第54話 じょゆう
改めて周囲を見渡してみる。ダンボールや棚が壁に立ち並んでおり、最近まで人の出入りがあったのだろうか、使い古された廃材品が床に転がっていた。
ロープやパイプ材、ガムテープやピッケルなども置かれていた。ボロボロの大きなリュックや手袋なども散乱しており、ここは簡易的な山小屋か何かに思える。
管理小屋にしては粗末なものしか置かれていない。パイプ椅子や長机もあるが、年季の入った錆付き方から、腐りかけているのが分かる。
窓が二つに、扉が一つ。両方の窓から顔を少し出してみるが、木々が生い茂っているだけでここがどこなのかは分からなかった。
見張りがついているものだと思っていたのだが、どちらの窓の近くにもそれらしき人はいなかった。いざとなったら窓から逃げればいい。
そう思っていたのだが、一つ問題があった。窓は二つあるのだが、そのどちらも木製で出来た窓枠のようで、尚且つ引き戸式となっていた。
そっと開ければ気づかれずに外に出られるのでは、と考え、試しに軽く引いたところ、窓枠自体が腐っているのか、木のささくれが詰まっているのか、上手く開かなかった。
時間をかけて窓を開けるか、または強引に窓をこじ開けるか、いっそのこと窓を割るか、そうすれば上手くいきそうなものだが、リスクが大きすぎる。
時間をかけられるほど悠長ではいられない。窓をこじ開けたり割ったりするのが最良かもしれないが、音を立てて相手に気づかれるのはまずい。
なにより、彼女を怪我なく脱出させるためには、それらの策はあまりにもデメリットがありすぎる。やはり、扉から出るというのが正攻法なのかもしれない。
そう思い、足音を立てないように、恐る恐る扉に近づこうと歩を進めたが、その途中で彼女が俺の服の裾を引っ張った。
「ダメだよ、ソウゴ。おそとには、こわいおとこのひとがいるから……」
引き止められるように彼女にそう言われ、俺は少し考え込んだ。若干予想していたが、やはり見張りはいた。開けづらい窓と彼女の証言を踏まえて考えると、窓からの脱出はほぼ不可能に近くなった。
だからと言って、ハリウッド映画のように扉から正面突破というのは尚のこと難しい。たとえ、雀宮くんや仁都がいけたとしても、情けないことに自分では無理だ。
少ない確率で相手に隙を作れたとしても、俺の体を運べた男だ。その相手がどんな屈強な人間なのか予想もつかない。ならば、どうするか……。
口元に手をあて、何か使えるものが無いか周囲を見渡す。ここには雑多なガラクタや廃材がたくさんある。多少使えるものの一つや二つはあるといいが……。
そう目を凝らしていると、ダンボールの中からはみ出している一本のパイプが目に入った、手に取って持つとかなり軽い。どこにでも見かける塩化ビニールパイプだった。
武器になるものとしたらこれくらいか、ピッケルは危ないから使いたくないし……。と、我ながらその臆病さに呆れてしまった。
しかし、そのおかげか妙案が浮かんだ。彼女の話も考慮に入れ、一か八かの賭けに出てみることにした。
「……ねえ、エトちゃん。少しだけ、手伝ってくれないかな?」
俺はそう笑い、彼女の耳元で、ここから脱出するための作戦を伝えたのだった……。
**********
「うわあああん!!こわいよーっ!!パパ~っ!!ママ~っ!!」
……そう泣き叫ぶ小さな女の子の声が、倉庫いっぱいに広がる。先の見えない恐怖に怯えながら、この狭い空間で待てというのが酷な事だろう。
助けて~!!!嫌だ~!!と声を上げながら泣きじゃくる。その急な出来事に驚いたのか、倉庫の扉が開かれ、男が一人、中に入ってきた。
面倒くさそうに鉄パイプを肩で叩きながら、金髪で、いかつい顔をしていた。背は俺と同じくらいだが、体格はまるで違う。怖い人を絵に描いた様な人物だった。
雇われたのかそれとも主犯なのか、確かに彼女を誘拐するにはもってこいの人物だった。
男は、泣きじゃくるエトに近づき、同じ目線になるようにしゃがみこんだ。
