第13話 はじめまして、こわくてやさしいひと(2018.6.30加筆修正済み)
第十二話 はじめまして、こわくてやさしいひと
「……ふーん、君が話題のすーちゃんかぁ」
「え、わ、話題……?!」
「うん、新しいおもちゃ買ってもらった子供みたいに話してんの。すーちゃんすーちゃんって」
「は、はぁ、そうなんですか……」
「……ねぇ、仁都がすーちゃんって呼んでるし、俺はすずめくんって呼んでもいい?」
「あ、はい……。俺は別に、なんでも大丈夫、です……」
「そんなに堅苦しくならないでいいし、敬語もいらないよ?俺のことは坂田とか空琉とか適当に呼んでくれていいから」
「えっと……じゃあ、坂田で」
「えー、それじゃ普通すぎるよすーちゃん!そらるん、とかは!?フレンドリーな感じで!」
「……お前のそのネーミングセンス、どうなってんの?」
俺は思わず目を細める。最近の女子高生でもつけないような仁都のネーミングセンスが、わりと真面目に心配だ。
「分かるわ~。出会った人全員をあだ名で呼ぶからな、こいつ。お前の壊滅的なネーミングセンスの被害者、どれだけいると思ってんだよ」
「えー、そんなに酷い?俺、結構真面目に考えて言ってるつもりなんだけどなー」
「真面目に考えてあれなのが信じられないんだけど?」
坂田のその言葉に、俺は心で頷きながらイカ焼きを齧った。焦がした醤油の深みのある味と溶けたバターの芳醇な香りに、肉厚なイカの弾力感がたまらなく二口目を誘う。
仁都に、自分の顔よりも大きいやつだよ食べれるの?と小学生扱いされたのが不服だった。普通に食べるぞ、食べ盛りの男子高校生だぞ。むしろまだ足りないレベルだ。
俺の隣に坂田が並び、同じようにイカ焼きを齧っていた。猫舌なのか、齧っては熱そうに口をはふはふと動かし、苦戦しながら食べていた。
目元が猫目に見えるからか、雰囲気もどこかしら猫っぽく感じる。背が高く、喋り方もおっとりとしていた。俗にいう無気力系男子という奴なのだろうか。
彼の名前は、坂田空琉。仁都と同じ学科の同い年。身長は仁都より少し低めだが、俺よりも高いことには変わりなかった。
紫色の髪は高校に入ってから染めたらしく、元々の地毛は黒だと言う。髪を切りに行くのも面倒らしく、伸びきった髪は一つにまとめているため、髪型はそこで落ち着いているらしい。
たまに不良に間違えられるらしいが、成績は学科内で一桁ラインにいるそうで、喧嘩とかはどちらかと言うと避けたいタイプのようだ。
仁都とは入学して隣の席という縁で友達になったのだという。記憶が正しければ、あのネーミングセンスの第一被害者は自分だ、と天を仰ぎながら嘆いていた。
食べ物強奪事件から数分後、仁都が俺のたこ焼きを食ったペナルティとして、坂田の提案により、祭りの間の財布は仁都持ちということになった。
俺を間に挟み、三人横に並んでイカ焼きを齧る姿はやけにシュールだった。俺はその巨人二人に挟まれたことにより、改めて自分の成長期の遅さを恨んだ。
「いや~、そーちゃんとすーちゃんが仲良くなってくれて俺、嬉しいな~!」
仁都は嬉しそうにうんうんと頷いた。まるで自分が引き合わせたとでもいうような言い分だ。お前はお見合いの仲介人をする親戚の叔母さんか。
「なんでお前が威張るんだよ」
「えー、だって友達と友達が友達になるなんて、素敵なことだと思わない?」
それはそうかもしれないが……お前が言うと腑に落ちないというか納得したくない。確かに、こうやって喋れる相手が増えるのは嬉しいが、なんかこうも釈然としない。
能天気というか呑気というか……仁都と喋ってるとたまに疲れる時がある。こいつが本当に何を考えてるか未だに分からない。
「すずめくん、あれなんだよ。あれでも仁都は本当に喜んでるんだよ、自分のことのようにね」
「あれで喜んでるのか……」
「まぁ……あれは分かりづらいからね。長く付き合っていけば、嫌でも分かるようになるよ~」
と、若干疲れたようにため息をついていた。見たところ、坂田も仁都で何かしら苦労しているのが伺える。妙に親近感が湧く。
ふと、スマートフォンを見ると、メッセージの通知を告げる緑のランプが点滅していた。今の今まですっかり忘れていた、姉貴からかもしれない。これはやばいのでは……?!
