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第53話 おれならどうするか?


……例えば、こんな話があるとする。

ある人は、大切な人を守る為ならどんな犠牲を払ってもいい、自分はどうなってもいいからと言って、その人の大切な人を助けたとする。

それでハッピーエンド、涙の大団円。本来、物語はそこで終わるはず。しかし、犠牲になったその人はあとに、笑顔でこう告げていたのだ。

「……あの子が無事ならそれで良かった」

果たしてそうだろうか。【彼】が犠牲になることで、本当にそれでよかったのだろうか。

【彼】は本当に、大怪我をするほど、犠牲になる必要があったのだろうか……。


『すーちゃん、そっちはどう?!』

「……まるでダメだな。それらしき人もいない」

『おかしいね、そうくんなら結構目立つはずなのに……!!』

「その反応からすると、そっちもダメみたいだな」

『そうくん、そこまでスタミナないから遠くには行けないはずなのに……』

「お前……友達として、その発言はどうかと思うぞ……」

『事実なんだからしょうがないでしょー?!あー、ホント、どこに行ったんだろう?!』


まるで田本を幼児か何かのように指す仁都の言葉は、本当に友達なのかと疑いたくなってしまう。

しかし、今はそれどころではない。どんなことをしても、田本とエトの二人を見つけ出すことが最優先である。

雑多にまみれる人混みが邪魔で仕方ない。焦りと不安からか、度々舌打ちをしてしまうのは俺の悪い癖かもしれない。

首筋にじわりと垂れる汗が、この出来事の壮絶さを物語っている。いくら体力がある俺でも限界はある。

布のようにまとわりつく夏の夜風が、俺の思考能力を低下させる。むやみやたらに探せばいいってもんじゃない、そう脳に指令をかけても却下される。

クソッと、愚痴を吐きながら髪をかきあげる。電話口の向こうからは、同じ気持ちなのか仁都の焦りがノイズ音と共に聞こえる。


『そうくんの携帯に何度かけても繋がんないんだよね。圏外にはなってないはずだから普通気づくはずなのに……』

「走り回ってて気づかない、なんてこともあるだろ。もう少ししたらもっかいかけてみろ」

『うん分かったよ、ともかく、どっちでもいいから見つけたら連れて来てね?あと、無茶な行動だけは、絶対にしないように』

「……できるだけ、善処する」


そう言って、俺はスマートフォンをズボンのポケットに仕舞った。二人を探し始めて二十分が経つ。

手分けして探すも、目撃者も手がかりも未だ無し。なんとかして通行人に話しかけてみるも、それでも見つからない。

エトは小さな子供だし、見逃してしまうかもしれないが、田本は背が大きい上に髪色に特徴がある。全部は覚えていなくても、それなりに目立つはずだ。

坂田と京治さんの方も駄目らしい。坂田は苛立ちを隠せないようだった。言葉ではいつも通りを装っていても、不安そうな声色がそれを指していた。

それに、ここまで人目のつくところにいるのだ。それなのにここまで何も見つからないとなると……違和感を覚えた。


「……もしかして、どこかに留まっているとか、か?」


思わず口に出してしまっていた。逆に考えてみれば説明がつく。目撃者がいないのではなく、そもそも誰にも見られていないのではないか。

俺らが探し始める前、または探し始めた直後に何かがあった。携帯は繋がるのに田本が出ないのは、単純に気づいていないのか、あるいは、出られる状況に無いのか。

後者だった場合は最悪のパターンも考慮しなければならない。早く見つけないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。