「お嬢様~?おとなしくしてろって言いましたよね~?なんで言うことを聞けないんでちゅか~?」
女の子に見せてはならないような、青筋を浮き立たせたその笑顔は他者を抑圧させる雰囲気を出していた。
口元にある煙草の先端からは、煙と共に熱に燃やされ黒い粉を地面に落とし、山を作っていた。
「う、うわあああんん!!やだよぉ~!!こわいよ~っ!!!」
だがしかし、それが逆に、彼女を余計泣かせる結果になってしまった。子供相手には慣れていないらしい。
あーあ、と頭を掻きながら男はチッと舌打ちをし、唾を地面に吐き捨てた。
「……おい、これ以上黙らねぇんだったら、その可愛い可愛いお顔に穴でも開けて差し上げましょうか?ああ?」
地の底まで響くような唸った声に驚いたのか、彼女は泣くのをピタリとやめた。男は吸っていた煙草の煙をふかし、彼女の顔に吹き付けた。
白煙に包まれ、ケホケホッと咳払いをする彼女を見て、その場を牽制したと思い込んだのか、「よーやく黙ったか……」と、安堵のため息を漏らして立ち上がった。
しかし、何かに気づいたらしく慎重に周囲を見渡し始めた。
「あの男……どこ行った?」
男がそう呟き、後ろに振り返ろうとすると、それを静止させるように彼女はまた大きな声で泣き出した。
先程よりも大きな声でしゃくりあげる彼女に対し、痺れを切らしたのか、また彼女に対してしゃがみこんだ。
「うるっせぇなあ!!いっそのこと泣けねえように眠らせてやろうか??ああん?」
そう言って、彼女の頭を掴みかかろうとした瞬間だった。扉の後ろに隠れていた俺は、男の背後に近づき、後頭部をめがけて後ろから思い切りビニールパイプを振りかざした。
ゴッという鈍い音と共に、短い呻き声が聞こえた。彼女が、さっと後ろに下がると、男はそのまま力が抜けたように地面に突っ伏した。
当たりどころが悪い……いや、この場合は良かったというべきか、文字通り綺麗に気絶をしてくれたようで、体をつついても目を覚ますことは無かった。
ロープか何かで縛ってやろうと思ったが、屈強なその体には皮肉にも長さが足りないらしく、不安ではあったが仕方なく諦めた
はあ、と大きく息を吐いた。本当に一か八かの賭けだった。今でも、心臓が尋常じゃない速さで脈を打っているのが分かる。手汗でパイプ材が落ちるかと思った。
「……ありがとう、エトちゃん。助けてくれて」
額に出た汗を拭いながら、俺は笑顔を作ってお礼を言った。本当はこんなことしたくなかったのだが、これは彼女を囮にした作戦だった。
こいつらの目的は、きっと彼女を傷つけないで生きたまま誘拐することだ。だから、どんなことがあっても彼女はそのままで生かさなきゃならない。
さっきの男の言動も、殺意は感じられなかった。言葉だけで十分に恐怖を与えられると確信していたのだろう。しかし、構いすぎたせいで隙が出来てしまった。そこを狙ったのだ。
ドラマやアクション映画を見習ったやり方だったが、上手くいったことに自分自身が一番驚いていた。
「エト、えんぎじょうずだったでしょ?いつもね、えんげきでもね、せんせいにほめられるの!」
「そうなんだ。すごいよ!将来はハリウッド女優になれそうだね?」
「えへへ~、そうなったら、いちばんさいしょにエトのファンになってくれる?」
「ふふっ、もちろんだよ」
「わーい!やくそくだからねっ」
にんまりと笑う彼女の笑顔は何よりも愛おしかった。いい意味で彼女は単純だ。
この作戦を伝えたとき、嫌がるかと思いきや「ドラマみたい!」と楽しそうにしていたのだ。妙なところで肝が据わっているらしい。
思ったよりも早く自分がいないことに敵が気づいた時、俺は動揺を隠せなかったが、彼女のあのアドリブのおかげで命拾いをしたと言っても過言ではなかった。
「本当、君はどの女性よりも魅力的な子だよ」と、俺は心の中で笑った。
「さ、早く逃げよう。他の人が来ないうちに」
そう言って彼女の手を引き、正義のヒーローさながらに闇夜へと飛び出した……。




