第62話 そんなのきいてない
第62話 そんなのきいてない
「……いや、あのー、田端さん。俺、そんなの聞いてないんですけど?」
「えー?だってー!すずりんに黙って、俺のありとあらゆる人脈を使って、変更させたんだもの!」
「……いや、これ、人脈使わなくても変えられるでしょ?」
「流石はご名答瀧本様!じゃあ、俺がどうしてこんな事をしたか分かるでしょ?」
「いや、意味分かんないんだけど……」
「本当にごめんね、雀宮くん。俺が止めた頃には既に提出してたみたいで……」
そう言って呆れたような笑みを浮かべ、複雑な心境なのか、瀧本は頬を人差し指で掻いていた。そんな瀧本の横で、昼飯を食っている箸を止め、俺はため息をついてから田端を睨んだ。
「……あのさ、俺、リレーの選手やるなんて一言も言ってないと思うんだけど」
そう言うと田端はえへへー、そうだっけー?田端のうっかりさんっ!と、自分で自分の頭を小突いてあざと可愛くぶりっ子の真似をした。いや、ぜんっぜん可愛くもないし、むしろ余計にイラッとした。
三連休から一夜明け、俺のありふれた日常は、何事も無く帰ってきた。残暑どころか、酷暑もままならない厳しさが肌に焼き付き、蝉の鳴き声も、最後のアピールだと言わんばかりに叫び続けている。
子孫を残す為、伴侶を探す為の生存本能だと分かっていても、耳障りなのは変わらなかった。
ここ最近の異常気象には、本当に参っている。十何年間人間をやってはいるのだが、これだけはどう頑張っても慣れるものではない。愛しの秋の季節に会えるのはいつになる事やら。
………いや、そんなことよりも、だ。
「……なんでそんなことになったのか、きちんと説明いただけませんかねぇ?」
俺のリレーの選手問題だ。これは脳内のありとあらゆる、自分という交渉人を呼び出して会議をしなければならない。どうしてこんな不正が働いたのか、今からでも変更出来ないのか、いっそのこと諦めて参加するか、などたくさんの意見が脳内で飛び交った。
そんな緊急脳内会議が開かれてるとは露知らず、田端は答えた。
「……だって、すずりん、陸上部と互角くらいに足速いじゃん?それだけ」
そう言うと、外交官である田端匡はそう笑った。こいつは俺と交渉をするのが下手なのか、外交をするのが苦手なのか、分からない。だが、俺の胸の奥底からふつふつと湧き上がる、黒い塊の原因はコイツだということは理解出来た。
陸上部並みに足が速いから?いやいや、それだけで俺が納得すると思ってます??実際にそうだとしても、もう少しマシな言い訳を考えてくれよ、田端外交官。
ニコニコとポメラニアンのように笑う田端を睨み続けていると、その険悪な雰囲気を感じたのか瀧本が仲介人として間に入った。一つため息を落として、田端のおでこを指で少し弾いた。いたっ!と痛そうにおでこをさする田端を横目に、瀧本は眼鏡のつるを指で押し上げ、ため息をついた。
「……あのなぁ、田端。お前は話を端折り過ぎだ。もっと中身のある説明をしろっていつも言ってるだろ?」
瀧本のその発言に俺は同意の意味を込めて頷いた。その姿に安堵したのか、瀧本は話を続けた。
「雀宮くんにリレーの選手をやってもらいたいのは、陸上部の人間が動きやすくする為の作戦なんだろ?」
そう、田端に尋ねると「そうそう!流石、瀧本パイセンは話が通じるね!」と指をパチンっと鳴らした。
「いや、話が通じるとかじゃなくて、俺に話してただろ?」
「えー、そうだっけ?よく覚えてるね、タッキー」
「お前なぁ……。本当に働かない時は働かないんだな、お前の記憶力」
「俺に記憶力なんてあったら今頃赤点なんて回避できてますよ、パイセン!」
田端がそう言うと、瀧本は育児に疲れきった母親のように大きなため息をついた。彼が田端に対するため息をついたのは、俺が見ている限りじゃ、累計で百回は有に超えている気がする。
瀧本を通して、田端が俺に言いたかったのはこういうことらしい。
体育祭は一人二種目まで出場でき、それを自由に選べるのがうちの体育祭の特徴である。だが、陸上部がリレーの選手に回ると一つ分枠がそれで埋まってしまう。
そうすると、競技の中に戦力の偏りが出来てしまう。みんなの運動能力を平等に分けて対等にするためには、俺が選手になった方が必然的にいいという事らしい。
……なんとも腑に落ちる話である。到底、田端が考えた話とは思えないが、瀧本が彼の口から直接聞いたと言うのだから、そうなのだろう。
「……だけど、それは俺じゃなくていいのでは?」
俺がそう言うと、田端曰く、百メートル走のタイムを見る限り、俺の走りが陸上部の次に速いタイムだったとのことで俺が選ばれたのだと、瀧本が説明してくれた。
田端は頭が悪いが、それは説明が下手くそなだけ。頭の回転は速いくせに脳にまで伝達されないから、反射神経で言葉を返してしまう。本当に、人によっては勘違いされやすい人物である。
なんとも怖いくらいに納得の出来る話である。説得力がありすぎて、俺の背中に冷や汗が流れる。何故ならば、体育祭当日は休む気でいたからだ。テスト明けに瀧本から体育祭の話を持ちかけられ、参加するか悩んだものの、休んでも大丈夫な適当な種目を選んで、当日は適当な理由で休んでしまおうと考えていたからだ。例年通り、体育祭当日は隣町の図書館で暇つぶしでもしていよう、と考えていただけに、これは恐ろしい話である。
現時点でここに、俺は体育祭に参加しなければならない理由が出来てしまった。
そうは言うが、休んでしまえばいい。そう俺の悪魔が囁いている。いつもなら、その悪魔の言葉に耳を傾けているのだが、それが出来ない。
何故ならば、この二人がいるからだ。今までと違う点はそれである。クラスの中心人物である二人と交流を持ってしまった。今では、二人には迷惑をかけたくない、かけられないという気持ちが芽生えていた。
「ねー、お願いすずりん!ほんと、すずりんだけが頼みなの!」
濡れた子犬のように、お願い、と見つめてくる。出来れば俺からもお願い、と瀧本まで俺の方を見つめていた。まるでこれじゃ追い討ちである。俺の心の奥の底を見透かしているような二人の態度が恐ろしくも感じる。
だがこうなると、必然的に俺が彼らに返答する言葉はこれになる。
「……分かった、やるよ」
自分の言葉に反して、皮肉なことに全身から鳥肌が立ち、表情筋が引きつっていたように感じた。そんな俺の様子を肯定的にとった田端は「ありがとー!!!」と言って身を乗り出し、俺の手をがっしりと掴んで、上下に揺らした。その様子に、瀧本は安心しきったような笑みを見せた。
……自分でもらしくないと思うが、二人の押しに俺はとてつもなく弱い気がする。
と、まあ、そんなこんなで、何年ぶりかの体育祭に参加することになったのである……。




