第20話 しせん
第20話 しせん
「お待たせしました〜、こちらプレミアムハンバーグセットでございます」
「あ、はいはーい俺で~す。ありがとうございます〜」
「あと、こちらの方は唐揚げ定食ライス大盛りでございます」
「あ、それは俺です。ありがとうございます」
「…なんか、いっつも思うけど見た目の割に二人とも結構食べるよね〜」
「まぁ、育ち盛りだからかな?」
「うんうん、俺たちは育ち盛りだから~」
「…坂田の場合は絶対に違うだろ」
優越感に浸る坂田を尻目に、俺は少し憂鬱な気持ちでパンケーキにナイフを入れた。
現在時刻は十七時半。ファミレスの店内は俺たちと同じような学校帰りの学生や、定時終わりの社会人が集まっており、とても賑わっていた。あちらこちらから笑い声が飛び交ってくる。女性客が多いようで男性客は俺達の他に何人かという感じだった。
何組かの女性グループがこちらの席をチラチラっと覗いてくる。多分目当ては、仁都と田本だ。坂田と俺ではない。坂田の場合は髪色で見られている可能性があると思うが、ボックス席の通路側で向かい合うようにして座っているのは仁都と田本だ。目線はそっちに行ってしまうだろう。
こちらを見ては、キャアキャアと騒ぐような声が聞こえる。イケメン俳優に会ったかのように気待ちが高揚しているようだ。
現に注文を取りに来たウエイトレスのお姉さんが、仁都が笑顔を見せるとそれに見とれていた様子が手に取ってわかる。
それに、ドリンクバーを取りに行く女子高生のグループは必ずこちらを見るし……視線が自然とこっちに集まるのは俺としてはしんどい。
男性客が少ないとはいえ、俺としては平和に静かに穏便に済ませたいものだ……。
「…ん?どうしたのすーちゃん。フォークが進んでないみたいだけど……どうしたの?」
そう言うと仁都の前には大きなパフェが置かれている。この店一番の大きさのパフェで、五分前に来たばかりだというのにもう三分の一が無くなっていた。
「あ、もしかしておれの会計のこと気にしてる?すずめくん大丈夫だよ~、セットで2200円だから大丈夫大丈夫~」
坂田ははふはふと熱いのかハンバーグと格闘しながらそう言う。鉄板から滲み出る熱気と肉汁が男子高校生の胃袋を誘惑しているのだろう。
「あ、それはもう気にしてない…ってか、は?!なにそれそんだけで2200円すんの?は?!嘘だろ?!」
「残念ながら現実なんです~」
「でも雀宮くん、大丈夫?お腹の調子でも悪いとか?」
「あ、いや、別にそういう訳じゃないんだ……なんて言うかその、視線が……」
慣れてないと言い終わる前に、あー、と坂田が何か気づいたのか付け合せのブロッコリーを食べて飲み込むとナイフとフォークを置いた。
「この二人のせいだな〜わかるわかる」
と、腕を組んでうんうんとうなづいた。しかし、当の犯人、仁都と田本は俺ら?とでも言うようにお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「分かる分かる。俺も最初はの二人の視線がまとまって、自分にも含まれていることが嫌だったわ〜。このイケメンたちと比較されてる気がして鬱だったわ〜」
自問自答しながら、うんうんと、懐かしむように首を縦にふる。すると、えー、と田本と仁都は反論をし始めた。
「えー!いやいや、そーちゃんそれはないないって!俺今まで視線とか感じたことないよ?」
おい、仁都、嫌味か貴様。嘘だろ。初めて知りましたみたいな顔してるけど絶対嘘だろ。ダウト。
「俺もあんまり思ったことは無いなあ…。見られてるって感じたことはあるけど背がでかいからかと思ってたし……」
と言いながら、田本は困ったように笑う。
いやまあうーん、田本は正直でいいんだけどさ…なんか、こう、背が高いっていうピンポイントな所、ある意味俺の心の傷を抉られてる気がする……。
「…まあ、結局こうなるわけですよ、すずめくん」
ちょっときいてるー?!という仁都たちの言葉を無視し、
「…でもまあ、慣れてくるとあれなんだよ。」と坂田は弧を描くように断言した。
「…自分もイケメンに見てるんじゃないか、ってね」
いつも無気力である坂田にしては珍しく、胸を張って嬉しそうに語り始めた。まるでシェイクスピアのように。
「もう、この二人の横にいたら逆に考えるようになったんだよね〜。あ〜、この二人の相乗効果で俺もイケメンに見えるのかな~って。そうしたら視線を感じても気にしなくなったし、むしろ気持ちのいいものに思えてきたよ~」
ふふん、と鼻を鳴らしどうだとでも言いたそうだ。
おいおい!なんだなんだ?!今凄く悲しいこと自分で言ってるはずなのにかなり生き生きして見えるぞ……?!
