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第44話 さがしもの

第44話 さがしもの


……どうしてこうなった。


もしこの出来事を操作している神様がいるなら問いたい。どうしてこうなった、頼む、教えてくれ。

俺はただ、仁都と京治さんと三人で買い物に来ていただけのはずだった。


……それなのに、今は俺と……この少女の二人になっていた


「……ねえ、りっかのくまさん、どこにあるのぉ……?」


そう言いながら、泣きながら少女は俺の服の裾を掴んだまま離さない。なんで……?どうして……?!と、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら上目遣いでこっちを見た。少女と反対側にある手に抱えた買い物袋を握る手に自然と力が入った。


俺は背中に冷や汗を流しながら、動悸が激しくなるのを感じた。どうにかこうにか、表情筋を叩き出して笑みを作っているが不審者として見られてもおかしくないだろう。


「………なんで、こうなったんだ」


俺は、絶望的な声で絞り出すようにそう吐いた。

商店街の中は、祭りの前日だからか、観光客でごった返していた。どのお店も活気に満ち溢れていて、俺達なんか誰も見向きもしない。魚屋、肉屋、八百屋に土産物屋……。本来ならば心地よい商売の掛け声が聞こえるはずなのだが、その声すら俺の耳元をすり抜ける。


周りから見れば、俺達はただの通行人Aと通行人(少女)Bと扱われているようだ。

助かったと言えば助かったのだが、今の状況は非常に面倒なことになっている。

不安そうに泣きながら、服の裾を握る少女に、立ち尽くす男子高校生……なんて完全にお巡りさんが飛んでくる事案ではないか。

いや、俺の見た目だとギリギリ兄妹に見えなくも……なんて悲しいことを考えているよ余裕は無かった。


……なんで?どうして?と言いたいのはこっちである。何度も言うが、誤解しないで欲しい。ただ、俺の話を聞いてほしい。


誰に言うわけでもないのに、自問自答を続けるなんて悲しいことだ、と俺はすぐ側にある狸の置物に言われているような気がした。

大きなドテ腹に酒ビンを持ってジッとこちらを見ている。艶やかなその毛皮とお腹がやけに眩しい。思わず目を反らした。


「はあ……何でこんなことに……」


大きなため息を地面に吐き、こうなった経緯を辿ってみた。

いや、辿ると言うほど何か壮大な物語があった訳では無い。むしろあったら、ここまで焦ってはいないだろう。


……簡単に言えば、『迷子』だ。


勘違いしないで欲しいのが、俺ではなくこの少女だという事だ。俺ではない。どちらか言うと俺は被害者で、迷子ではない。


……仁都と京治さんと買い物に来た帰りのことだった。美由さんに頼まれていた物を全て買い終わり、車に向かいながら商店街の中を見回していると、


「……りっかのくまさん、しらない?」


と、幼い声が聞こえ、グイッと力強く服の裾を引っ張られてしまった。


「え……?」


ボーッとしていたせいか、油断してしまい、幼いながらにも強い力に足を止めざるを得なかった。振り向けば、黒髪でツインテールの小さな女の子が涙を目に浮かべながら泣いていた。

ピンクのハートがついた髪留めが可愛らしく、少し赤く小麦色に焼けた肌が、夏の暑さを物語っていた。

俺はしゃがんで少女と目線を合わせた。


「えっと……くまさん、って?」


俺は戸惑いながらそう尋ねると、少女はこくんと頷き、消え入りそうな声で「どっか、行っちゃったの……」と言い、更に力強く俺の服の裾を握った。多分、皺が残るくらいにクシャクシャになっている事だろう。

見た感じ、小学校低学年くらいだった。言葉遣いも意思表示の仕方もまだまだ難しい年頃なのだろう。


「えっと……とりあえず交番に行ってお巡りさんに落し物があるか聞いてみようか」

「……りっかのくまさん、そこにあるの?」

「ハッキリとは言えないけど……お巡りさんならきっと見つけてくれるよ」

「……じゃあ、りっか、そこ行く」


そう言うと、意を決したように今度は両手でしっかりと握った。変に懐かれた……というか離してくれなかった。

というか、この子の親御さんは一体どこにいるんだ。普通、これくらいの小さな女の子なら親御さんと一緒にいるもんだろ。地元民ならともかく……。


「……もしかして、君、迷子なの?」

「……きみ、じゃなくて……りっからりっかだよ、おねえちゃん」

「お、お姉ちゃん……」


じゃあ返すけど、お兄ちゃんお姉ちゃんじゃないんだけど?!少女、もとい、りっかちゃんは少しムスッとしながら頬をふくらませてそっぽ向いた。少女と言えど、女の子だ。扱いには気をつけないと変な冤罪を生みかねない……。


「ご、ごめんね、りっか?ちゃん。あと、俺はお姉ちゃんじゃなくて……お兄ちゃんだから……」

「えっ、おねえちゃんじゃないの?」

「うっ……。ま、まぁ、それはいいとして……」


………良くない。ホントは良くない。自分でも誤解を解いたはずなのになぜか胸が痛いし涙が出てくる。


「……あの、りっかちゃん、お父さんとお母さんは、どこにいるのかな」


そう言うと、りっかちゃんは体をふるふると震わせて不安そうな顔になった。おとうさんと、おかあさんとはぐれちゃったの……。そう言うと、それっきり黙ってしまいまた目に涙を浮かべていた。


まずい……地雷を踏んだようだ。迷子だと分かっていたとは言え、ここで泣かれると、それこそ本当にお巡りさんを呼ぶ事態になってしまう。


「……とにかく、交番まで行こうか!京治さん、ここら辺で交番がある場所って……」


と、そこまで言いかけた時に気づいた。いや、気づかなければなかったのに、この子のことで頭がいっぱいだったせいで抜けてしまっていた……。


……仁都と京治さんがいない。


そもそも、仁都が絡んでこない時点ではぐれたことに気づくべきだった。背の大きな二人の後ろに着いて行った形が宜しくない結果になってしまった。

しかも、この人混みだ。見失ってしまってもおかしくないだろう。


………やばい、これはまずい。


京治さんに着いていくだけだし、と思ってスマホは置いてきてしまった。仁都が持っていくというので過信してしまっていた。なんてこった……踏んだり蹴ったりだ。


「……お兄ちゃん、こうばんってところにいかないの?」


りっかは、少し不安そうに首を傾げてこちらを見上げた。ギクリと心臓に冷や汗をかき、ぎこちないながらにも答えた。


「……えっと、その、交番だよね」


誤魔化しながらそう答えているとりっかは雲行きの怪しい顔をした。


「……もしかして、こうばんがないの……?」

「いや、あの、その……」

「……りっかのくまさん、もう見つからないの……?」


段々と、りっかの声が震えていた。体を震わせて目には大粒の涙を溜め、今にも決壊しそうになっていた。ああ、ダメだダメだ!お願いだからここでは泣かないでほしい!


………というわけで、現在に至る。


最悪どこかのお店にこの子を預けてしまったらいいんじゃないか、とか電話を借りればいいんじゃないかと考えたりもしていたが、流石に俺にその勇気は無かった。

そもそも、そんなことがすぐに出来ているものなら、りっかのような少女に泣かれることもなかっただろう。


……俺は仕方なく、少女と一緒に『りっかのくまさん』を探すことにしたのだった。


……頼むから誰か、助けて欲しい。



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