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番外編 ジーニアスは時代を歩く

番外編。

普通科の加古原先生と

工業科の望月先生の話である。

望月先生は仁都と坂田の担任の先生。

番外編 ジーニアスは時代を歩く


「……つくづく思うんですけど、なんでこんなにも、ガキってのは面倒なもんなんですかね」

「……おいおい、お前、素が出てんぞ」

「どうせここには誰も来ないんですから構わないですよ。たまには毒くらい吐かないとやってけないですよーっと」

「かぁーっ、その姿お前を慕ってる女子生徒に見せてやりてえなぁ」


 煙草に火をつけて、弧を描きながら白煙をフーっと吐き、目つきの悪い茶髪の男、望月慶一は煙草の先端を噛みながら皮肉の笑みを浮かべた。


「……ね? 加古原先生」


 そう言って、自分よりも先に煙草の煙を宙に昇らせている加古原咲也へと目を配らせる。銀フレームの眼鏡の奥は何を考えているのだろうか、夕日に反射してその中身を見ることはできなかった。肺の中に野暮ったくて中毒的な味の煙を、何度も何度も潜らせている。


「俺はちゃんと、オンとオフの切り替えができる男なので、心配はご無用ですよ、望月先生」


 そう言って指先に煙草を持ち、ああ、と思い出したように望月を見てにこりと笑う。


「……それとも、『もっちー』って呼んだ方がいいですか? 望月センパイっ」


 それを聞いた望月は、バツが悪そうに咳払いをした。ゴホゴホッと咳き込む望月に加古原は、そんなに照れなくてもいいじゃないですかー、なんてわざとらしくぶりっ子のようにポーズを取る。正直、三十路近い男がそんなことをして許されるのは容姿を含め、加古原だけだろう。望月は吐き捨てるように唾を地面に落とすと、汚いものでも見るかのような目で、その悪い目付きを更に鋭くした。


「俺をからかうのも大概にしろよ……。ほんと、趣味悪いよな、お前」


 本当に嫌なのだろう、一気に声のトーンを落として牽制するものの、加古原は怯える素振りをひとつも見せず、むしろ嬉しそうに笑顔を崩さない。こんな奴がモテるんだから世の中は本当に狂ってるよな、と望月は呆れながらも紫煙を天に向かって吐き出した。


 体育祭の全体予行練習が終了し、片付けやら係の打ち合わせやらで、グラウンドからはまだ元気のいい声がかすかに聞こえていた。新入部員の試合が近い運動部もいるのだろう、威勢のいい声は、応援団にも負けないくらいにこの体育倉庫の裏まで響いていた。あーあ、よくもまあ元気なもんですよね、と煙草を噛みながら、加古原は扉前の段差に座り込み、疲れたーと思いっきり背を伸ばした。


「おいおい、煙草の先端を俺に向けんな。火傷したらどうするんだよ」

「まあ、もし先輩がそうなったとしても、男の勲章ってことで」

「お前、俺をなんだと思ってんだよ」

「えー? とっても、とーっても大事な先輩ですよー?」


 大事な先輩ならその先輩に煙草の火を向けないでほしいんだけどな、と望月はその言葉を飲み込んで指先を揺らしながら灰を落とす。

 望月慶一と加古原咲也は、この学校の教員であり、先輩と後輩の関係でもある。望月は29歳、加古原は28歳である。2人は高校時代からの腐れ縁で大学時代にも何かと交流があった。高校に関しては2人ともここのOBであり、望月は大学を卒業してからずっと、加古原は他校から今年の9月に異動してきた。


 だが残念なことに、望月慶一は加古原咲也という男が苦手である。苦手というのは既に学生時代から意思表示していたのだが、それを全て取っ払うかのように加古原は望月を慕っている。どう考えても彼を慕っているというよりも罵ってるようにしか見えないのだが、学校生活に自分への実害はそこまで無いので、こうやって誘われたら煙草休憩に付き合うことが多々ある。体育倉庫は2人だけの喫煙所である。基本的に喫煙は職員室内でしてほしいとのことなのだが、


「コーヒーの匂いと混ざって気持ち悪いんで、無理です」


 という加古原の謎のこだわりで、誰も来ない体育倉庫の裏で落ち合うようになった。望月はあまりないが、隙あらば加古原はここへサボりに来てるのだという。誰だよこいつに教員免許与えたの、と望月は何度も思ったそうだが、ずる賢いのがこの男のやり方で、サボる前に一通り仕事を終わらせておくのだという。優秀なのかそうじゃないのかはっきり言って分からない。


