黄泉返りの魔王 21
最初の1人をいなしたが、続々と他の騎士が接近してくる。
倒すだけなら簡単だ。
殺さないとなると、まだ簡単の範囲。
問題はどの程度までなら実力を見せていいのか、だ。
自分の判断は信用ならない。
リディアーヌの判断を仰ぎたいところだが、聞いていられるような状況でもない。
とりあえずリディアーヌに迫っていた3人に反重力魔法を弱めにかけて、ふわりと浮き上がらせる。
地面から足が離れた時点で普通の人間はもうなにもできない。
浮いた騎士のひとりがハルバードの投擲を試みたが、反動を制御できずにハルバードは明後日の方向に飛んでいき、本人は空中でくるくると回ることになった。
別の1人が接近はまずいと思ったのか、その場からハルバードを投擲。
面白い判断だと思ったが、手放されたハルバードには簡単に命令ができる。
主の元に戻れという命令を受けたハルバードは空中で軌道を変えて、投擲主を襲う。
その騎士は鎧の籠手でハルバードを弾き、直撃を避けた。
衝撃で跳ね上がったハルバードの柄を逆の手で掴む。
自分を襲った武器だというのに、いい胆力だ。
まあ、ハルバードには主を殺さないように命令していたけれども、それを相手は知らないわけだからな。
騎士たちは無闇な突進を止め、俺たちを包囲にかかった。
戦術的には正しいかも知れないが、そのまま襲ってくるほうが俺にとっては面倒だったな。
これでリディアーヌと話ができる。
「どうしますか?」
一言だが、リディアーヌなら俺の言いたいことを察してくれるはずだ。
「殺さずに、一撃で決めても構いません」
死なない程度であれば派手にやっていいってことだ。
「殿下はその場から動かないでくださいね」
「はい」
リディアーヌは案外聞き分けがいい。
俺を振り回していいときと、そうでないときが分かっている感じだ。
リディアーヌを結界で覆い、その周りを炎で囲む。
結界だけでもいいのだが、視覚的に分かりやすい方法にした。
結界に遮られているから、リディアーヌに熱は伝わらない。
「さて、許可も出たし、遊んでやるよ」
俺は30個の白い球を自身の周囲に生み出した。
四方八方に一斉射出されたそれらは、騎士たちひとりひとり目がけて飛翔する。
騎士たちの反応は様々だ。
避けようとする者、迎撃を試みる者、はったりと見たか真っ直ぐに突っ込んでくる者。
正解は避けの一手だ。
初見で分かれ、というのも無理な話だが、この白球は非常に脆く、破壊された瞬間に周りに氷を産む、一種のトラップだ。
追尾能力もあり、最初に定めた目標に向かって飛んでいく。
今回は射出したが、自分の周りに浮遊させて迎撃用として使うこともできる。
氷が生み出される音とともに、騎士たちの多くは少なくとも体の一部が氷漬けになった。
威力は抑えめにしてあるし、肉体の内部まで損傷を与えるようなものではない。
あくまで白球の命中した周囲が氷の中に閉じ込められるだけの魔法だ。
頭は狙わないようにしたので窒息する者もいないはず。
辛うじて白球を避けた騎士たちが俺に向かってくるが、10メートルほどの距離が必要十分に長い。
目標に命中しなかった白球がぐんと曲がり、騎士たちを背後から襲い、氷漬けにする。
言うまでもないが、氷というのはクッソ重い。
今回の白球が産む氷の塊は、大人が両手で抱えられる程度の大きさだが、行動を制限するには十分だ。
ただでさえ全身鎧という重りを背負っている騎士たちにはたまったものではないだろう。
そう思って油断していたのは否めない。
これで騎士たちは全員が行動不能だと俺は確信していた。
事実、騎士たちはその場からもう動けなかった。
だが右半身が無事だった騎士が2名、それぞれにハルバードを投擲した。
この腕力、胆力、間違いない。
「迷宮育ちか」
別に迷宮がこの世に帰らずの迷宮だけというわけではない。
金属書によれば、当時から迷宮と呼ばれる人食いの魔物は存在していたわけだし、なにも珍しい話ではない。
帰らずの迷宮のような魔法使いが作った人造迷宮もいくつも残っているに違いないし、帝国騎士が迷宮で訓練していても驚かないどころか、当然だろう。
だが俺の魔法障壁を貫けるほどではない。
というか、バルサン伯爵の攻撃でも受け止められる自信があるし、なんなら最強種ですら貫けはしなかったからな。
欠点は全周を覆うことができないことくらいで、魔法障壁は本当に優秀なのである。
魔法障壁に弾かれたハルバードに命令し、攻撃を行った騎士2名を上に、断頭台の刃の如く配置させると、彼らは動きを止めた。
騎士たちが戦意を失ったのを確認して、俺はリディアーヌを守っていた炎と結界を消す。
「終わりました。リディアーヌ殿下」
「皇帝陛下、隣国の使者と王族に刃を向けた事実にどう落とし前をつけられるのでしょうか?」
リディアーヌには珍しいはっきりと咎める口調だ。
結構、というか、かなり怒ってるね。
もう敬意を示すことすらしない。
「ふん、貴様らにはこの余に飼われる栄誉をやる」
皇帝は変わらず尊大な態度だ。
状況が見えていないのか、あるいはもう認知症なんじゃないかな?
「それが交渉材料と仰るなら――」
リディアーヌはとびっきりのアルカイックスマイルを浮かべる。
「貴方は帝位を降り、帝国のすべてを王国に臣従させてくださいな」
「はっ、小娘が言うものだ。連れがどうなってもよいのか?」
あー、それで分断させたんすね。
あくまで余裕の態度を崩さない皇帝だが、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
あの2人を帝国兵がどうにかできると?
武力ならシルヴィひとりで跳ね返せる。
毒などの絡め手はネージュが気付く。
当然そのことはリディアーヌも分かっている。
「なるほど。では条件を揃えなければなりませんわね」
リディアーヌがすいと立ち並ぶ貴族と皇室のお歴々を見渡す。
そして1人の年頃の女性に目を付けた。
「アンリ様、あの子にいたしましょう」
俺たちとほぼ年の変わらない娘だった。
紫がかった長い黒髪の美しい女の子だ。
皇室の女性を選んだのは皇位継承権の順位が低いと踏んでのことだろう。
やや怯えた瞳が俺を見る。
目が合った。
「君の名前は?」
「――アレクサンドラ」
言ってから彼女はハッとした顔をした。
なぜ答えたのか本人も分かっていないという顔だ。
悪いね。
これも魔法なんだ。
「こちらにおいで。アレクサンドラ」
目が合う。名前を知る。
どちらも相手を従わせる切っ掛けにできる。
ただこの魔法は意思の強さで案外抵抗できる。
迷宮で鍛えたかはあまり関係ない。
ネージュには抜群に効くし、というか抵抗する気無いし、シルヴィは案外というのも失礼だが、ほぼ通らない。
だが目線が合っただけで返答してしまう程度の精神力だ。
アレクサンドラは名前まで知られた状態では俺の魔法に抵抗はできない。
まあ、例えばこの場で脱げみたいな、精神的に物凄く抵抗のある命令なら拒絶できるだろうが、こちらに来い、程度なら抵抗は難しいだろう。
この魔法は簡単にできることほど抵抗が難しいのだ。
正直、印象が悪いからあんまり使いたくなかったよね!