被害妄想が過ぎると言われても過言ではないが、もしそうだったときの心の持ちようが違うのだ。

【もし、人探しに困ったら、その人になった気持ちで探せばいい】

途端に昔の言葉が脳を過ぎる。姉貴の言葉ではない、鼻につくような喋り方をした男の言葉だった。

【その人がどう動いて、どう判断するのか、お前がなりきるんだ。お前は人のことを観察するのが上手い。俺が教えなくてもできるだろう】

そこがお前の長所だと、その男は俺を褒めていた。俺はそのことをよく覚えている。

【人探しをするなら、最悪のパターンも考えなくちゃならない。それは探している相手に何かあった時だ。大半はまあ、誘拐だろうな】

だったら、どうしたらいい?と、俺は脳内の記憶に語りかけた。

【どうしたらいい、だって?そんなの簡単な話だ】

そういうと、記憶の中の人物は、口角を上げて人差し指で円を描いた。

【……探している人物にも、誘拐犯にも、その両方にお前がなればいい。そして、お前ならそれらの立場でどうするかを考えろ】



「……俺なら、どうするか」


繰り返すように呟いた後、俺は祭りの群集を掻き分け、外へと走り出した……。


********


……誰かのすすり泣く声が聞こえ、温かいものが自分の顔に伝った。

誰が泣いているのだろうか、確認しようと目蓋を動かすがうまく開かない。眠っていたのだろうか、体が泥のように鈍く重く感じる。

コンクリートの無機質でひんやりとした感触が地面から自分の体に伝わった。

やっとの思いで目を開けると、段々と意識がはっきりしていき、体の節々に殴られたような痛みを感じるようになった。

目に映るのはコンクリートの地面と、地面を這うようににじみ込む発光した球体、つまり涙だけ。それは上から落ちては地面に弾けて染み込んでいった。その出所を辿れば、自分の真上で嗚咽交じりに泣く、か細い声が聞こえた。

「エト……ちゃ、ん……?」

痛みを堪えながら、声を振り絞ると、涙の主は手で目を擦るのをやめ、驚いたようにこちらを見た。

「ソウゴ……っ!」

目を開かせ、安心したかのように彼女はパタリと泣くのをやめた。ぬいぐるみを抱きしめるかのように、彼女は俺の顔を持って自分の胸へと引き寄せた。

柔らかな甘い香りは彼女が生きているということを俺の中に意識させてくれた。怖かったのだろう、俺の髪に触れる小さな手は僅かに震えていた。

自分の手は縄か何かで縛られており、彼女を抱きしめ返すことが出来なかった。しかし、彼女はそんなことなど気にも留めず、俺がここにいることを確認するように何度も撫でた。

こんな小さな女の子を助けることも、安心させることも出来ない自分の不甲斐なさに、ただただ唇を噛み締め、ごめんねと呟くことしかできなかった。


……しばらくすると、満足したのかエトちゃんは俺から体を離し、「いまっ、ほどいてあげるからね」と後ろに回ってそれを解き始めた。


慣れない手つきで解きながら、エトちゃんは何があったのかを少しずつ話してくれた。

それは、俺がエトちゃんを見つけてから数秒後の話だったという。

彼女を見つけ出したその直後、俺と同じ背丈の男が後ろに現れ、俺の後頭部をバットか何かで殴ったようだ。

そのまま地面に倒れこむように体を崩したのだという。泣きながら俺の体を揺さぶる彼女を前に、その男の後ろからもう一人男が現れた。

そして、俺と彼女をこの倉庫に閉じ込めたらしい。まだ微かに意識のあった俺は必死に抵抗し、彼女を逃がそうとした。

しかし、その抵抗も空しく、俺は男たちに体のあちこちを殴られ、気を失ったのだという。


「ほんとうに……しんじゃったのかと、おもったんだからね……っ」


縄が解けたのか、重りが外れたように手元が軽くなった。手首にはしっかりと絞められた痕が残っており、彼女は心配そうにそれを見つめながら話を続けた。

こいつを殺してしまおう、そんな言葉が聞こえ、彼女は必死にそれをやめるよう懇願したのだという。自分はどうなってもいいから、どうか彼だけは殺さないで欲しいと。

そう話す彼女の体は、小動物のように震えていた。一人で、年齢も体も大きな大人と交渉をしたのだ。怖くないわけが無い。

本当に自分の情けなさ、愚かさを呪った。正義の味方気取りで助けに来ておいて、彼女を危険な目に遭わせたのだ。

俺が仁都みたいに強かったら、こないだ俺を助けてくれた雀宮くんみたいに勇敢だったら、きっと彼女を助けられたのだろうか……。体を起こし、そう懺悔する様に彼女を静かに抱きしめた。


「……ごめんね。絶対に、君だけは守るから」


似つかわしくないセリフだと思いながらも、自分に言い聞かせた。もう二度と、彼女をこんな目に遭わせないと、そう誓って。

彼女は抱きしめられるがままに、俺の服を強く掴んで「……やくそくだよ」と小さく呟いて顔を埋めた。もちろん、と俺は笑いながら頭を撫でた。








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