表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: タナベヒトシ
1/14

いつもの仕事

 月曜の朝は二件入っていた。


 一件目はアパートの一階。独居の男性、七十代。心筋梗塞。依頼主は甥で、立ち会いなし。鍵だけ預かった。


 玄関を開けると、たばこの匂いがした。灰皿がテーブルの上と、台所のカウンターと、トイレの窓際にあった。全部に吸い殻が残っている。テレビの横にスクラッチくじの削りかすが散らばっていた。銀色の粉が畳の目に入り込んでいる。当たりの券は一枚もなかった。


 押し入れに布団と衣類。台所に食器と調理器具。冷蔵庫の中にビールが二本と、賞味期限の切れた豆腐。


 三時間で終わった。段ボール五箱。処分。甥に電話して完了を報告した。何かありましたかと聞かれ、特にありませんと答えた。


      *


 二件目は住宅街の戸建て。夫を亡くした妻が立ち会った。六十代。白髪を一つに束ねていて、タツヤが来たときにはもう玄関の前で待っていた。


「二階の書斎だけお願いします。ほかは自分で片付けます」


 階段を上がった。六畳の洋室に、デスクと本棚と、古いオーディオ。壁にジャズのポスターが一枚。デスクの引き出しに手帳があった。予定が几帳面に書き込まれている。直近の数ページは白かった。


 本棚の文庫本を段ボールに詰めていたとき、奥から封筒が出てきた。写真が入っていた。若い頃の夫婦の写真。海辺で二人が立っている。どちらも笑っていた。


 階段を下りて、妻に見せた。


「本棚の奥にありました。写真です」


 妻は封筒を受け取り、中を見た。しばらく黙って見ていた。


「ありがとうございます」


 声が少し掠れていた。


「——この人、こんな顔で笑う人だったんです。ここ何年か、見ていなかったので」


 タツヤは頷いた。


「大切にされていたんでしょうね。本棚の奥に、写真だけ別にして」


 妻はもう一度写真を見て、封筒に戻した。


「ありがとうございます。これはもらいます」


 タツヤは書斎に戻り、残りの荷物を詰めた。段ボール三箱。処分が二箱、保管が一箱。


      *


 水曜。マンションの五階。独居の女性、八十代。依頼主は息子。立ち会いあり。


 息子はリビングの椅子に座って、タツヤの作業を見ていた。ときどきスマートフォンを見る。仕事のメールが来ているようだった。


 台所の引き出しから、大量の輪ゴムが出てきた。お弁当についてくるような輪ゴムが、小さなタッパーに詰められている。引き出しの奥にもう一つタッパーがあり、そちらにはクリップが入っていた。さらに奥に、ビニール袋を小さく折り畳んだものが束になっていた。


「お母さまは物を大切にされる方だったんですね」


 息子は顔を上げた。「ああ、そうですね。捨てられない人でした」


 仕分けを続けた。和室の押し入れからは、紙袋が紙袋の中に入った状態で出てきた。大中小、きれいに入れ子になっている。デパートの紙袋、スーパーのビニール袋、お菓子の空き箱。どれもまだ使えるように折り目正しく保管されていた。


 段ボール七箱。そのうち三箱が、こうした「いつか使うもの」だった。


 息子は最後に部屋を一周して、何も持ち出さなかった。


「ありがとうございました。助かります」


 エレベーターで一階に下りた。マンションの駐車場で車に乗り、次の現場の住所をナビに入れた。


      *


 木曜の午後は空いた。事務所で報告書を書いた。四件分。住所、作業日、作業時間、残置物の概要。同じフォーマットに、同じペンで、同じように書いた。


 どの部屋にも、その人がいた痕跡があった。吸い殻、手帳、輪ゴム、写真。タツヤはそれを見て、段ボールに入れて、必要があれば一言添えた。遺族はその一言を聞いて、頷いたり、泣いたり、何も言わなかったりした。


 報告書を書き終え、机の上に四枚並べた。四つの部屋、四つの人生。用紙の上ではどれも同じ書式に収まっている。


 鞄にペンを戻し、事務所を出た。コンビニでおにぎりを二つ買い、車の中で食べた。昆布と鮭。どちらも同じ噛み心地だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