第37話 ほおずきまつりとこいのはなし
第37話 ほおずきまつりとこいのはなし
「……鬼灯祭ってのは灯篭流しの祭りのことなんだよ」
「とうろうながしって……確かあの海とか川とかに流すやつ?」
「そ、ざっくり言えばね。まぁ、鬼灯の形が灯篭に似てるってこともあるんだけど、元々この祭り事態は人々の心の平穏を願う為だったんだよ。鬼灯の花言葉には心の平安ってのがあって、灯篭に願いを込めて流すってのが始まりだったみたい」
「へ〜、なんか素敵だね」
そう坂田の話を聞きながら、仁都は汗を拭った。最早絞れるほどに水分を含んでいるのではないかとベタついた感触が肌を蝕む。
ジメジメとした熱気が体に張り付いたのか、坂田と京志を含め、彼らは汗だくになりながらここで作業を進めていた。作業の内容は、この民宿の隣にある蔵の備品整理だ。
屋敷などに出てきそうな、昔ながらの蔵で、この土地を買った時からあったものらしい。屋根の瓦が太陽の光を浴びてきらきらと反射している。
蔵の中は、所々窓がついているため明るいのだがそれでもライトなり懐中電灯なり明かりがないと文字の見分けや色の判別はできない。
ここにある備品は全て民宿で使うものが収納されている。よく使うものは民宿の倉庫にあるのだが、足りなくなった時や行事があった際の道具などはここにしまっているらしい。
蔵、なんて聞けば埃っぽくて汚いイメージがあるが、京志さん曰く毎週必ず掃除をしているようなので、埃っぽくも無く汚くもなかった。むしろ綺麗に掃除されているため、もはや蜘蛛の巣すらない。
床や棚にきちんと整理されているものもあるが、梯子を伝って屋根裏部屋まで行かないと取れないものもある。いつもなら、京志さんが一人でここを管理しているようなのだが、今回は仁都と坂田という戦力が増えたことによってまとめて掃除もしたいとのことだった。
「宝探しみたいで楽しそう!」とはしゃいでいた仁都の顔にも段々と疲れの色が見えてきたようだ。蔵の中には備品だけではなく、見たこともない高そうな骨董品なども多く、それらを移動させるのに骨が折れたようだ。
現代人にとって必須アイテム、エアコンも扇風機はもちろん無い。あるのは自然の風のみ。だが、その自然の風も体温を上昇させるような生暖かいものだった。
まるで自然のサウナだ。暑いのは苦手なんだけどな〜……と仁都は心の中で愚痴を零しつつ、黙々と整理を続けていると、ある骨董品の中に鬼灯の形をした何やらスタンドライトの様なものが出てきた。
ガラスか何かでできた鬼灯の実が無数にも重なり、それがライトの役割をしているようだ。面白いことに、その鬼灯の中は種でなく電球がひとつひとつ入っていた。少し年季の入った、味の深い骨董品だった。
ふーっと、埃を吹き飛ばし、軽く手で擦ると、取っ手の部分にボタンらしきスイッチがあり、暗いところではあったが金色のようにも見えた。所々に傷がつき、色は多少あせてはいるがアンティーク家具として部屋に飾るには丁度いい代物だろう。
仁都は、このスタンドライトを京志に見せると、「綺麗にしたら使えそうだ」と言われ、手入れをしてお店に飾ることになった。
これは鬼灯祭にはピッタリかもしれない、と京志さんは嬉しそうにそれを眺めていた。
それを聞いた仁都が「……そういえば、さっきからその……ほおずきまつりってなんですが?」と聞いたところで鬼灯祭について教えて貰っているところに至る。
そもそも、「ほおずきまつり?」と、恐らく鬼灯の漢字も植物すらも分からなかった仁都には、鬼灯について鬼灯祭についても一から教える良い機会にはなったのである。
鬼灯祭の実際のところはこの町の伝統行事だったのものが、灯篭流しの美しさに魅了された人達が増え、今ではこうやって観光の一環として行うことになったらしい。
「元々、鬼灯自体の見ごろは七月なんだけど、この地域の気候だと今が見ごろになるんだ。あちこちに鬼灯が咲いてるから、あとで見に行ってみるといいよ」
そう言って京志は、鬼灯のスタンドライトを撫でる。微笑みながら我が子のように愛らしい眼差しを向けていた。相当気に入ったのか、いろんな角度からそれを見ては、ふふっ、と笑っていた。