「……そーちゃん、それ自分で言ってて悲しくない?」
そう言うと仁都はパクっとバニラアイスを口に入れる。その表情はわざとらしく、不思議だなあとでも言いたそうな顔だ。
おいおい仁都、お前、そこで言うか?!そのタイミングで言うもんなのか?!
そう俺が心でツッコミを入れた僅か数秒後の間があいた。
「……別に悲しいとか思ったことないし?」
役者の仮面が剥がれたのだ。坂田は目を逸らしては、そう言い、ハンバーグを大きく切って口の中に頬張ったのだ。頬が膨らむほど詰め込んだ後、大きく咀嚼するがどこか目線は合わせようとしない。これはまるで……
「…あれあれ、そーちゃんもしかして拗ねちゃった?かーわいい!」
おい馬鹿やめろ!と俺が言うのよりも早く、仁都は楽しそうにニマニマとした笑を浮かべる。それは素なのかそれともわざとなのか…見てるこっち側としてもハラハラするほど分からなかった。
「…いや?別に拗ねてないし?」
そう言う坂田はこれまでに無いほどニコニコの笑顔で答えていた。やばい……これはダメだ……拗ねてるとかじゃなくて完全に怒ってる奴だ……!!たまに姉貴が俺に見せてくる態度とほぼ同じ……!!
数多の経験をしてきた俺としてのこの場合の対処法はとにかく地雷源に触れないでそっと回避することだ。絶対に煽ったらいけない。いいな、分かったか?!仁都、地雷源は踏むなよ?!
だが、残念なことに俺の目配せは全く機能することがなく、仁都は容赦なくズカズカと踏み込んでしまったのだった。元不良だから、無自覚に煽り属性があるというかなんというか……。
「…あはっ、やっぱり拗ねてるんじゃん〜!可愛い~!そーちゃんもそういう小学生みたいなところがあったんだね〜!」
仁都がそう言ったその刹那、時間が止まったかのように、一瞬にしてこの場が戦場に移り変わった。戦国時代の合戦が始まるがごとく、おれの目の前にはタバスコという剣を持った坂田と、スプーンという剣をもった仁都が対峙していた。
田本はこの状況下に慣れているのかやれやれと、頭を抱えるように明後日の方向を向いた。
俺は全く状況が読めず、持っていたフォークを皿の上に落としてしまった。
カチカチカチ、ギギギと音を立てながら坂田と仁都の互いの攻防戦が続いていた。仁都も坂田も互いに力を抜かない状況だ。だが、仁都の方は涼しい笑顔で楽しそうに坂田のタバスコの柄の部分をスプーンで阻止している。どちらかと言うと、坂田の方が立ち上がりながら力んでいるように見える。坂田は口を開いて、
「…仁都、パフェの美味しい食べ方知ってる〜?タバスコ一本かけって言うんだけどさ~試してみたくない?手伝ってやるよ〜?」
「あ〜、申し訳ないんだけどパフェはそのままの味が好きだから遠慮しとこうかな~?」
「いやいや、遠慮しなくていいよ〜食べたらハマるって絶対~。地獄に落ちたがごとく美味く感じるからさ〜」
「あはは~!なにそれ本当に地獄見ちゃいそう〜!怖いな〜ー!」
二人の目元はまるで笑っていない。歴史上によくある龍と虎が対峙してるようで、俺は恐ろしくて目も当てられなくなる。が、他の客がなんだなんだとこちらに目を向けてくる。店員さんも不思議そうにこちらを見てくる。やばい、これはやばい。なんとかこの場を収拾しなければ確実に出禁を食らってしまう。
「おい、二人ともやめ……」と、止めようとすると、ちょうど二人が対峙してる下の空間から、田本が顔を覗かせて手招きをしていた。
ん?と思い込み、田本を見ると田本は口元に人差し指を当てて「しーっ」とポーズをとる。そして、ウィンクをしたので俺はなんとなく頷くと、田本はそれを確認してから席を立ち上がり、そして……坂田と仁都の頭をそれぞれ軽く拳骨した。
