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第25話 ぼくらのひみつ

 第25話 ぼくらのひみつ


 ……いつの間にか気づくと体が先に動いていた。


「んなっ……!!な、なんだコイツ!!」


「すず……めの……み……やくん……?!」


 田本の顔に二発目の拳が入る、まさにその瞬間だった。腕を顔の前で組んでガードし相手の拳を受け止めた。自分よりも体格のいい不良だ。多少の反動が体に痺れたが、それは蚊に刺された程度だった。


体全体の重心を腕にかけ、両腕を崩すように相手の拳を跳ね返した。相手の不良は力の差に負けたのか、電気に触れたように拳を離して二、三歩後ろに下がった。


 俺は体制を立て直し、田本を護衛するような形で前に出た。突然のゲストの登場だからだろうか、場にいた不良たちは一瞬、目を見開いてたじろいでいた。


「な、なんだよこのチビ!!俺達の邪魔すんじゃねえよ!!」


 不良達のリーダーなのか、大柄な男子生徒は俺に向かって指を指した。ああ、めんどくさい。正直、こんな手は使いたくなかったけどしょうがない……。


「ああ〜うっぜえなぁ〜……」


 と、くしゃくしゃと頭を掻き毟った。腹ただしい。この気持ちを表現するにはこれが手っ取り早いのだ。まさか、この手をもう一度使うとはあの頃の自分に、もっと叱責しとくべきだったと後悔するがもうスイッチが入ってしまったのだから仕方ないなと鼻で笑ってしまった。「な、何がおかしいんだよ!」と下っ端の不良が歯向かって来る。だけども、俺はそれすらも怯えたチワワにしか見えなかった。


「……いやぁ、いい加減やめてくれないかなあって」

「は、はあ?!」

「あったま悪いね〜、こう言ってんのが分かんないかな〜」


 そう言うと、俺は顔を上げて思いっきりにやりと笑った。


「……その汚ねえ手で俺を指すのやめろっつってんのが聞こえねえのかよ、バーカ」


 その一言で、その場の敵味方全てが凍りついた。真夏だと言うのに気味の悪い風を感じたかのように相手の顔は真っ青になる。

 効果は絶大だ。皮肉にも、このやり方は手っ取り早く相手を自分のペースに巻き込むことが出来る。

 だからって、まさかこの歳になっても使うとは思わなかったけど。


「…なんとか言ってみろよ、ゴリラさ〜ん」


 と煽ってみるが、しかし、俺の内心はかなりビビっている。何しろこれを使うとどうしても脳内に【あの人】が過ぎるため、嫌に寒気がしてしまう。

 だが、相手は予想以上に単純というか引っかかりやすかったようだ。顔をタコのように真っ赤にしている。


「んだとこの野郎!!誰がゴリラだ!!ふざけんな!!」


 そう言って、俺に拳を向けた。その大きな手で作られた拳は、当たれば頭蓋骨損傷だろう。一歩間合いを取り、殴られる瞬間にしゃがみ、相手の体へと入り込んだ。

 つまり、相手の拳が俺に対して空を切るのと同時に、敢えてその流れに沿って相手の胸のうちに入り込むのだ。


「なっ……?!」


 俺の行動に相手は一瞬だけ油断した。体の全身の力が抜けている。その瞬間を見逃さず、俺は体を捻りその腕を掴んで、背負い投げの要領で素早く相手の足を蹴り、宙へと投げつけた。


 ダンッ!!と何かが、固いものに落ちる音がする。あたりどころが大正解だったようだ、不良のリーダーはそのまま立ち上がろうとしない。痙攣を繰り返し、驚いた顔をして俺を見上げる。まるで、信じられないとでも言うような顔だ。


「あははっ、おっかしー。威勢だけはいいんだね〜」


 正直、ここまで煽らなくてもいいんじゃないかと、最後の砦である良心は言ってくる。確かにそうだ。ここまで煽らなくていいと思う。だがそう気づいた時はもう遅かった。


「んやろおおお!!!兄貴になんてことしてくれてんだあああ!」


 次々と不良たちが、仇討ちかとでも言うように突撃してくる。だが、動きがワンパターンだ。

 殴ってきた拳の関節を叩き落とし、相手の胸のうちに入り込み、くるりと背を向け、両肘で腹部あたりを、力を込めて何度も殴った。

 がぁっ、と口から呻き声のようなものが聞こえた。

 相手が後ろにのけぞった、その瞬間に、体を正面に向け、右足で相手の顔面を目掛けて蹴り飛ばす。まあ、それは威嚇で実際は蹴ってはいない。足先を相手の鼻先ギリギリで足を止めた。


