第69話 ひそかなおもい
第69話 ひそかなおもい
「は、初めまして!はは、播磨寧々(はりま ねね)と、申しますっ!以後、よろしくお願い、致します……!」
そう言うと、緊張しているのか、小さな彼女は正座をしたまま土下座をするが如く頭を深々と下げた。まるで自分に命乞いをするかの勢いで、こっちが悪人か何かになった気分になった。
頭を上げてもらうように何とか告げると、播磨さんは「きょ、恐縮です……!」と言い、ゆっくりと頭を上げてにこやかに笑った。その姿はまるでリスか何かのようで、微かに体の震えが止まらないようだった。
言葉遣いといい、動作といい、まるで自分を見ているかのようだ。俺が仁都たちと初めて会った時の立ち振る舞いとそっくりなのだ。
まさかこの人、俺よりも人見知りが激しいとかそういう……?!
そう思いながら助けを求めるように坂田の方を見ると、坂田はその意を汲み取ってくれたのか首を縦に振った。その横で困ったような笑みを田本は崩さないでいる。
仁都はというと、「良かったねハリーちゃん」と声をかけながら、そっと肩を叩いていた。すると、彼女は驚いたように小さく肩を震わせ顔を少し赤く染めながら、首を何度も大きく振って頷いていた。
「改めて、すーちゃんに紹介するね。播磨寧々ちゃん、通称ハリーちゃん!」
「いや、ハリーちゃんって呼んでんのお前だけだからな?」
「いやまあそうなんですけど」
「照れるところそこじゃないでしょ、仁都……」
「えへへー。まあまあ、それはいいとして……」
と、話を移動させると、仁都は柄にもなく咳払いをした。
「ハリーちゃん!こっちが雀宮泪くんで、通称すーちゃん」
「いやだから、それもお前だけだから……」
「とまあ、見た目は可愛らしいんだけど、このようにすかさずツッコミを入れてくれるんだよ」
「おいそれどういう意味だよ」
「ふふーん!俺は今、史上最高にすーちゃんの良い所を言ったまでだよ?」
「どこがだよ!」
「ふふっ、おふたりは仲がとてもよろしいんですね」
俺ら2人のやりとりを見てか、播磨さんは楽しそうに笑っていた。その笑顔は愛らしいもので、こんな事で笑うには勿体ないように感じる。
なんかもう、俺に対する第一印象が仁都のせいであまり良くない気がする。悪いってことは無いだろうが、できればあまり目立たない印象でいたかったのだが、ついつい口を出してしまうのは本当に俺の悪い癖なのかもしれない。
播磨寧々、播磨さんは仁都と坂田と同じ工業科の生徒で、二人と同じクラスの二年生。
黒髪のセミロングで、幼い顔立ちから愛らしい印象が見えるが、どこが淡い陽の光のような印象を受ける柔らかい雰囲気がある女性だった。
敬語を使っているのは昔からの癖だと言う。未だに敬語が抜けないのがコンプレックスだとも言っていた。
背が小さいのでよく1年生に間違われるとのことで、何故か他人事とは思えなかった。痛いほどわかるその気持ちに、思わず深く頷いてしまった。
仁都に「そういうところはすーちゃんと一緒だね」なんて一言余計なことを言われてしまい、思わずその腹を横から肘で殴った。
野太い呻き声を上げようが俺はお構い無しに食事を続けると、彼女はまた楽しそうに笑っていた。その表情を見ると、どうも調子が狂ってしまう。まぁ、気分を害してないことが一番なのだが……。
仁都や坂田と言った仲介人がいるからか、彼女も俺も自然と緊張が解け、だいぶ対等な感じで喋れるようにはなった。
……そもそも、彼女がなんで俺達と昼食を食べることになったかというと、係の打ち合わせを終わらせた彼女と競技を終わらせた仁都が偶然鉢合わせして、一人でいたところを昼食に誘ったのだと言う。
女の子を地べたに座らせるわけにはいかないと、仁都は備品係から使われていないブルーシートを借りてきて、レジャーシート代わりに使ったのだとか。
自然とそういうことができるあたり、気遣いができる男は違うんだなと感心した。
……だか、その当の本人は昼飯を食った後、足を伸ばして横になって眠っているので、真相はどうなのか分からない。
坂田と田本が飲み物を買ってくると言って、購買の方へと行ってしまった。何が飲みたいと訊かれ、とりあえず冷たくて甘いものなら何でもいいと伝えておいた。
……播磨さんと二人きりになってしまった。と言っても播磨さんの隣で仁都が寝ているので、実質3人ではあるのだが、本人は食後のお昼寝と言わんばかりに静かに寝息をたてていた。
「……案外マイペースだな、こいつ」
俺がそうぼやくと、播磨さんは口に手を当てながらふふっと笑った。
「仁都さんは授業中でもこんな感じなんですよ。いつも気持ち良さそうに寝てて羨ましいなって」
彼女はそう言い、仁都の寝顔を動物か何かを眺めるかのように見ていた。仁都を見つめる彼女は、どこか愛しそうな目をしていた。
「授業中もお構い無しに寝てるので、毎回先生に怒られたりしてて頑張って答えるんですけど、それもちぐはぐな答えだったりして、それすらも何だか可愛らしくて……」
よく知ってるんだなと思っていると、彼女はそれを話すのが嬉しいのか頬を綻ばせていた。心なしか頬が少しだけ紅潮し、熱っぽい視線を向けている気がする。そうなのか、と俺が相槌を打つように答えると、彼女はハッとしたように我に返り、大きく手のひらを振って小さく声を荒らげた。
「あ、あああ!いや、そのっ!違うんですよ?!べ、別にいつも彼のことを見てるとかそういうのじゃなくてですね!?」
「え?あ、あのー……播磨さん?」
「ただ、あの、彼とは隣の席なので、その、よく視界に入ると言いますか……!あの、決して……決して!その!いつも見てるとかそういう理由ではなくてですね!?」
「……わ、わかった。は、播磨さん、一旦落ち着こう?」
別に否定もしていなければ、疑っているわけでもない。尋問すらしている訳では無いのに、彼女は湯気でも出るのかというくらい、顔を真っ赤にしながら一生懸命その事実を違うと主張し続けていた。
「別に俺、何も疑ってないからそんなに否定しなくてもいいよ」
「……へっ?」
「確かによく見てるなって思うけど……別にそれだけだし……」
「あ、あー!そ、そうだったんですね、私、てっきり……!」
そう言いながら、彼女は顔を赤くしたまま仁都の方を見つめていた。ふと、その姿にどこか既視感を覚えた。それは、ある時の高校時代の姉貴に似ていた。そのときは、まだ藤見さんが姉貴の彼氏ではなかったが、藤見さんはよく家に来てくれていた。その彼を見る姉貴の表情と今の播磨さんの表情を照らし合わせ、俺は確信した。
「播磨さんもしかして……」
そう言うと、彼女は俺の次の言葉が分かっているのか、顔はますます赤くなっていた。
「仁都のこと……好きなんですか?」
俺はこの表情を知っていた。
これは、恋をしている人の顔なんだと。