 ただ望月と違い、教職者としての加古原は悪魔に魂でも売ったのかとでもいうくらいに、生徒思いで紳士的で穏やかな性格の男に生まれ変わっていた。加古原がここに異動してきて初めて職員室で挨拶した時、あまりの変貌ぶりに飲んでいたコーヒーを吹き出したのを望月は今でも覚えている。高校時代の彼を知ってるからこそ、望月はこう皮肉を言ったのだ。


「詐欺師の方が向いてんじゃねえのか、お前」

「えー、それだと面白くないですよ」


 本当に誰だよ、コイツに教員免許与えたの。マジで今からでも剥奪してくれないか、と望月は常日頃思っている。しかし、何故ここまで望月が加古原を苦手とし非難しているのかというと、それは高校時代の加古原が『とんでもなく恐ろしい不良青年だった』という事実を知っているからなのである。

 見た目こそは昔から変わらず年齢の割に若く見えるのだが、自分のその容姿を武器にして色々とやらかしていたのだ。表では優等生を演じながら、裏ではバレないように他校の生徒の喧嘩を買っては、自分の配下に置くという、クズと悪魔を足してそこに無慈悲を混ぜたような男だったのだ。


 逆に高校時代の望月は、そこそこ真面目で、そこそこ友達がいて、たまーに校則を緩く破る程度の普通を地で歩く青年だったのだ。そんな平凡な青年と悪魔のようなゲスがどのようにして知り合ったのかは、また別の機会に話すことにしよう。


 もう一本目を吸い終わったのか、加古原は吸殻を携帯用灰皿へとしまい、カーディガンのポケットから消臭用のガムを取り出して、その一枚を口の中に入れていた。食べます? と渡されたが、望月はいらないと断った。爽やかなミント味なのになー、とそのガムを噛みながら、加古原は膝の上で頬杖をついている。


「最近の女子高生は敏感なんですよ? 俺たちアラサーでも加齢臭対策しとかないと嫌われちゃいますからねー」

「もうアラサーなら諦めるしかねえだろ。歳相応に生きていくのが世の理だろ」

「いやいや、先輩、エチケットって言葉知ってます? そういう時代なんですよー?」

「うるせー」


 望月は吐き捨てるように煙草を噛むと、自身の携帯灰皿を取り出そうとポケットを探ると、どうぞ、と加古原がニコニコと笑いながら自分の灰皿を差し出してきた。ご丁寧に蓋まで開けてある。こういう懐の入り方は上手いんだから腹が立つよな、と思いつつ、悪いな、と言ってそのままそこに煙草を捨てた。


「それにしてもまあ、なんでこうも行事ごとになると、学校ってのは一気にブラック企業になるんですかねー」


 それを承知の上で教師になったんだろうが、と望月が言うと、まあそうなんですけどーと、加古原は歯切れが悪そうにそっぽを向く。子供か、と言いたげに望月はため息をついて肩を落としていた。


「その教員がここでサボってていいのかよ」

「先輩もここに来たんだから共犯じゃないですか」

「でももう吸い終わっただろ。ほら、戻るぞ加古原」

「えー、嫌ですよ。せめてあと30分!」

「アホか。お前、生徒に自分の仕事押し付けておいてそれはねえだろ」


 望月がそう叱責すると加古原は、頼んだ生徒の一人が高校時代の望月にそっくりだったからついうっかり頼んでしまった、と舌を出していた。三十路にそれはキツイからやめてくれ、と望月は切実にそう願った。


「でも、本当にそっくりなんですよ。俺に苦手意識を持っているところとか、本当に昔の先輩を見てるみたいで」

「はいはい分かったから戻りましょーねー」

「わわっ、ちょっ、先輩首根っこ掴むのはやめてくださいよー!」

「うるせえ、黙って給料以上は働け」

「それブラックって言うんですよー!」


 加古原の悲痛な叫びは小さく空に木霊した。首根っこを掴んで引っ張ってるとはいえ、こいつは嫌なら俺の手から逃れられることができるはずだ。それなのにあえて抵抗しないのだから、嫌なのか嫌じゃないのか、全く腹の読めない男である……。


 そんな2人のいた体育倉庫の裏では、鼻を刺すようなヤニの香りが芳しく残っていたのだった……。


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