所にいる、女の子。
王家の次に権力がある最高位の公爵令嬢の長女。……初めての出逢いは、少し衝撃的だったけど、彼女の洗練された礼儀作法は、目を見張るものだった。
どれだけ努力をしたのだろう?一つ一つの所作が美しくて、自分よりも三つも下なのに、目が離せなかった。初めて、自分が望んだ唯一の存在なのに、彼女さえ…あいつをかばう。
「何で…!あいつばっかり、本当に」
消えてしまえばいいのに。
いなくなればいい…そうしたら、きっと何かが変わるはず。
でも、それを口に出してしまった瞬間…自分は何か大切な物を失うだろう。だから、言わない。それを確かめるために、あいつに誰よりも早く会わなければならないことを、リヴィエルトは知っていた。
***
「…ん」
グキ。…首が痛い。
下手に動くと、首をおかしくしそうなので、アリセレスはゆっくりと瞼を開けて、周りを確認した。すると、だいぶ至近距離にケンの顔があった。
「!おぉ…そうだ、再会したんだっけ」
すやすやと眠るケンを起こすわけにはいかないので、そーっとそーっと身体を離す。しかし…
「う?!…ぐぐ」
そのまま前のめりに倒れそうなケンの身体を頭突きで支えると…固い胸板?らしきものにぶち当たり、思いのほか痛かった。
(き、鍛えているな!ケンよ…よぉし!)
このままではらちが明かない。…小さな子供の頭で支えるには限界がある。
「ふんぬ!!」
しょうがないので、ケンの懐に入り込み、背中で支えるように膝の上に座り込んだ。…はたから見れば、人間椅子に座っているような様相で、ケンに申し訳ないなと思いつつ、そっとため息をついた。
「全く…こいつはいつから寝てないんだ?こうまでしても起きやしない…」
―――ところで、ここはアリセレス専用の研究室である。
北の邸、ノーザンクロスをそっくりそのまま父から受け継いだ後は、あの事件があった部屋をそのまま研究室として使っている。
なので、いたるところに薬草やら、未完成の魔法道具、設計図もろもろが転がっているわけなのだが、残念ながら寝台というのは設置していないのだ。
(こいつをかくまうにしても…わらわ一人では無理だな。それに、やっぱりどこかで身体を休ませないと…)
そんなことに想いを巡らせていると、突然ふわりと冷たい空気が流れ込んできた。
「左目が少し疼く。となると…」
小さな気配は徐々に大きくなり、部屋全体の空気が冷えこんでいく。どういう理由か断言できないが、人間以外の来訪者が来ると、まるで凍えるような空気がその場所にギュッと濃縮されたようになるのだ。
「そこにいるのは誰だ?わらわは魔女…お主たちの声なき声を聞ける者だ」
『……』
やってきたのは…血まみれの白いマント姿の人物。
「…この国の処刑は、斬首。だが、その首…古き時代の重罪人は上から吊るすこともあったという。そなた、名は?」
『……』
(名乗れるような状態でもないか…だが、名がわからなければ、彼を元に戻すのは難しい)
「これほどまでに無残な姿であれば、すぐに害ある住人共の眷属になりそうな物なのに…恨みはないのか?…それとも、別の」
思ったよりも背の高いこの人物はずっとうつむいたまま、答えない。ただ、その視線は或る一点を見ている。その視線を追うと…
「…ケン?」後ろ向きに顔を上げて、驚いた。…ケンが起きてる。
(いいい何時から起きていた?!)
今のこの格好を言い訳するのが先決か、どこまで話を聞いていたのか確認するのが先決か。
アリセレスは大きな選択を迫られた。だが。
「…アリス、こいつ、見えるのか?」
「う、うん…」
ケンも見えているのだろう。
しっかりとその姿をとらえているようだ。
「名前がわかればいいのか?」
「……はい」
(あらー…最初から、全部聞いてた、か?)
「…シュレット・バーゼル・アルキオ。俺の父親だ」
その名をつぶやいた瞬間。その亡者はゆっくりと顔を上げた。