「ちょっと〜、京志義兄さん。手が止まってますよ〜」と、坂田のゆる〜い指摘受け「ごめんごめん」とえへへと、頬をかきながら困ったように笑った。
「……実はこれ、俺が大学の頃に初めて美由のために作ったものなんだ」
そう言うと、そこら辺にあったテーブルの上にスタンドライトを置いた。ちょうど太陽の光が窓から差し込むのか、スタンドライトに反射し、よく見れば金色というよりは琥珀色に近い色合いを出していた。
「懐かしいなあ、こんなところにあったんだ」
「そっか、京志義兄さん、造形美術のある大学に行ってたんだっけ?」
「そうそう。あの頃は、自分の作品が世に出る為ならどんな事でもやるって意気込んでたからなぁ〜。ま、儚い青春の一ページってやつだよ」
少し懐かしそうに遠くを見つめる。蝉の声がどことなく煩い。残暑が厳しいのか、それに訴えかけるように蝉が鳴いている。その声は、青春を謳歌している仁都たちに対しても、青春が過ぎ去った京志に対しても何かを訴えているようだった。
「全部の夢は夢で終わっちゃったけど……それでも一つだけ叶ったことがあってね」
視線をそっとスタンドライトへと落とす。愛おしそうに撫でているその姿を、仁都と坂田はただ黙って見つめていた。いつの間にか、作業の手が止まっていたのだ。
しかし、それを咎めることなく京志は話を続けた。
「一つだけ叶った夢、それがこれ」
これを美由に渡すことだった、と言った。
学生時代、旧友はみな違う大学に行ってしまい、友達も出来ず黙々と、京志は学校生活を送っていた。
【君の作品はどうしても愛がない。誰かの為に作品を作ろうとは思えないのかね?】
入学当初、作品を提出した時にそう言われてしまった。綺麗なだけで中身に味がない。そう批評されたせいか、余計に孤独な学校生活を送るようになっていた。
そんな中で出会ったのが美由だった。サークルの仲間を探していたようで入らないかと誘われたらしい。
サークルは義務ではない大学だった為、面倒だった京志は何度も断り続けた。それでも何度も何度も声をかけてくるのでなぜ、自分を誘て来るのかと聞いたところ……
「「……聞いたところ?」」
「あはは、二人とも思ったよりも食いつくね」
いつの間にか、二人はのめり込むように京志の話を聞いていた。
「そりゃあ、気になるしね〜。甥っ子としては〜」
「というか、美由さんの方が歳上だったんですね」
「あれ、仁都に言ってなかったっけ?」
「多分、年齢までは聞いてないよ〜。美由さんに失礼かな〜と思って。多分、そうくんもすーちゃんも聞いてないと思うよ」
「そっか、ごめんごめん。美由さん言ってるもんだと思ってた」
「意外と年齢気にしてるんだよね〜。まぁ、そこも含めて可愛いところではあるんだけど」
「でた〜、惚気〜。ほらほら、義兄さん話を続けてよ〜」
「はいはい」
……聞いたところ、思いもよらない返事だった。
「貴方の作品、いつも見てて思ったの。あんなに素敵な作品だもの。きっとウチで入って作ったら、もっと素敵な作品になるんだろうなって!」
その時の美由の言葉と表情に、京志は電流が走るかのように心奪われた。自分の作品なんて誰も見ていない、そう思っていたからこそ嬉しい一言だった。元々、綺麗な顔をしていたのだから尚更だ。あの笑顔は今思い出しても反則だと。
「……俗に言う、一目惚れってやつかな」
結構ありがちな話だよね〜と笑った。
そして、京志は後にガラス工芸を研究する『ガラス工芸サークル』に入ることになった。それからもう、ぎこちないながら、自分から色々とアタックしたのだという。美由は当日大学二年。一年生だった京志は、なんとかかっこいいところをアピールしようと頑張っていたがなかなか芽を開くことはなく、いつも美由に助けてもらってばかりだった。
「……だからなんて言うのかな。この人の為に作品が作りたいって思うようになって、絶対にこの人に喜んでもらえるようにあの時の笑顔を浮かべながら頑張ったんだよなぁ〜」
彼女は鬼灯が好きだった。自分の作品では見いだせない、幻想的で一番美しいものなのだと。
それから、京志は毎日のようにサークルに参加して、地元の工房にも足蹴なく通った。夏休みや春休みはバイトして毎日のようにひたすらひたすら、鬼灯のガラスを造っていた。