「あたっ!」「いてっ!」と、二人は糸が切れたようにそれぞれ頭を抱えた。見た感じ、小さい子供にするような拳骨にしか見えなかったのだが、当たりどころが悪かったのか震えるように痛みに耐えていた。
「何すんのそうくん~!」「田本痛いんだけど…」と二人が文句を言い終わる前に、彼らは田本の顔を見て怯えた子犬のように口を閉じた。血の気がサッと引いていき、この世の終わりを見てしまったかのような青い顔をする。
田本のその笑みがどんなものか俺ですら察しがつく。明らかにこの二人よりも憎悪を膨らませているのだ。先ほどまで田本の後ろには後光が見えていたのに、今では般若のお面が見えるほどだ……。俺まで何かして叱られている気分になる……。
「…はい、二人とも。俺達のルールはなんだっけ?」
まるで裁判か何かのようだった。裁判長である田本がそう質問すると、罪を犯した坂田と仁都は
「「た、他人に迷惑をかけないことです…」」
と恐る恐るそう口に出すと、田本は笑ったまま薄らと目を開けた。
「じゃあ、分かるよね?喧嘩はナシだよ?……いいね?」
そう言うと、二人は身震いをしてから「はい……」と互いに返事をした。すると、「ならば、よろしい……なーんてね」と笑うと田本は自分の席に座る。すると、何かあったのかと尋ねてくる店員さんに「なんでもないんですよ、ご迷惑おかけしてすみません」と笑顔で対応すると店員さん安心したように安堵のため息を吐いていた。対応の仕方が男子高校生じゃない……本当に高校生なのか田本は。
すると、仲直りをしたのか仁都と坂田は田本に聞かれないようにかコソッと手のひらで隠しながら互いに小声で話し始めた。
「怒った田本とか久しぶりに見た気がするんだけど…こええ……」
「でも、まだ本気でキレてないからマシじゃない?」
「本気でって言うか、多分すずめくんいたから怒れなかったんだと思うよ…」
「え、俺?」
「あー、なるほど…確かにそうかも。じゃあ、すーちゃんいなかったら俺ら死んでたわけね……」
「喧嘩するなら田本がいない所でするしかないな……」
「賛成~」
「つーか、それもどうかと思うんだけど…ってかそもそもお前らが喧嘩しなければなあ…」
「……んー何の話をしてるのかな?君たち」
気がつけば店員さんと話をつけたのか田本がこちらを向いていた。赤点のテストを母親に見つけられた子供のように言葉に喉を詰まらせてから、
「すーちゃん可愛いなってね、話をしてたんだよ!」
と仁都は、思いついたように俺に抱きついて頭をくしゃくしゃと撫でてきた。そうそう、すずめくんって美人だよねーってさ、と坂田も同意するように俺の頭を撫でてきた。大きな手が俺の頭に覆い被さる。おいこらやめろ!髪が乱れる!タダでさえクセがあるんだからさ!
「やめろ!ってか、可愛いとか言うなよ!気にしてんだからさ!」
「えー!事実なんだから気にしなくていいと思うし、自信もっていいんだよー」
「そうそう、こういう可愛い男子高校生はこの時代では貴重なんだよ~、すずめくん」
「いやいや、可愛いって言われて自信もてるとおもうか?!」
と、二人に良いように扱われていると田本はあははと、吹き出して「やっぱり雀宮くんって面白くて可愛いね~」とニコニコと笑っていた。それはどこか和んだような穏やかな菩薩のような顔だった。
え?!いやいや、何でそうなるんだよ!ここでこそ怒ってくれよ!なんで?!なんで?!え、俺がこの二人に遊ばれてることはいいんですかね田本さん?!
と、田本の新しい一面を垣間見えたと同時にこの四人の中で俺の扱いがどういうものなのかイマイチ分からなくなったのである…….。
(いいなあ~俺も雀宮くんの髪の毛撫でてみたい)
(でしょでしょ?!凄いの!!いい匂いがしてやわらかいんだよ~)
(やめろ、勝手にプレゼンするな!)
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