第46話 みつけたもの
長くなりました。すみません。
第46話 みつけたもの
「りっか、お兄ちゃんにおみやげを買おうと思って、ここにお父さんとお母さんと来たの」
「なるほど……偉いぞ、りっか。よく思い出せたね」
「えへへ、りっかはえらい!」
褒めて頭を撫でると、りっかは嬉しそうに胸を張って、えっへんと鼻を高くした。
だいぶ、落ち着いてきたのだろうか、むしろ探すことが探偵ごっこのように楽しいのかワクワクしているようだ。
目を輝かせながら周りをしっかりと見渡している。小さなシャーロック・ホームズである。りっかがホームズならさしずめ、俺はワトソン?
……おかしい。本来ならば俺の方がホームズの筈なのだが……子供の好奇心とは無限の可能性が秘められているようだ。
………落し物と言うのは基本的に、元来た道を辿れば、意外と見つかる物である。
そうじゃなくても、何かしらの痕跡が必ず残っているものだ。それが全く結びつかないものでも、それを見ることによって記憶を呼び起こすことが出来る。
推理の基本、なんて誇らしげに言ってはいるが、誰もが考えることだろう。
しかし、俺がりっかにこの事を分かりやすいように説明すると「すごーい!」と言った。うーむ、小さい子にこうやって尊敬されるのは、嬉しいような恥ずかしいような、擽ったい気持ちになる。
りっかは腕を組みながら記憶辿っていき、「あっ!」と思い出したのがこの店にだった。
商店街の中にある、小さなお土産屋さん。なかなかの人だかりで、外国人と日本人が入り交じり、様々な言語が飛び交っている。
どこの観光地にもお土産屋さんはあるものだ。ご当地ストラップや、ご当地コラボ菓子、オリジナルの饅頭などなど……ありきたりなものが多いのだが、このお土産屋さんは少し違っていた。
鬼灯をモチーフにした商品が多かったのだ。ペンダントやブレスレット、財布に扇子にポーチ……。入れば入るほど鬼灯をモチーフにした小物商品が多かった。
中には数万円の商品なんてものがあり、目を食らった。しかし、それでも売れるのだから、この値段でやれているのだろう。
有線のBGMが店内の中を華やかに彩る。鶯色のエプロンを来たお店のおばさんが、楽しそうにお客さんと会話している。
りっかと俺は、周りのお客さんに注意しながら店内を歩き回った。りっかは床の方を、俺は棚とか平台に積み上げてあるお菓子箱の上を見ながら探した。
しかし、一向に見つかる気配はなかった。「あった?」「ううん、ないの……」と、声をかけ合いながら探すが、りっかの声が段々と暗くなっていく。まずい、と思った矢先、りっかが「これ……」と何かを見て足を止めた。
「どうしたの?」
「これ、お兄ちゃんにあげるおみやげに選んだものなの」
そう言ってりっかが持っていたのは、ガラスで出来た鬼灯のキーホルダーだった。大きさは手のひらサイズで、茎についた鬼灯を象ったのか、そこには鬼灯が4つついていた。少し揺らせば、中に鈴が入っているのか、チリンチリン、と音が鳴った。
やけにリアルに出来るんだなあ、と眺めていると、
「それ、うちだけの限定商品なんだよ」
と、声をかけられた。ビクッとして、顔を上げるとそこには先ほどの店主らしきおばさんが立っていた。
お客さんとの会話が済んだのか、ニコニコとこちらに笑顔を向けてきた。遠くから見ていたので分からなかったのだが、いかにもお土産屋のおばちゃんって感じだったが、どこか勇ましくて肝っ玉母ちゃんとはまさにこの事だなと思った。
「これ、綺麗だろう?うちの街のガラス職人達が一つ一つ手作業で作ってるんだよ。若いモンの提案でね、販売したらこれが大ヒットのなんのって!