色付けも組み立ても、毎日が失敗続きだった。それでも、彼女の喜ぶ顔が見たくて、手のひらに火傷を負っても続けた。
やっとの思いで完成した時は、来年彼女が卒業する寸前だった。この年の鬼灯祭が最後のチャンス。その日の夜。メンバー全員で花火大会に向かう中、勇気を出して、サークルを抜け出し、二人きりになった。海上で行われる花火大会が始まるその直前にこれを渡した。
『す、好きです!!ずっと、出会ってからずっと!美由さんのことかま好きでした!美由さんのために、美由さんを思って作りました!受け取って、ください!』
フラれても構わない。
ただ、自分が初めて誰かの為に作った作品だから、せめて手に取ってほしい。
そう思い、震える手でそれを渡した。これにまでない、手汗と緊張感に包まれた。
「これを渡したら彼女、なんて返したと思う?」
今思い出してもあれは辛辣だったなあ、と笑いながら指先をくるくる動かしながら言った。
『……世界で一番歪な、愛ある素敵な作品ね』
そう言って、彼女は初めて会った時と同じように、笑って受け取ってくれた。いつもは器用でなんでも作れる自分が、あまりにも正反対の作品を作ってくるものだからビックリしたと笑われたのだ。
『……でも、何故かしら。一番歪なのに温かい作品だからかな。どうしようもなく、嬉しいの。京志くんが私のために作ってくれたこれが、あまりにも不器用で美しくて……私、どうしようもなくなっちゃった』
そう言って、目に涙を浮かべながらそっと静かに微笑んだ。その瞬間、どの宝石よりも何よりも一番輝いていた。
『……もっと、京志くんが好きになりました。これからもよろしくお願いします……!』
と、夜空の大輪を背にお互いの想いを打ち明けた二人は、晴れて恋人同士として新しく人生をスタートした………。
「……ってのが、俺と美由の馴れ初めでした!ね?ありがちな話でしょ?」
「ありがちって……全然ありがちじゃないよー。京志義兄さんの愛のレベルが凄すぎる」
「凄く素敵な話ですね〜!なんだか、少女漫画のワンシーンを見た気分になるね、そーちゃん」
「まあ、下手な少女漫画よりも少女漫画だよなぁ〜。事実は小説より奇なりって言うけどもさ〜」
「なんだよ、それ〜!確かに若干盛ったかもしれないけど、俺から見た視点はそうなの!」
そう言って京志は頬を膨らませて眉を八の字に潜ませている。怒りを表しているのだろうが、小動物か何かにしか見えない程ほんわかとしていた。
「まっ、結局な話、京志義兄さんの惚気話を聞かされたってわけですなぁ〜。ああ、羨ましい限りですこと」
「惚気話って……。こんな話の一つや二つ、高校生の君らにだってあるんじゃないのか?」
「え、ないない〜あるわけない。うちの学科に女っ気なんて一つもないない……こいつ以外は基本的に」
そう言って、坂田は仁都をジトーっと見て指を指す。まるで、裏切り者はここにいますとでも言うように鋭い視線を送っていた。
「え?俺?」
「ほー、仁都くんの方はモテるのか」
「仁都くんの方は、方はってなに?義兄さん?」
「いや〜、モテてるかどうかは分からないですけど、よく女の子に話しかけられますね〜。俺のどこがいいのか分かんないですけど〜」
あはは〜、なんてにへらと笑いながら頭をかく仁都に、坂田は表情変えず、肘打ちでダイレクトに仁都の脇腹をついた。刹那、それは一部の男子生徒全員の恨みと嫉妬を込めた、鋭角のある肘打ちであった。工業科伝統の憎悪の肘打ち……と言う訳では無い。
全ての憎しみを身に受けた仁都は、声を出して呻くこともなくその場で膝から崩れ落ちた。あまりにもダメージが来たのか、脇腹をガードするように抱えていた。
京志は不覚にも笑いながら坂田と仁都の二人のやり取りを見ていた。無自覚な仁都を叱る坂田の姿は母親のようにも見えた。仲が良いのか悪いのか……傍から見れば親子のような二人だ。自分の高校の時もあんな感じだったなあと、京志は自分の高校時代を懐かしむように思い出を噛み締めていた。
さぁさ、彼らはいつになったら作業が終わることになるやら……。
彼らの作業を応援するように竹林や林たちが風に吹かれながらエールを送っていた……。
 




