第68話 かつやくのば
第68話 かつやくのば
……暑い。暑すぎて地球という生命体が温度管理をサボっているのではないかと疑いたくなる。地球さん、ストライキする時期を間違ってますよ。
正直、仮病でもいいからここで倒れてしまおうかと、ずる賢い考えが頭の中をぐるぐると巡ってしまう。
頬から首筋に滴る汗を拭うようにタオルをあてた。俺の隣で今にも死にそうな顔をしている田端が、「あちー」と言いながら襟元で汗を拭いていた。
コンクリートから放たれる熱の上に立つ俺達は、鉄板の上で焼かれる牛肉か何かだろう。ああダメだ、お昼前だから食べ物に例えてしまうと余計にお腹が空いてしまう。
なぜ学校の大きな行事となると、全校生徒を巻き込んで全体練習などさせるのだろうか。しかもそれは1回や2回どころの話ではない。こんな灼熱地獄に突き落とすなんて、先生達は地獄の閻魔の部下か何かなのか、と愚痴を零してしまう。
「こういうのって、別に何回も練習するもんじゃなくない?俺、干からびて死ぬ自信があるんだけど……」
田端は不服そうにそう言うと、そばに置いてあったスポーツドリンクをゴクゴクと飲み干し、そのペットボトルを潰した。おいおい田端さん、まだ午前中なのに飲み干しちゃって大丈夫なんですか。そんな彼を横目に、俺もウーロン茶を3分の1ほど飲んだ。深い苦味と香ばしい茶葉の香りが喉を潤してくれた。
……体育祭本番、4日前。
今日は……いや、今日もと言うべきか、体育祭の予行練習ということで、全校生徒は酷暑が長引く外へと放り出されていた。
生徒は色ごとに分けられた場所に集まり、出番がないときは予行練習が過ぎるのをただ待っていた。
だが、言葉の通り石焼きとなったコンクリートの石段に、テント無しで生徒を放置させるのはおかしい、と、俺は冷静にそう思った。
石段は円形のグラウンドの中心を眺められるよう、グラウンドを囲むように造られていた。他校の野球部との練習試合がよく行われるので、観戦用に造ったという。
しかし、残念ながらコンクリートのためか、座り心地は最高に悪い。特に夏だと、熱を帯びた石段はズボン越しでもすり抜けてくる程に熱く、何人かの生徒はその上にタオルを敷いて座っていた。俺もそのうちの一人である。
人一倍汗か出るというのに、何も対策をしなければ汗という汗を熱に吸い取られて、それこそ干からびてしまう。
せめてテントくらいは欲しかったと言う田端に同意せざるを得ない。そう思いながら、玉入れに出ている選手たちの練習風景を見ていた。
赤、黄、青の玉が容赦なく入り乱れる。練習だというのに段々と白熱していくその姿に精神的な歳の差を感じた。
「青春を謳歌してるってああいう事を指すのだろう」と思っていると、その白熱している生徒の中に一際目立つ存在がいた。投げた玉は百発百中、寸分の狂いもなく赤色のかごの中に吸い込まれるが如く入っていった。
「やるね~、仁都如月。さっきから全部の競技に全力で楽しんでるよ」
「はは……。むしろ、活躍の場がここ位しか無いんだろうな」
「え?どゆこと?」
「いや、なんでもない……」
仁都という存在が期間限定で頼りにされる場面はここだ、と坂田は豪語していた。体力底無しお化けだから、ほとんどの競技に参加させているのだと言う。
そのラインナップを聞いた瞬間、どの種目のオリンピック選手でも音を上げるのではないかという位、緻密に計画されていた。
仁都の使い方を熟知しているというか、策士過ぎる坂田の脳がどうなっているのか見てみたいものだ。
「……これは、今年も仁都くんが全種目1位取っていきそうな感じだね」
「おお、タッキー。おかえんなさい」
「……瀧本、もう係の仕事の方はいいのか?」
俺がそう声をかけると、瀧本は首を縦に振った。採点係として運営のテントにいた瀧本が帰ってきたのだ。ふう、と一息つくと、俺の横に座ってグーッと背伸びをした。
「まぁ、採点係って交代制でやるみたいだし、今日は予行練習だから出番はないんだよ」
「ふーん……。でも、いいよなー!テントの下で休んでられるもん。羨ましい限りだわ」
「だったら、係に立候補すれば良かっただろ」
「えー、俺がそんな堅苦しい職につけるように見える?」
「……自分で言うのかよ、お前」
「だったら文句は言うな」
「ちぇー」
田端はそう言い、口元を尖らせる。お前は一体何がしたいんだと突っ込みたい気持ちを抑えながら、視線をグラウンドへと戻した。気がつけば玉入れが終了しており、集計の時間に入っていた。一つ、二つと、何人かの生徒の声が重なって空に響く。先に黄色が脱落し、赤と青の一騎打ちになった。
が、圧倒的な赤の玉の量に為す術もなく、青組は敗北してしまった。全力で喜ぶ赤組の中にいる子どものようにはしゃぐ仁都を見て、思わず俺もフッと笑ってしまった。
……よくもまあ、全力なことで。
少しだけその姿を羨ましく思った。彼を見ているだけで自分も少しだけ楽しいというか面白いというか、なんだか明るい気持ちになってしまう。不思議なもんである。
……玉入れが終わり、昼休憩となった。涼を求め、オアシスに群がるゾンビのように食堂や教室に向かう生徒が多かったが、何人かはそのまま外や木陰へ行く者が見られた。この石段の横には、自然の環境保全とか何とかで大きな松が何本か植えられている。ちょっとした森、という訳では無いが、たまに美術の時間でデッサンするときにここを題材として出されることがある。
……さて、俺はどうしようか。
瀧本は係の打ち合わせがあるとかでいなくなったし、田端は部活のメンバーと約束をしているとの事で、久しぶりの一人ぼっちになってしまった。
いやまあ、一人ぼっちの方が慣れてるから別に今更なんとも思わないんだが……。仁都や坂田が見当たらないし、とりあえず食堂にでも行ってみるかな、と重い腰を上げたときだった。
「お疲れ様、雀宮くん」
「ん?」
声をかけられ顔を上げると、そこには大きな影ができていた。それは腕の三角巾が目立つ田本だった。未だに慣れないようだ。少しふらついていた。
「もし良かったら、久しぶりにみんなでご飯食べない?」
田本はそう言い、目線を近場の木陰へと送る。すると、そこにはブルーシートを敷いて座っている坂田と仁都……。
そして、その仁都の隣に、小さな女子生徒がいた。
黒髪のセミロングで、赤いハチマキをペンダントのように首からぶら下げている。背の大きい男が並んでいるから、その女の子はまるで小動物かのように見えた。
……というか、え、女の子?
そう思った俺に考える隙を与えないうちに、「まあ今日はちょっとしたお客さんがいるんだよ」と田本は頬をかきながら笑っていた。俺の人見知りを分かっているからか、大丈夫?と言いにくそうに誘ってくれたようだ。
確かに同年代の女の子と喋るなんて機会、クラス内でもあまり無いので、正直なところ俺が混ざってもいいのかと不安になった。
だがよく良く考えれば、普段から姉貴と喋っているのだから、そんなに大差はないだろう、大丈夫だ。……という謎の自問自答で解決させ、特に断る理由も無いので、そのままお邪魔することとなった。
あけましておめでとうございます!