今じゃ、うちの新しい特産品だよ」
一つ一つ手作業とは……。俺は驚きながら、それを一つ手に取った。確かに形も大きさもそれぞれ僅かに違う。色の濃さも光の反射の仕方も全部違う。どの角度から光を当てても輝いているのだ。
「凄いですね……。これ、どこに光を当てても光ってる……」
感嘆のため息を漏らしながらそう言うと、おばさんは機嫌を良くしたのか詳しく説明してくれた。
「それ、鬼灯が付いてるだろう?鬼灯の花言葉は、不吉なものが多いんだけど、うちの祭りでは少し違った意味で扱ってるんだよ。
うちの祭りでの鬼灯の花言葉は『もう一度、貴方に会いたい』
鬼灯ってのは、そこに種が入ってるだろ?その種がまた地面に落ちてまた同じ時期に同じ場所で咲くんだ。
そんなのどの花も一緒だって思うかもしれないが、現実だとなかなかそれが難しいだろう?人の人生なんて何が起こるか分かんないんだからさ。
だから、そういう意味も込めて『もう一度、貴方に会いたい』ってうちでは推してるのさ」
「そうなんですね……」と、またキーホルダーに目線を落とした。朱色に輝くそれはキラキラと俺の目を反射している。
その鬼灯の花言葉を借りるなら、現状、俺は仁都たちと再会して出来ることなら、りっかの親御さんとくまさんを見つけてあげたい……。
そう思いながら、キーホルダーを元あった場所に返すと、その横でりっかは愛しそうに目を潤ませながら、そっと鬼灯を撫でた。
「りっか……お兄ちゃんのおみやげ、これにしてたの。これ、この『ほおずき』が4つあるでしょ?お父さん、お母さん、りっか……そして、お兄ちゃん。
……だから、これにしたの。お兄ちゃんが、寂しくならないように」
そう言うと、やんわりと笑いながら微笑ましそうにそれを眺めていた。本当に家族が、お兄ちゃんが大好きなのが、痛いほど伝わった。大切な人と離れているからこそ分かる大切さ……それは、りっかが誰よりも分かっているのかもしれない。
幼いながらにも、自分に置かれている状況を把握して、だけど、幼いからこそそれを受け入れるのには時間がかかって……。
そう、同じように考えていた昔の自分が、そこにいた気がしたんだ……。
「……ねぇ、りっか」
「なぁに?」
「そこに……りっかのくまさんも入れてあげないと、お兄ちゃん寂しいと思うよ」
不思議そうな顔で見つめているりっかに、俺は笑って言った。
「……りっかのくまさんも家族だから」
「……!うん!」
俺はそう言って、五つ目の鬼灯を指さした。小さいけど、確かにそこにある、その存在を。
「あの、すみません……」
俺は震える声を抑えながら、おばさんに尋ねた。ただ、店員に話しかけるだけなのに妙に脈打つ胸が速くなる。
同い歳、年下なら普通に喋れるのだが、年上の人と喋るのは未だに緊張して声が出なくなる。
だけど……そんな事言ってられなかった。
「あ、あの、この子、少し前にこの店に来ていたみたい、なんですよ。あの、この子、くまのぬいぐるみ、持ってたみたいなんですけど……知りませんか?」
嫌に変なところに汗をかいてしまった。店内はエアコンが完備されているはずなのに、手に汗グッショリだ。
とりあえず不信感は与えなかったらしい。おばさんは、りっかへ体を屈ませ、うーんと頭を捻るように唸っていると、「あ、あー!あの時のね!」と思い出したのか、「ちょっと待ってて」と言うとお店の奥へと走って行った。
しばらくしてから戻ってくると、「これでしょー?」と言いながらりっかへと何かを渡してきた。
それは、手のひらよりも少し大きめなもので、ふわふわとした茶色い毛並みのくまだった。首元には赤いリボンとブローチがついていた。
「これ、あなたのくまさんでしょ?」
そう言っておばさんウィンクすると、りっかはぱあっと顔を明るくさせ、「これなの!」と言って嬉しそうに抱きしめた。
「あの、ありがとうございます……。これ、どこにあったんですか?」
「あーね、これ、そこのお菓子の棚にあったんだよ。その時はお菓子の在庫も減ってたから置きやすい位置にだったんだろうね。
在庫を補充しようと見たらそこにあったからもしかして……って」
取りに来る保証がなくても、一応預かっておくもんだしね、と笑っていた。お客さんの顔は忘れないのが商売のコツさと言われた。さすが、お土産屋のおばさんの記憶力と言うのは素晴らしいものだ……。
まあ、なんとなく想像はついた。りっかは鞄も何も持っていないのだから、手を開けるにはぬいぐるみをどこかに置くしかないのだろう。仕方ないといえば仕方ないことかもしれない。
まあ、何にしろ、りっかのくまさんが見つかって良かった。見つからなければどんどん負の沼に落ちるだけだ。昔、それを経験したのだから痛いほど分かる。
りっかは、今にも飛び跳ねそうなくらい喜んでいるようで、見ていてこっちも嬉しくなった。
この調子で交番の場所も聞けるかもしれない、とおばさんに尋ねようとしたら「りっか!」と呼ぶ声が聞こえた。
声のする方を振り向くと、店の入口に、息を切らした男がいた。背が高く、見た目俺よりも年上か同い歳位にも見えた。
相当どこかを走り回っていたのか、肩で息をするようにこちらを見ていた。
「りっか!やっと見つけた!」
「えっ、お兄ちゃん?!」
お兄ちゃんと呼ばれたその人が、りっかの名前をもう一度呼ぶと、りっかは走ってその人に抱き着きに行った。
