潤、そば地獄がやっと終わったと思ったのに
6日連続で父のそばを食べ続けた広瀬潤(39)。その夜、潤は母に愚痴をこぼした。
「母さん……僕……6日連続で父さんのそば食べて……もうそばの香りで目が覚めるレベルなんだよ……」
母は同情しながら頷いた。
「わかるわ……私もそばの夢を見るもの……」
潤は続けた。
「しかも今日、佐伯と局長にそばの話したら、“最近そば食べてないから行こう!”って言われて……そば屋に連れていかれたんだよ……」
母は目を丸くした。
「えっ……そば屋に?」
潤は深刻な顔で頷いた。
「かつ丼があって救われたと思ったら……“サービスで大盛りそばが無料でつきます!”って言われて……しかもそのそば……父さんのよりずっと味が落ちる代物で……」
母は苦笑いした。
「そばに追い詰められてるわね……」
潤はため息をついた。
「父さんのそばのほうが……正直……ずっとおいしかったよ……」
その瞬間——
背後から声がした。
「……おいしい?」
潤と母はビクッとした。
父が立っていた。目がキラキラしている。
「潤……今……俺のそばが“おいしい”って言ったか?」
潤は慌てた。
「あ、いや、その……店のそばよりは……」
父は満面の笑みになった。
「よし!! また打つ!!打ってやる!! 今からだ!! そば粉出すぞ!!」
母は叫んだ。
「ちょっと待って!!」
しかし父は止まらない。
◇父、再びそばを大量生産する
父はそば粉を広げ、こね、のし、切り、まるで職人のようにそばを量産し始めた。
「潤が“おいしい”と言ったんだ! これはもう打つしかない!! 今日は特別に二八そばと十割そばの二種類だ!!」
潤は頭を抱えた。
「僕……そばから逃げたかったのに……自分で戻ってきちゃった……」
母はそば粉を見つめながらつぶやいた。
「……潤、あなたの一言が原因よ……」
潤は静かに頷いた。
「……僕の口が……そばを呼び寄せてしまったんだ……」
そしてその夜、広瀬家の食卓には父の笑顔と大量のそばが並んだ。




