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第58話 つよさとやさしさ

「いっでぇ!!」


仁都が投げた石は、またもや見事にヒットした。寸分の狂いなく投げられたそれは、野球部に匹敵する程の制球力を見せつけていた。


「あらあら、お兄さん、ちゃんと目がついてるわけー?でっかい図体してこんなのも捕まえられないとは……」


仁都はそう言ってため息をつくと、クスッと笑った。


「……ダッセーの」


間髪入れずに相手を煽る姿は流石と言わざるを得なかった。元不良なのは知っていたし、その頃の仁都の知名度も知っていた。俺と出会ってからも、こうやって絡まれているのを何度も見てきたことがある。

しかし、改めて見るとその才能は恐ろしい位開花していた。相手の様子を見て、判断して、そして相手に自分が優位だと思い込ませる。プライドが高ければ高いほど、この挑発に乗りやすいのだ。

恐ろしいことに、仁都はそれを無意識でやっているのだ。普通は戦術として行うはずのそれを、野性的本能であるかのようにやってしまう。普段は頭が良くないのに、こういう事に関しては一流なのだから、神様って奴は本当に怖いことをしてくれるもんだ。


……だが、相手の男にも冷静になれる余裕がまだあるらしい。むしろ仁都に石を投げられて、頭がリセットされたのだろう。

足を掴んでいる俺の手を振りほどき、片手でエトちゃんの髪を引っ張り上げ、ニタリと笑った。


「ハッ!これ以上石を投げてみろ。この可愛い可愛いお顔に傷がついてもいいならなァ?」


そう言うと、男はどこに隠し持っていたのか、ポケットナイフを取り出し、エトちゃんの喉元へと突きつけた。彼女の白い肌に刺さるか刺さらないか、ほんの数ミリの所で止められている。