 すると、相手は気絶したようにふらふらとしゃがみ込んで倒れた。一種の猫だましだ。畳み掛けるように連投すれば恐怖の方が勝って殴られてなくても殴られたように感じる。一種の技である。皮肉にも一番最初に覚えた技がこれだった。

 呆気なく二人を倒したからか、最後の大柄の不良は震えながら、その辺にあった鉄パイプを持ってこちらに歩み寄ってきた。


「ふ、ふざけんなよこのチビィィィ!!!」


 そう言って鉄パイプを振りまして近づいてきた。あれに当たれば頭蓋骨損傷どころか、当たりどころどころが悪ければ植物人間まっしぐらだろう。

 ……だが、それがなんだと言うのだろうか。あくまであたればの話だ。あたらなければこちらの勝ちだ。


「死ねチビィイイイイイイ!!」


 そうやって大きく振り降ろした瞬間、左手だけでそれを抑えた。力は相当入れているようだが、俺にとっては赤子にしか変わりない。武器を扱う人間は、武器を持っていることに優越感を得る。だからそこを叩き潰すのが早い。

「な、なんなんだよコイツ……!」と、声を上げるのを合図に俺はそのまま鉄パイプを半回転させた。相手の手首も一緒に半回転するため、いてぇ!と声を上げて鉄パイプから手を離した。

 待ってました、と瞬時に相手に詰め寄り相手の襟元を思いっきり掴み自分の顔へと寄せた。


「ひっ……!!」

「チビだからって舐めてっと……」


 顔を真っ青にして、この世の終わりかのような表情に、ニヤリと口角をあげて笑いかける。


「……殺すぞ?」


 そう言って、顔を思いっきり振り上げて相手のおでこに自分のおでこを思いっきりぶつけた。ぐはっ、と白目を向いて涎を垂らしながら糸が切れたあやつり人形のように、だらんと体を地面に落とした。


【……常に、どの場においても自分が優位であることを忘れない】


【自分がこの場で一番上だということを相手に教え、支配するのが弱者が勝てる方法だ】


 そう、いつも口癖にしてたっけな……。


 ふう、と両手をパンパンと払い、制服の襟を整え、一人この場に残った女に目をやる。女子生徒は全身を震えさせながら「嫌だ、殺さないで……!!」と泣きながら懇願してきた。

 いや、待てよ、なんでそうなるんだよ。殺してないだろ。見てみろ誰一人血を流してないだろ。

 流してるとしたら田本しかいねぇよ。


「……殺されたくなかったら、こいつら起こして早くどっか行けよ」

「え、ええ?!」

「俺、今凄く簡単なお願いしたんだけど分かんなかったかなあ〜?」

「い、今すぐ起こします!」


 そう言って一礼したあと、女は全員をビンタしたり体を叩いたりして叩き起した。何が何だか分かっていない不良達だったが、俺の顔を見てサーっと血の気が引いたようだ。「す、すんませんでしたああ!!」と、蜘蛛の子を散らすようにワーッと逃げて行った。


「…逃げ足だけ早いとか、本当にそれでも不良かよ」


 などと、不良への見当違いは風評を述べていると「うぅっ……」と呻くような声が聞こえる。

 その声は田本だった。なんとか、立ち上がることができたのか、壁に手をつきながらお腹を抑えている。


「おい、田本!お前、大丈夫……なわけねぇよな」

「あ、ははっ。まあまあ、痛くて、仕方ないけど……これは、しょうが、ない、からね」


 喋るのも辛そうだ。口の中と唇が切れているのか赤々とした鮮血が顔のラインに沿って流れている。

 不気味なことに、それすらもイケメンは映えるのだから恐ろしい。


「すず、めのみや、くんは凄いね。あいつら、やっつけられる、なんて……」

「いいから喋んな。とにかく、警察……いや、仁都か坂田に連絡を……!!」


 と、スマホを出すと、田本は腹を抑えていた大きな手を俺のスマホにかざした。額に汗を流し、はあはあと息をこぼしながら、目線を下に向けた。


「……お願い、誰にも言わないで」


 それは、田本の悲痛な叫びに聞こえた。あいつらに殴られたことよりも、警察や仁都たちに言われる方が嫌だとでも言う子供のように……。

「でも」と言いかけた口を閉じて、俺はそっとその手をとって自分の肩へと回した。


「……この路地裏の先に公園があるからそこで休もう」

「すず、めのみや、くん……」

「残念ながら、俺は仁都や坂田と違って背が足りないけどな」

「……そんな、ことないよ。あり、がとう………」


 そう言って、俺達はゆっくりと光の世界に背を向けて路地裏の先へと歩を進めた……。














初のアクションシーンですね。

裏話等はTwitterにてお知らせしてます。

感想等の支援お待ちしております。

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