黄泉返りの魔王 22
人を操る悪い魔法使いであるところの俺は、アレクサンドラをリディアーヌの傍に行かせた。
人質の価値を維持するためにはその身を守らなければならないから、護衛対象であるリディアーヌと一緒にしておいたほうがなにかと便利なのだ。
うーん、失礼な話ではあるんだけど、リディアーヌと並べると流石にちょっと見劣りするかな。
すごい美人さんではあるんだけどね。
まあ、青ざめて震えているという姿が美しさのデバフになっている可能性もある。
「さて、皇帝陛下、そちらが先にこちらの身内に手を出したのですから、こうなることも覚悟の上でいらっしゃいますわねよ」
「娘を人質にすれば余と交渉ができるとでも思うてか?」
娘ェ!?
孫じゃなくてェ!?
「ええ、彼女、アレクサンドラは貴方を交渉の場に付かせるための手札ですし」
「ほう」
「私共の連れについてはご自由にしていただいて結構ですわよ。できるなら、ですが」
まあ、ハッタリだよなあ。
あの2人というか、ネージュがなにもせずに拘束されるとは思えないし、そうなれば全てを薙ぎ倒してもうここにいるだろう。
「そちらの要求は?」
「王国と帝国の間に不可侵条約を。最低でも20年」
「対価は?」
「対価はありませんが、不可侵条約によって両国の間で貿易が活性化いたしますわよ」
帝国にとっては喉から手が出るほど欲しいはずの食料が手に入る。
王国にとっては喉から手が出るほど欲しい帝国の鉄が手に入る。
という目算だったが、帝都の現状を見るにこの提案に旨みがあるかどうかは分からない。
帝都の栄え具合からするに、彼らは地方の困窮など毛ほどにも気にしていないだろうからだ。
それでも皇帝は数秒間は考えた。
迷うほどに価値があったということだ。
「ならん。お前たちが帝国に膝を折るというのであれば考えてやってもいい」
「アンリ様はともかく、私もですか?」
「余の愛妾になれ」
この爺さん、まだ枯れてないんかよ!
そしてリディアーヌは少し考える。
え? 考える要素ある?
この爺さん、ぶっ殺して帰ろうぜ。
「アンリ様はともかく、私は条件次第で考えてもよいですが……」
「条件は不可侵条約の受け入れだ」
「それ以上の譲歩は無い、と?」
「無論だ」
「はー」
リディアーヌがため息を吐いた。
「王国としては帝国との不可侵条約20年、私の身柄の引き渡し、その際には正室としての身分の保証と、子の継承権1位をいただきます。そしてこの娘を引き渡すことが最低の条件です」
いや、旅の途中に不可侵条約は10年でいいって聞いてるよ?
まだ条件を盛るということは、まだこの交渉は継続できるとリディアーヌは判断しているんだろうか?
というか、自分の身柄を引き渡すって……、そりゃまあリディアーヌ以外にも王室には娘がいるけど、そこまで国に自分を捧げられるものなのか?
「魔法使いも貰う」
「それはできません。ただ、アンリ様の魔法を1度だけ、王国の不利益にならない形であれば提供いたしましょう。先ほどの見世物は無償提供でよろしいですわよ」
あれ? 箸にも棒にもかからないと思っていたけど、じりじりと交渉が進んでる。
事前の相談の範囲に交渉が近付いて来た。
これがリディアーヌの交渉術なのか。
そして皇帝は今までで一番時間を使って考えている。
欲しいものは全部奪うのスタイルであるはずの皇帝を相手に、譲歩を引き出しかかっている。
「ふむ。もう飽きた。貴様らの条件などどうでもいい。全ては余の所有物である」
皇帝が手を振ると、謁見の間の扉が開け放たれ、外から大量の騎士が入ってくる。
あー、あちらさんは交渉していると見せかけての時間稼ぎだったのね。
交渉は決裂だ。
「どうやら魔法を使うのに手足はいらんようだ。全て切り落として魔法を使うだけの道具として生かしておいてやろう」
「皇女がこちらの手にあることを忘れていらっしゃるようで」
俺は収納魔法から細めの剣を取り出して、アレクサンドラの首に当てる。
示威行為だから、魔法で脅すよりは効果的のはずだ。
「それ以上近付くと、皇女の首が落ちるぞ!」
「ひっ」
「構わん。そやつの四肢を切り落とし、娘たちは殺しても良いが、無傷で拘束できたら褒美をやろう」
は!?
皇帝は俺よりもリディアーヌを欲しがっていたと思ったけど、ここで捨てる?
だが騎士たちは皇帝の命を受けても躊躇の気配を漂わせている。
いくら主君の命でも流石に若い娘を斬るのはやりたくないよな。
分かる。
「アンリ様、アレクサンドラは人質としての価値があります。このまま連れて行きましょう」
「彼女無しでも突破できますが?」
「帰り道で徹底抗戦されたら面倒です。アレクサンドラは地方を相手に交渉の手札になります」
「では拘束して、短剣を殿下に。剣の腕は鈍ってはいませんか?」
「アンリ様は私の腕前をご存じでしょう?」
めちゃ下手だよね。
でもアレクサンドラはこの会話をどう解釈するだろうか。
俺は収納魔法から出したロープに命じてアレクサンドラを後ろ手に拘束する。
そして短剣をリディアーヌに渡した。
その様子を見ていた騎士たちの一部が、アレクサンドラを救おうとしてか、突進してくるが、反重力魔法に囚われて空中の人になる。
相手の意思に反して浮かせるのは卑怯なほどに強い。
ここはまだ屋内だからマシなほうで、屋外だと天高く浮かび上がらせて落とすだけで完勝できるだろう。
いや、ここでも天井付近からだと十分に危ういけど。
「では皇帝陛下、ごきげんよう。次は交渉になることを願っております」
リディアーヌは皇帝に優雅に一礼してみせると、有無を言わせず出口を固める騎士たちに向けて、アレクサンドラを前にして歩き始める。
はいはい。
そちらのペースに合わせて露払いしろってことね。
承知承知。