ぎらりと光る白銀の刃は、街灯に照らされて冷たい光を放っている。彼女はそれに恐怖を感じ、ヒッと喉を鳴らした。


「おっとー……これはお手上げかな~……」


仁都はそう言い、バツが悪そうな顔をした。すると、男は顎で石を捨てろと合図した。


「はいはいはーい、投げませんよーっと」


仁都は言われた通りに石を道端に捨て、抵抗の意思がないとでも言うように両手を上げた。

しかし妙なことに、彼には刃物を恐れる様子も、歯を食いしばって悔しがってる様子もなかった。なぜか、目元と口元には余裕が見えてやんわりと笑っていた。


「キャッチボールに刃物を出すなんてルール違反ですよ〜?お兄さん」

「う、うるせぇ!ルール違反だあ?笑わせんな!こっちは命がかかってるんだからよぉ……!!」


男が声を震わせながらそう言うと、仁都は「ふーん……」と言いながら、横目に何やら合図を送るとまたニコリと笑った。


「……じゃあ、俺らも命がかかってるんで、ルール違反しても良いって事ですよね?」


仁都のその問いに「なんだと?」と男が油断し、刃物がエトちゃんから離れたその瞬間、仁都は指先をくるくると回しながら言った。


「……ね?すーちゃん」


………それが、『合図』となった。


「……お前は人遣いが荒いんだよ、ばーか」


いつの間に男の背後に回っていたのか、雀宮くんはそう言って、エトちゃんの髪を引っ張っていた男の手の甲へ、縦に下ろすように肘打ちを食らわせた。

刹那、それは正確に狙ったもので、その動きはまるでプロのように鮮やかだった。


「うぐあっ……!!」


手の甲は鍛えたところで骨しかない。男はあまりの痛みに、手を離した。その一瞬、反動で離れた彼女の体を救うように、彼は抱きとめていた。


「……大丈夫?エト」

「ナミダ……!!」


しかし、安心したのも束の間だった。「くっそぉっ……!!」と男が彼らに向かって殴りかかったのだ。危ない!と声をかけるよりも先に、彼の体が動いていた。


「……うるせぇな」


雀宮くんはエトちゃんを庇うように立ち、体をくるりと反転し、体に反動をつけ、回し蹴りの容量で勢い良く相手の腕を蹴り落とした。

バキィッ、と音がしそうなくらいその足は、腕の内側にめり込んでいた。しかし、男が悲鳴をあげる間もなく、男の脇腹に衝撃が走っていた。


彼が回し蹴りを当てたと同時に、仁都は男の懐に背後から入り、タイミングを見計らって脇腹を肘打ちした。


「がっは……っ!!」


と、男の口から唾が吹き飛び、地面に落ちる。そして迷いもなく、仁都は男の顎を鷲掴み、突き上げた。バキッという、何かが割れる痛々しい音が聞こえ、男がフラついたその瞬間、仁都は一歩間を取り、鬼でも殺せそうな殺気に満ちた笑顔を見せた。


「……お疲れ様、おにいーさん」


そう言うと、体を捻り相手の顔面の横を狙い、思い切り蹴り飛ばした。何かが軽く軋む音が聞こえ、そのまま吹っ飛ばされた男は地面にドサッと倒れ込み、そのまま動かなかった……。


***********


……ぐてーと伸びたその様子からして、男は気絶したと思われる。一応、仁都自身やりすぎた自覚があったらしく、相手の身柄を拘束する時に生死を確認したが、脈は正常に働いていたとのことだった。


……いや、生きてないと普通に困るからやめて欲しい。


「……ふー、一件落着だね!」

「一件落着だね、じゃねーよ!本気でやってんじゃねえーよ!!気絶する程度にやれって言ったろ?!」

「大丈夫大丈夫!あれ、本気じゃないから!」

「お前の本気じゃないは信用できねーよ!!」

「むしろ、あんな蹴りだけで伸びる方も伸びる方だよ〜!ほんと、図体がデカイだけなんだね、コイツ」


そう言いながら、仁都は気絶している男の体を指でつんつんと指していた。お前、いつ目覚めるか分からないのに、よくもまあそんなことか出来るな……。


そう思いながら、はぁ、とため息をつきつつ、俺は田本とエトの傷の手当をしていた。

あの後、京治さんたちに連絡をし、京治さんたちが到着するまでここで待機することとなった。


近くに明かりのついた管理小屋があったので、ロープらしきものと簡易的な救急箱を借りることが出来た。男の両手と両足を固く縛り、仁都に見張りをさせることにした。傷の手当にあまり慣れてないとのことで、2人の応急処置を俺がすることになった。


エトにはほとんど外傷がなかった。あったとすれば膝小僧の擦り傷くらいで、そこまでひどくは無かった。今は仁都の隣にいて、あいつと喋っている。お互い子どもみたいなものだからか、会話が弾んでいるようだった。


しかし、問題は田本だった。田本は体中に切り傷や擦り傷が目立ち、何よりも左肩のズレに違和感を抱いているようだった。


「……多分、これ骨が折れてるぞ?」

「だよね。折れてなくてもヒビくらいは確実に入ってるかもね、あはは……」

「いや、笑ってんじゃねーぞ!本気で心配したんだからな!?」

「雀宮くん……」


祭りのせいで道路の状況は良くなかった。いつ救急車が来るか分からないので、とりあえずあるもので対応した。骨に関しては全く知識がなかったので、医者の息子である田本の指示を仰ぎ、なんとか処置することが出来た。


「……流石だな、こんなの普通じゃ分かんないな」

「雀宮くんが器用だから出来たことだよ、ありがとう」


そう言ってニコッと笑うと、田本は目を逸らして俯いた。


「……ごめん、迷惑かけて」


消え入りそうな声でそう言った。彼なりに自分勝手だったと反省しているのだろう。決して彼のした事は正しい事とは言えない。誰もが彼のことを責めるのだろう。だけども、俺は違った。


「……田本」

「なに?……って、いたっ!」


顔を上げた田本に向かって俺はデコピンをした。


「ごめん、じゃなくて、この場合は『ありがとう』だろ?」

「え……?」

「……お疲れ様、頑張ったな、田本」


俺がそう言って笑うと、田本は張り詰めていた糸が解けたようにふわりと笑い、目に涙を浮かべて泣いていた……。


これにて、誘拐事件は月明かりの下で静かに幕を下ろしたのだった……。

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