頭から角を生やしている姉貴を想像しながら恐る恐る画面のロックを外すと、メッセージは姉貴からだったが、『もう先に帰る。あとは楽しんで』という内容だった。
機嫌をを損ねたわけではないようだ。あとは楽しんで、とのことなので多分、祭りに飽きたのだろう。飽き性でもあるからなぁ、うちの姉様は。
『遅くならないうちに帰る』と返信すると『気をつけて~』と帰ってきた。なんとも味気ないが、機嫌が悪いのよりはマシなのでこれで満足しておこう。
……屋台の通りを巡れば巡るほど、人はどんどん増えていく。仁都と坂田の背が高いので、迷子になることはないのが唯一の救いだ。
むしろ、仁都の見た目のせいで目立っているという印象が強い。こんな絵に描いたようなイケメンが歩いていて、振り返らない女性はいないのだろう。
チビで童顔な俺としては、かなり複雑で悲しい気持ちである。モデルではないか、芸能人ではないかという声が耳に届く。
当の本人は届いていないのか、気にしていないのか、何事も無いようにイカ焼きを頬張り続けている。
そんな視線が集まる彼の横に並んでいるからか、自分も見られているような気がして落ち着かなかった。
周りから見られることには慣れているが、視線が自分に集まるのは得意ではない。それは、俺が照れ屋だから、シャイだから、なんて言葉で片付けられるものではない。
祭りの音楽を背に、心の奥に仕舞っていた記憶が俺の体を蝕んだ。途端に周りの騒音が遮断される。姉貴が、俺にこの帽子を被せた意味が分かった気がした。
『俺に視線が集まらないこと』それが、姉貴なりの配慮だったとしたら……。帽子を深く被りなおし、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
人だっていっぱいいるし、『あの時のカメラのフラッシュ』も無い。帽子だって被っているのだ。誰も、俺の髪の色なんて気にしてないはずだ。そうだ、大丈夫……。
人々の声が段々と高笑いになっていくのを感じる。腐敗した食べ物に群がる蝿のように俺の周りを飛び交う。いつの間にか俺の頬を伝うように汗が流れ出た。
「……すずめくん、大丈夫?顔色あんまよくなさそうだけど」
ハッとして顔を上げると、坂田が少し屈んで俺の方を見ていた。眉をひそめ、心配そうに見つめる顔がぼんやりと俺の目に映った。
「ああ、えっと、その、視線が……」と、答えながら俺は帽子にかけていた手を離した。
「あー……そういうこと。確か、すずめくんはあいつと知り合ってまだ日が浅いんだっけ?だったら慣れるまで大変だね~。あいつは、有無も言わさず人を惹きつけちゃうから」
そう言って重そうなため息を地面に落とす。坂田の視線の先には仁都がいたが、奴はかき氷屋を見つけたようで買いに行っている。
その後ろ姿ですら人が集まっており、屋台の奇抜なお姉さんも仁都に夢中のようだ。というか、かき氷にまで手を出すって、あいついつまで食べ続けるつもりなんだ。
食べ合わせ次第で腹痛を起こすのではないかと、気になってしまう。
イケメンの特権か何か知らないけど俺らが惨めになっちゃうよね~、と言って坂田は敵対視するようにジト目でその後ろ姿を眺めている。
確かに、惨めかもしれない。知らないうちに奴の周りに人だかりが出来ている。満更でもない様子で笑顔を振りまく姿に、なぜか腹が立った。
これはこちらに戻ってくるのに時間がかかりそうだ。俺も適当に近場の屋台でも見ようと考えていると、自分の目の前に影が広がった。
「……ねえ、すずめくん。すずめくんのこの髪って……地毛なの?」
そう言って坂田が俺の横髪に触れようとした瞬間、俺は逃げるように坂田から離れた。どうしてだ、どうして……これに気づいたんだ。
浴衣の袖を大きく翻し、一歩二歩と後ずさる。体を反転させた勢いで帽子が俺の頭から離れて、静かに地面に落ちる。
坂田は、「えっ……」と小さく声をあげて、驚きを隠せないといった表情をしていた。きっと興味本位だったんだと思う、よくある好奇心ってやつだ。きっと悪い意味はなかったはずだ。
どうしてこの色なんだろうって疑問に思っただけなんだ。それだけのはずだと自分に言い聞かせた。それなのに、俺はそれに拒絶してしまった。
人に拒絶された、そういう坂田の表情を見るに耐えられなくなり、俺は「……悪い。俺、トイレ行くわ」と、目を合わせないように吐き捨て、その場から足早に立ち去った。
後ろで坂田が何か声をかけてきたが、それすらも届かない勢いで人混みへと溶け出した……。
「……やっぱり、あいつは惹きつけちゃうんだな」
そう言う彼の声は、それを引き合わせた人物にも聞こえない位の大きさで、夏の風と共に消えていった……。
新しいキャラクターの登場です。
pixivではこのキャラがかなり人気もっていってしまった。
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