第24話 まさかのいちめん
第24話 まさかのいちめん
「……はあ〜、やっと終わった〜」
ワイシャツの襟元でパタパタと仰ぐ。僅かではあるが、鎖骨を通り抜け、体内に涼風が届いた。あっつ〜と愚痴を零しながらうなじの汗をタオルで拭う。恐ろしい。この店は何度来ても慣れない。ここはある意味、女性のオタクの皆さんの戦場だ。俺みたいな奴が来るところじゃない……!!
現在時刻、夜の七時半。街に足を踏み入れれば、入れ替わり立ち替わり激しく人が流れている。飲み屋や飲食店からは、酒飲みのおじさんの笑い声が絶え間なく響いている。見れば、若い社員さんがおじさんを宥めている。社会人って大変だな、いつもお疲れ様です。と心の中で激励を送り、横目でその場を通り過ぎる。
飲食店から漂う美味しい誘惑に負けないように足早に駅へと向かった。これは腹の虫と俺の忍耐力の戦いだった。
だが、姉貴からのおつかいの精神的ダメージが大きく、俺は今すぐにでも誘惑に負けそうになっていた。疲労の波がとてつもないのだ……。
「こちらの商品、本日当店では特典がつきますが、どちらに致しますか?」
「へ?」
……それは、つい先ほどのことだった。
女の店員さんはどこかニコニコと笑い、返答を待つようにカウンターに数人の私服姿の男性キャラのタペストリーを並べている。あはは、と苦笑いしながら俺の脳内会議室はパニックでひっくり返っていた。
週末ということもあり、混みあう時間にちょうど重なってしまい、並ぶこと約十五分。やっと会計ができるとホッとしたところにとんでもない爆弾を投下されたのだ。
いや、分かる。経済的戦略としてあらゆるゲームに特典をつける企業は多い。スマホゲームやダウンロード版が多い中、ソフトを売るためにはそういう努力があるという事は知っている、知っているのだが……!!俺は全くこういう類は分からない!でも、だからと言って……。
「…あ、あの、俺、姉のおつかいで来ただけで、その……全く知らなくて……」
なんて言えるわけがない!大の高校生が、はじめてのおつかいみたいに思われるのは御免だ!!だからと言って特典を貰ってこなければきっと姉貴に後々殺される。それは確定事項だ。
だけど、適当にパッと見で選んできた場合も、姉貴の好みに合わなければ絶対に殺される自信しかない。
どっちを選んでも社会的にも物理的にも死ぬことになる。
……というか、あちらの角の本棚のコーナーから何人かの視線を感じる。試し読みの本の表紙が男同士の少女漫画みたいなのだったのには触れないでおこう。
そうじゃなくても乙女ゲームを二本持って挙動不審になる学生とかかなり目立ってしまっているのだろう……。うん、自覚はあった、泣いてない。
まあもうここまで来たのなら割り切るしかない。選ばなければどっちみち帰れないのだ。さっさと選んで帰ろう……と思ったが、肝心の姉貴の好みが分からない。あいつ、イケメンが好きってだけで実際にどのイケメンが好きかなんて言わないもんなあ……。
と、う〜っと悩んでいると店員さんは察してくれたのか「お先に商品の方袋にお入れしますね」と会計の手順を先に済ませてくれた。
「あ、すみません!ありがとうございます」
「いえいえ、こういうものって悩んじゃいますよね〜。私もよく悩むんですよ〜」
「そうなんですか。確かに、かっこいい男の子ばかりで迷っちゃいますね……」
どっちかっていうと姉貴に殺されない無難なのが何かで迷ってるんですけどね……。
と無理やり笑みを作って答えると、向こうの方からキャーと言うような声が聞こえた。俺は聞こえないふりをした。何度か見返して度もうこれは選ぶだけ選んで、要らないって言われたら俺が貰えばいい。そう思い、適当に黒髪の男性を指さした。
「……じゃあ、この人で」
「はい、桐生さんでお間違いないですね」
「はい、お願いします」
桐生さんと言われた男性キャラのタペストリーは丁寧に、ソフトと一緒に紙袋の中へと入れられる。プチプチで巻いてあり、衝撃や雨対策にも徹底していた。レシートとお釣りを貰って俺は足早にお店の中を出た。このままいたら身の危機を感じると思ったからだ。
もう二度と行きたくない。俺は心の汗を流しながらそう誓った……。
という訳で、現在に至る。そもそも、実の弟に乙女ゲームを買いに行かせる姉とは一体……。
今思えば、タペストリーは適当というよりかは自然とそのキャラを選んでいた気がする。
店を出る際、店頭に貼ってあったポスターにそのキャラが載っていた。よく見れば表情とか髪色とか雰囲気が『藤見』さんに似ていたのだ。
藤見さんと言うのは姉貴の会社の後輩。って言っても、俺としても姉貴としても藤見さんのことはずっと前から知ってるんだけども。
姉貴はきっと未だに忘れてない。今はこんな風に残念な女になってしまったけど、それでもきっとまだ藤見さんのことは……。
二人をこんな風にさせたのは自分のせいだと分かってるからこそ、藤見さんのことについて触れていいのか触れなかった方がいいのか……。
今思えばタペストリーの選択肢ミスった気しかしなくて、姉貴に滅多刺しにされる運命しか浮かばなかった。やばい、藤見さんを思って選んだなんてバレませんように。神様お願いします、お願いします……!!
と、心の中で神頼みをしていたその時だった。
「オラァっ!!なんとか言ってみろよ!!この貧弱風情がァ!!!」
荒々しい男性の声だった。周りを見渡すが、気づいていないのか、気づかないフリをしているのか通行人は誰一人声には気づいてないようだ。この時間帯の街中は騒がしい。もしかすると、街頭テレビか何かの音声だったのかもしれない、と歩き出した時、ガサッと言う音とガランゴロンと何かが転がる音が聞こえた。
今のはハッキリ聞こえた。ボールとかそういう物が転がる音ではない……。今のはどちらかと言うと、大きな物体……。
嫌な予感がしてもう一度あたりを見渡す。イルミネーションの人工的な光が色を変えて彩っている。店先の明かりがチカチカして目が眩む。強いて気になるとすれば、すぐそこにある路地裏だ。
そこに目をつけた途端、ガランガランッ!!と派手な音を立てて青いバケツが転がってくる。飲み屋の裏とかにあるような蓋付きのバケツだ。中身のごみがこちら側に散乱した。
「調子に乗ってんじゃねえぞぉ!!田本さんよぉッ!!!」
……ハッキリと、罵声の聞いた声がそう言った。
「は……?田本……?」
きっと人違いだ。田本はこんな風に絡まれるような人間じゃない。少なくとも俺が見てた田本は、違う。違うはずなんだ。
きっと、他人だ。違う田本さんなんだ、と言い聞かせるが、妙な勘が働いて胸騒ぎが起こった。
そっと路地裏に近づき、表側に向いた店の壁に背中をくっつけてそっと路地裏の様子を伺った。
目を凝らし、相手に気づかれないように現場を見ると、そこには信じられないような光景が目に飛んできた。
………それは、暗闇の中でも分かるほど、ハッキリと綺麗な銀髪の男が壁にもたれていた。それはまるで壊れた人形のように顔を伏せている。
目の前には不良らしき数人の男子と制服を着た女子が嘲笑うようにそれを眺めていた。
そして、銀髪の男が顔を上げてニコリと笑うと一人の男が綺麗なその顔を殴った。
……そう。田本宗吾が……そこにいたのだ。
遅くなりました。
まさかの田本。次回どうなる?!




