第45話 みつけたいおもい
第45話 みつけたいおもい
……りっかのくまさんは、兄から貰ったものらしい。
今年の自分の誕生日にプレゼントしてくれたもので、常に肌身離さず持っていたようだ。
「……りっかのお兄ちゃんね、すごくかっこいいの。背がたかくて、かっこよくて、やさしくて……じまんのお兄ちゃんなの」
そう言うと、りっかは遠くを見つめていた。小学生とは言え、思うところがあるのだろう。ベンチに座り、地面につかない足が、不安な彼女の気持ちを表していた。
ベンチの淵に手をかけて、水をかくように足を動かすその姿は愛くるしいものだったが、くまさんの行方が気になって仕方ないのだろう落ち着かないようだった。
今にも泣き出しそうなりっかを慰めながら、俺は商店街の中央にある時計柱まで連れていった。この商店街は中央にレンガで出来た広場があり、そこには大きな時計柱があった。それを円で囲うようにベンチが置かれている。時計柱にある木製のベンチは少しひんやりして冷たい。檜を使っているようで座っただけで薫りが鼻をくすぐった。
……やはり、こういう事は大人の人に任せるべきなのか。せめて、交番の場所だけでも尋ねて聞くべきなのだろうか……と、何度も考えた。しかし、いざ喋ろうとすると中々声が出ないのだ。変な意味で都合の良い時には喋れなくなる。
簡単な話のはずだ。それなのに、俺はその簡単でさえ出来なくなっていた。
……常識的に考えて、との言葉はあるが、俺は未だに知らない人に話しかけたり、それを簡単に信じることが出来ない。
大人なら尚のこと。昔の記憶が頭をよぎるのでなかなかそれを払拭することが出来ないのだ。
広場には、他にも自由に使えるテーブル席がいくつかあり、俺達の他にも地元のおじいさんおばあさんや、観光客の人達が座っており、住民の憩いの場兼広場になっていた。
ここなら、仁都もりっかのお父さんお母さんも見つけやすいだろう。かなり人が集まりやすい場所だ。思ったよりも早く出会えるかもしれない。
周りには何やら移動販売のワゴンカートもあり、俺はそこで瓶サイダーを売っているおばあちゃんに2本ほど売ってもらい、この子と一緒にベンチで飲むことにした。
昔ながらのラムネの瓶だ。夏休みにおばあちゃん家に行った時、よく置いてあった。プシュッと音がするまで蓋を差し込むと、シュワシュワという音と共に、少しだけ炭酸が零れてくる。光の屈折で、サイダーとビー玉が輝いている。ダイヤモンドカットのように綺麗なそれは、りっかの心を釘付けにしたようだ。魔法使いみたい!と目を輝かせていた。
りっかの分を開けてあげ、それを渡すと「いいの?」と首を傾げたが、いいよ、と笑うとりっかは嬉しそうに受け取ってくれた。笑顔はちゃんと作れていただろうか、と俺は心配していたが、そんなことは考えなくて良かったようだ。
炭酸は少しきつめかなと思ったが、りっかはサイダーに夢中のようだ。多分、今どきの子は瓶のラムネなんて見たことがないのだろう、さっきからまじまじと見つめている。俺も初めて見た時は、どうやってこの中にビー玉が入ってるの?なんて姉貴によく聞いたものだ。
相当喉が乾いていたのか、早々に飲み干すと、「ごちそうさまでした!」とゴミ箱へ捨てに行った。早いもんだなあ……と彼女の若さ(?)を感じていると、戻る途中で何を思ったのか、りっかがお兄ちゃんのことを話してくれたのだ。
「……りっかのお兄ちゃんって、いくつぐらいなの?」
俺はラムネを自分の席の横へと置き、りっかに尋ねると、りっかは両手を出して、右手は五本指、左手は二本指だけだした。
「これだけ。りっかとお兄ちゃん、これだけ『とし』がはなれてるの。りっかは7さいだから……お兄ちゃんは『ちゅーがくせー』なの」
そう言うと、また悲しそうな寂しそうな困った顔をした。小学生にしてはその表情はどこか大人びていて、昔の自分と重ねてしまう部分があった。
「お兄ちゃん、昔はよくりっかと遊んでくれてたんだけど……『ちゅーがくせー』になってから、ぜんぜん遊んでくれなくなったの……。べんきょうとか、サッカーのクラブチームで忙しくなったから……」
りっかはそう言うと、毛先をくるくると指で遊び始めた。癖なのか、目を伏せながら口を尖らせている。
なんとなく、りっかの言いたいことは分かった気がした。
俺も姉貴が中学生になってからはほとんど遊ぶことは無くなった。
一緒にゲームをしたり、テレビを見たり……なんてことは、いつの間にかしなくなっていた。高校になったら、姉貴は学校の友達や藤見さんと出かけることが多く、家にいることなんて殆どなかった。
……だからと言って、困る事は無かったし、俺がこんな風になってからは逆に落ち着いたとも言える。
俺が中学生になったら姉貴は大学生になった。俺のことを思ってか、家から通う大学にしたのだという。藤見さんのことを聞いたら、気にしなくていいのよ、あんな奴は。って笑ってた。
でも、知っていた。俺のために藤見さんと別れたことを……。
……そうやって今、現在に至る。
姉貴はどんどん大人になっていくのに、俺はどれだけ足掻いても子供のままだった。やっと追いついたとしても、俺はまだ『子供』で、その度に寂しくなるのを感じていた。
りっかも多分……同じ気持ちなのだろう。
中学生ともなれば、部活とか委員会とかで忙しくなるだろう。仕方の無いことだ、なんてりっか位の小さな子に話したところで余計に悲しくさせるだけだ。
忙しくなる、なんて勝手な言い分だ。それは、経験してきたものだけが言える常套句であって、無垢な子供にそんなことを伝えたって、それこそ甚だ見当違いだ。
そう思っていると、口を閉ざしていたりっかは「……でもね」とポツリと呟いて話してくれた。
「……お兄ちゃんが、りっかにこのくまさんくれたの。たんじょうびの日に、『りっかがさみしくならないように』って。お兄ちゃんがいないときは、これを自分だと思ってほしい、って。だから、りっかずっとこれを持ってたの……。
それなのに、りっか無くしちゃった……お兄ちゃん、なのに……」
と、りっかはまた泣きそうに目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「りっか、泣かないってやくそくしたのに……」そう言いながらいつまでも溢れてくる涙をその小さな掌で拭っていた。ううっ、と嗚咽を漏らしながら泣く姿は、寂しいとか悲しいとかではなく後悔の意を表していた。
無くしてごめんなさい。落としてごめんなさい……。
………昔、俺が姉貴に言った言葉と同じように見えた。だから、りっかの気持ちは痛いほど分かった。
大切な人から貰った大事なものを失った事実を知った時、人はどうしようもない後悔に呑まれる。
でも……姉貴は、それをそのままで終わらせようとはしなかった。
……だから、俺はりっかにこう言った。
「……俺は、探し物を見つけるのが得意なんだ。
だから……りっか、安心して。
一緒に、お兄ちゃんとくまさん、探そうか」
そう言って、りっかの手をそっと握った。温かい子供の体温。涙で濡れてぐしょぐしょになっていた。俺は『あの時』と同じように、姉貴と同じように、笑った。
……今度は、俺が見つけてあげる側だ。
俺は残ったサイダーを飲み干すと、可愛らしい依頼者と共に商店街を歩きながら探偵の如く推理するのであった……。