お兄ちゃんと呼ばれたその人は、りっかをしっかりと抱きしめ、ホッとした表情で頭を撫でていた。
「りっか!もう……心配したんだからね?」
「ごめんなさい!でも、どうしてお兄ちゃんが……?」
「部活終わったら行くって言ってたでしょ?んで、今来たら、りっかが居なくなったって母さんたちが言ってたから……本当に心配したんだからね」
「もう、しちゃダメだよ」と、そう言い、微笑みながらおでこをりっかに近づけると、りっかは安心したのか、「うわあぁーん!ごめんなさい!!」と張り詰めていた糸を切って、わんわんと泣き出した。
一人で寂しくて心細かったのには変わりないのだ。りっかのような歳の子がここまで我慢出来たのは本当に凄いことだ。
胸の中に何かじーんと熱くなるような何かを感じた。歳のせいか、こういうのに弱いらしい……。
「……じゃあ、あの子がお兄ちゃんなら、アンタはあの子のなんなの?」
お土産屋のおばさんの声が俺を現実に引き戻した。ぶわっと冷や汗が滝のように流れてきた。
「もし、アンタも兄弟とか家族ならあの兄ちゃんがアンタの名前も呼びそうなもんだけどねぇ?」
と、おばさんは不審そうな目でこちらの方を見ている。尋問だ。獲物を狩る鷹のように鋭い目つきが俺の胸に刺さる。
そりゃそうだ、俺も逆の立場ならこう思うだろうし、状況によっては無言で警察に通報するレベルだ。
「あのいや、あのえっと……」
うまく言葉が見つからないでいると、俺に気づいたりっかがこちらに寄ってきて「このお兄ちゃんはわるくないの!」と言って、わけを説明してくれた。
りっかの説明に補助を入れながらも全力で自分は何もしていないことを伝えた。たどたどしい言葉ながらも、必死の訴えにより、とりあえず不審者として通報されることは免れた。
小さな子に弁護を頼まないといけない高校生って一体……。
ってか、りっかのお兄ちゃん、俺のことを見ながら「えっ、高校生……?!」なんてことも言うんだからもう、何も言えない……。
「……すみません。何から何まで本当にありがとうございました」
「あ、いえ!俺は何も……」
何度も頭を下げるお兄ちゃんにわたわたとしていると、りっかが俺の服の裾を引っ張った。
「……お兄ちゃん、ありがとう」
そう言うと、にこりと笑った。その笑顔は何よりも愛らしく、全ての疲れが吹き飛んでしまうような、そんな素敵な贈り物だった。
りっかとりっかのお兄ちゃんがいなくなるまで、手を振りながら見送った。
その後ろ姿は、昔の自分と姉貴に重なった。
昔、姉貴が俺に買ってくれたぬいぐるみを無くしてしまい、姉貴にそれを言うと姉貴は怒るでもなく一緒に探してくれたのだ。
探し物が得意だとかなんとか言いながら。いろんなところを探し回っているうちに、迷子になってしまったのだ。
その頃は、ちょうどあの事件の最中で、人のことを信じることが出来ず、俺は周りに助けを求めるにも求めることが出来なかった。
その時は近所の公園に隠れていた。夜になるまで動けないでいると、姉貴は、走り回って俺のことを見つけてくれた。しかも、ぬいぐるみも見つけたと笑いながら。
姉貴を見た瞬間、俺は泣きながら抱きついたのを覚えている。思い出せば恥ずかしい話なのだが、今のりっかを見れば分かる。
大切な人と離れるとどれだけ寂しいのか……。
そう言えば、姉貴とこうやって離れるのは、だいぶ久しぶりな気がする。
元気でやっているのだろうか……。
そう姉貴のことを思い出していたら……不意に声をかけられた。
「……すーちゃん!!」
そう言って、俺は後ろから引っ張られ、誰かの腕の中に閉じ込められてしまった。
まるで、スローモーションだ。ふわっと香る陽だまりの、少しだけ甘い柔軟剤の香り……嗅いだ事のあるそれは、俺を安心させるには容易いものだった。
そして、体の力が抜け、身をそこに預けるまでにはそんなに時間はかからなかった。
俺も、りっかのように張り詰めていた糸が切れたのか、胸からなにかこみ上げてくるものがあった。
りっかにとって大切な人がお兄ちゃんなら、俺にとっては、今は仁都が大切な人かもしれない……。
そう思えば思うほど、喉が詰まるほどの切ない気持ちになった。
「……仁都、ごめん」
「もう!ほんとに心配したんだからね」
そう言って、腕から解放すると、そこには今にも泣き出しそうな仁都がいた。多分、針か何かで刺したらはち切れんばかりに溢れてきそうだ。
「……ごめん、悪かった。もう二度としないよ」
そう言って、笑うと仁都も安心したのか「約束だからね!」と笑って許してくれた。
「というか、ごめんね?元々俺らもちゃんと見てなかったからさ……」
「いや、いいよ。俺も呼び止めなかったのが悪かったし……」
「本当にごめん!今度から、すーちゃんは必ず前にするから!」
俺の身長を配慮して言ってくれているんだろうが、あまり嬉しくないのだが気持ちだけは受け取っておこう……。
「すーちゃん、帰ろう?」
「……おう」
おばさんにお礼を言って、そのあと京治さんと合流して足早に民宿へと戻った。相当時間を取ってしまったらしい。言い訳が大変そうだ、と京治さんは笑っていた。
……車で帰る途中、とある家族連れとすれ違った。その家族は、お父さんお母さん、そして、くまのぬいぐるみを持った小さな女の子と男の子が笑い合っていたのだった……。




