第36話 みずようかん
第36話 みずようかん
俺と田本、仁都と坂田というペアで分かれて仕事をすることになった。一見してバランスの悪いペアになったと思うが、これには理由があるらしい。俺が誰とでも組んでもバランス(主に身長的な意味で)が悪くなるという声が聞こえた気がしたが、聞こえなかったフリをする。
仁都と坂田は京志さんの手伝いということで、民宿から少し離れた先にある納屋の方へと向かった。かなりの力仕事らしく、体力に自信のある二人としてこの二人が選ばれた。
選ばれた、と言うか消去法で結果的にこの二人が残ったと言うべきか。見た目的なもんだと田本が一番体格が良いし体力も運動神経もありそうなものだが、坂田曰く、
「力仕事なんて田本にさせたら、明日田本が生きているか分からない」という。
あまりにも真面目な顔で言うのでまさか、と思っていたが、実際に割り箸を渡してみたところ、ぐぐと顔が真っ赤になるまで力を込めないと割れないようで確かにこれは無理かもしれないと思った。
おいおい田本さん、その体格は見た目だけですか。神様はなんて所にこのイケメンに欠点を与えたものだと不覚にも笑ってしまった。
なぜ俺が除外されたかと言うと、身長的な意味で、だ。登ったり降りたり高いところに手を伸ばしてする作業が多いので170cm以下はなかなか難しい作業だと言われてしまった。身長的な問題と言われてしまっては仕方ない。仕方はないのだが、こうも涙が出そうになるのは何故なのだろうか……。
残った俺と田本は民宿で扱うタオルやシーツなどの洗濯類を干すこととなった。干すだけ、と言っても種類も量も多い。大体大きな洗濯カゴ三つ分と言ったところだろうか。
この炎天下の中でこれだけの量を干すと考えるとそれだけで気が滅入りそうだ。民宿の裏に物干し竿があり、そこが乾し場となっているので
田本と二人で量を分け……といっても比べたら、そりゃあ俺の方が力があるわけで、俺が洗濯カゴ二つ持って乾し場へと向かったのだった……。
「風が気持ちいいね〜」
「こんだけ風通しと日差しが良かったら、乾くもの早いだろうな」
「お日様が明るいし、洗濯物も気持ちいいだろうね」
「俺らは暑くて仕方ないけどな」
民宿の裏はちょうど高台になっており、目の前には青く澄んだ海、それに連なった活気溢れる街並みが顔を覗かせた。裏手は木々や竹林が生えた山になっていた。風がよく通るからか、竹林と木々たちが会話するようにザワザワと大きく揺れていた。雑草などの草花は整地されているからか干し場の足元は思ったよりも悪くない。
パッパッと皺を伸ばして竿に洗濯物をかけていく。タオル類やシーツ類は同じ長さになるように干すのではなく、長さを少し互い違いにするのが一番いい。尚且つ、どちらか片方が三角形になるように斜めに干すのがいい。
風の通りによって水滴は下の方に集まりやすいので、三角形の頂点に水滴を集めるいめーじだ。
部屋の中で干す際も同じで、その方が乾くのも早い。
しっかりと皺を伸ばして軽く洗濯バサミで止めるのが一番ベスト。
飛ばされないように洗濯バサミを沢山つける人も中にはいるようだがそれだと余計に悪いので控えた方がいい。
本来なら蛇腹干しと言って、その名の通り、ピンチが沢山ついた角型ピンチハンガーなどにジグザクに干すのがいいのだが、今回は量が量だから敢えてしなかった。
ちなみに一人暮らしとかの人にこそ、蛇腹干しはおすすめだったりする。
そう田本に言うと、おおーっ主婦っぽーい、と小さく拍手までされた。そんな拍手りされるようなことをしていないはずなのに、田本に褒められると何故か照れてしまう。
「俺、家事とかはほぼお手伝いさんがやってくれてるからそういうの逆に慣れてなくてさ」
「あー……なんかそんな感じする。田本そういうの苦手そう」
「う〜ん……一回だけキッチンに入ったことあるんだけど、色々あって立ち入りが禁止になっちゃった」
「ハハハ……なんとなく想像できる」
その点どっちかっていうと雀宮くんは家庭的だよねー、と言った。確かに、普通の男子高校生が主婦みたいにシーツやタオルの干し方に拘るのは中々いないと思う。
両親の海外出張が多いため、昔から当たり前のようになっていた。
昔は姉貴が家事全般をよくやっていたものだが、俺が中学に上がる頃からは交代制になり、姉貴が就職してからは全く逆の立場になった。一応交代制ではあるが、基本的には俺が全部やっているようなもんだ。
帰宅部である理由もそれだ。基本二人暮らしに近いのだから、学校以外で家を長く開けていられない。部活に入ることに特に興味は無かったし、ある意味これが部活だと思えば苦ではなかった。
「……よーし、ある程度終わりが見えてきたね」
干し始めてから十五分たった頃だろうか、残りあと半分と言ったところだろう、田本は首元のタオルで汗を拭いながら軽く息をついた。
「少なそうに見えて、意外に多かったんだな」
「鬼灯祭がある時は基本的にこんな感じかな?オフシーズンの時も手伝いに来たことがあるんだけど、こんなに多いのは鬼灯祭の時だけかな〜」
「ふーん……。ってかさ、さっきから言ってるけど鬼灯祭ってなんだ?あの植物の鬼灯になんか関係あるのか?」
そう尋ねると、シーツのシワを伸ばしながら「あっ、そっか!」と手をポンと叩いた。言ってなかったよね、ごめんねーと申し訳なさそうに微笑んだ。
「干し終わったら、ちょっとだけ休憩しようか」
仁都たちにはナイショだけど。と悪戯っぽく笑った。真っ白なシーツが、風に吹かれてバサバサと踊っている。山風を受け、スカートのようにふわりふわりと柔軟剤の香りを漂わせていた。
香りにのるように、高台から街を見下ろせば、いつの間にか街には提灯飾りが鬼灯のように溢れ返っていた。
洗濯カゴを片付け、民宿の入口近くにある縁側に腰をかける。ちょうど美由さんが帰ってきていた頃だった。レストランの片付けが済み、麦茶を飲みながら休憩していたようだ。
一緒に飲む?と、氷の入ったコップと麦茶の入ったポットを持ってきてくれた。ポットから注がれるお茶の音が心地いい。氷が熱で溶けてカランッと落ちるのも、風鈴の音と重なってまた風情がある。
貰い物の水羊羹がちょうど三人分あったらしく、あの三人には内緒だよ、と美由さんは口元に人差し指をあてて笑った。
地元の商店街にある和菓子屋さんから貰ったものらしく、ほんのり甘いこし餡の水ようかんが舌を通って喉元に静かに落ちる。小豆本来の美味しさが伝わり、麦茶との相性も良かった。
食べ終わったら適当に流し台に置いていいからね、と伝言を残し美由さんはまたどこかへと行ってしまった。
民宿とレストランの営業はかなり大変なものらしい。つくづく、俺には向いてないことだなと思った。しばらくお茶を飲みながら当たり障りのない話をしていると、話しのキリがいいところで、田本は静かに話し始めた。
「……じゃあ、そろそろ鬼灯祭について話そうか」
コップの半分ほどまで麦茶が進んだところで、溶けたカランッと氷が二度目の音色を奏でたのだった。




