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デスバトル  作者: 一宮 沙耶


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3/10

2話 誘惑

私は、あんな事故があっても生きていた。すっかり女性として。

しかも、テロリスト集団のリーダー候補として。

寒気を感じた時。三宅はいつの間にか背後にいた。

最初の仕事の依頼を私に伝える。


「ターゲットは、佐伯 結翔。」


三宅が差し出したデータを無言で見つめる。

整った顔。余裕のある笑み。全てを持っている人間の目。


「財界の中枢を握る男です。」

「どんなタイプなの?」

「女性に弱い人です。」


即答だった。


「それも、かなり。」


分かりやすい。私への期待も。


「で、どうするの。」

「惚れさせてください。その時に、一瞬、相手は油断する。その時に、殺害するための情報を、脳から盗みとってください。脳に埋め込まれているチップを通じてハッキングする。今のあなたなら簡単でしょう。」


こんなことをしていて、いいの? 相手は私のせいで殺害される。

罪悪感が体の中を駆け巡る。でも拒否することはできない。

三宅の無機質な表情に私の体は硬直する。


「できますよね。」


三宅のドスの効いた声。ただの音なのに、私をするどく突き刺す。

その直後に大きな音。三宅が机をいきなり叩きつける。

断れない。これまでのトレーニングの成果を信じて、やるしかない。


その夜。指定されたショットバーは静かだった。

薄暗い照明。低く流れる音楽。グラスの触れる音だけが響く空間。


私はカウンターに座り、一人で飲んでいた。

退屈そうに。少しだけ寂しそうに。

視線は合わせない。でも、気配は消さない。


来た。ドアが開く音。空気がわずかに変わる。

視線を向けなくても分かる。あいつだ。

足音が近づく。そして、私の耳元に声が聞こえた。


「隣、いいですか?」


低く、余裕のある声。


「どうぞ。」


ゆっくりと、目線だけを向ける。一瞬だけ、視線が絡む。すぐに外す。

それだけでいい。食いついた。分かる。視線が離れない。

呼吸がわずかに変わる。これなら、できる。


「一人ですか?」

「ええ。」


グラスを軽く回す。氷が音を立てる。


「退屈で。」


少しだけ、ため息を混ぜる。沈黙。

その隙を、相手は埋めたくなる。


「よければ、付き合いますよ。」


来た。


「そうね。」


少しだけ微笑む。それだけで十分だった。

会話は、適当でいい。内容なんてどうでもいい。

大事なのは、自分に興味があると思わせること。


視線を外すタイミング。笑うタイミング。触れそうで触れない距離。

全部、計算通り。


「面白い人だ。」


佐伯が言う。その目はもう、完全にこっちを見ていた。

落ちた。内心で呟く。


「場所、変えませんか?」


予想通りの言葉。


「いいわよ。」


少しだけ迷うフリをしてから、頷く。それだけで、特別感が生まれる。

部屋は最上階だった。広すぎる空間。ガラス越しの夜景。金の匂いがする。


「すごいわね。」

「いつものことですよ。」


嘘だなと思う。日頃から贅沢をしている人間は、こんな言い方をしない。

見せびらかしている。小さい人。どうでもいい。もうすぐ終わる。

距離が近づく。触れる。視線が絡む。呼吸が重なる。


「綺麗だ。」

「知っている。」


わざと、少しだけ強気に言う。驚いた顔。その隙がいい。

さらに引き込まれる。完全に主導権はこっちにある。

キス。触れるだけでいい。深くしない。じらす。


「じらすなよ。」

「嫌?」


笑う。逃げる。また近づく。それだけで、相手は離れられなくなる。

佐伯は私を抱く。自分の大切な物を私の体に入れる。何も付けずに。

そして、何度も、何度も。私の体を突く。


この時代、子供は生まれない。だから避妊という考えもない。

子供を埋めないのに、どうして男女のまぐわいは続くのかしら?

目的のない、ただの快楽。


心はしらけている。でも、演技で喘ぎ声を出し続ける。

この行為には未だに違和感がある。

それはそう。この体になって、まだ、それほど日は経っていないから。


佐伯が声をあげる。その瞬間が来た。

完全に心を開いた瞬間。警戒が消えた瞬間。

情報を奪える状態。今。意識を集中させる。脳の奥に触れる。


流れ込んでくる情報。予定。繋がり。守り。

全部の情報を抜く。一瞬だった。


「どうした?」

「なんでもない。」


微笑む。もう興味はない。目的は終わった。


「もう帰る。」

「もう少し、ゆっくりしていったらどうだ?」

「またね。」


振り向かない。それが一番効く。ドアを閉める直前、一度だけ振り返る。


「楽しかった。」


嘘。本当は、人を殺すことに怯えていた。そしてドアを閉める。

翌日、ニュースが流れる。


「財界の要人、佐伯結翔氏が交通事故により死亡。」


この組織が仕組んだに違いない。私が盗んだ情報から最適な場所で。時間で。

あの瞬間、あいつはもう終わっていた。


「見事でしたね。」


三宅の声。自分の手柄だと言わんばかり。


「完璧です。」


この前まで一緒にいた人はもうこの世にいない。

私が、死に追いやったのだと分かっている。吐き気がした。

手も震える。こんなことを続けていていいのかしら。


でも、もう私には、どこにも逃げ場はない。

三宅が私の心の中を探る。いつもの闇が広がる目で。恐ろしい。

本心を悟られてはいけない。強気な顔で話しを続ける。


「次はどうするの?」


画面に、新しい顔が映る。次のターゲット。もう戻れない。これは、私の役割だから。

そう思った、その時だった。不意に、頭の奥でノイズが走る。


「?」


一瞬、視界が歪む。誰かの記憶が、流れ込んできた。知らないはずの光景。

暗い部屋。モニターの光。誰かの後ろ姿。そして、その人物がゆっくりと振り返る。


「三宅?」


思わず声が漏れる。でも、違う。その表情は、私の知っている三宅じゃない。

研究者のような姿。探究心で溢れる。まるで、何かを観察しているような目。

その口が、ゆっくりと動く。


「適合率、想定以上だ。」


背筋が凍る。その瞬間、別の声が重なる。


「感情残存あり。だが問題ない。いずれ消える。」


何の話かしら? 誰に言っているの?

理解が追いつかないまま、映像はさらに流れ込む。

ガラス越しに横たわる誰か。その脳に、チップが埋め込まれていく。

その顔が、はっきりと見えた瞬間。


「これって私?」


心臓が跳ね上がる。次の瞬間、記憶が途切れた。


「どうしました?」


三宅の声で、現実に引き戻される。私は、何もなかったように息を整える。


「なんでもない。」


でも、確信していた。今のは幻じゃない。私の中に、私じゃない何かがある。

三宅は、こちらを見て、わずかに笑った。


「そうですか。」


その笑顔に、再び寒気を感じた。

その晩、不思議な夢を見る。妻が知らない男性達と話す。

女性になって病院のベッドに横たわる私を見下ろす。何の表情もない顔で。


「あのミサイル事件、予定通りでしたね。」

「ええ。夫を、女性としてあの組織に送り込み、組織を内部から崩壊させる。準備は整ったわね。」


何を言っているのだろう。妻は、いつも私を支えてくれていた。

いつも笑顔で、幸せな時間と空間を与えてくれた。

私にとっては、もったいないぐらいの女性。


あの事件から多くのことがあり、混乱している。そうに違いない。

こんな、ありえない夢を見るなんて。

妻の醜い姿を夢であっても見てしまった自分を悔いる。


ただ、私の能力は格段に向上した。夢にも何か真実があるのかもしれない。

わずかな不安も感じながら、私は眠りに落ちる。

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