南歴304年 三ノ月 【北の国】【ドルクスの学舎】
【神官】ティルは、無事、【北の都】のドルクスの学舎に到着していた。
【北の国】とは、四国のうち、最も歴史はあるが、国力は倦怠している国である。かつての栄華はなく、国家間交渉においても、決して先走ったりはしない穏やかな国是となっている。すでに、国力をあえて増強させていない面がある。
他の三国が、多少、譲歩しているため、国家間においてはバランサー的な役割となっている。現在、産業活動に対する技術進捗は【南の国】【東の国】がせめぎ合っているため、これらの効果は、ほぼ最後に入手する状況である。
【神の頂】の麓に位置する宗教国家であるものの、学術的には、世界の最高峰の学術機関である【ドルクスの学舎】が存在している。ちなみに、国と学舎の仲は、控えめに言って「日頃、仲の良くない隣人」というところであろうか。
ちなみに、ティルやトーマがこれまで生活していた。【東の国】は、【南の国】に次ぎ、栄えつつある国である。覇権を持つ【南の国】の介入に辟易しつつあり、対立構造が生まれてきている。【大海原】と【清き大河】に付する通商国家であった。
「いつも申し訳ありません。【東の都】のトーマさんは、こちらに入学されましたか。」
【北の国】の冬は深い。
【三ノ月】においても、まだまだ、しっかりとした防寒が必要な状況である。広大な敷地に様々な学術研究機関を擁する【学舎】であり、寒さ対策は存分に講じられていたものの、ティル達、【東の国】や【南の国】からの留学生達は、今まで経験したことのない冬に、かなり辟易したところである。
その秋から冬を通じて、一週間に一度、学事課の窓口に顔を出し、トーマが入学したのかを尋ねるのがティルの日課になっていた。
「ティル君っていうのも、罪な男よねえ。【セルフェストの聖女】にここまでさせるなんて・・・」
ティルの友人であるマリーネがけらけら笑っている。マリーネは赤毛の髪を持つ少女で【清き大河】で運輸を営む豪商の娘であった。【ドルクスの学舎】に向かうティルと出会ってからの仲である。
ちなみに、マリーネの発言に、学事課の職員のお姉さんもくすくす笑っている。
ティルとしては、そこまで心配しているわけではない。ではないが、こうして話のタネにされておもしろい訳ではない。そこまで心配はしていなくても、やはり心配はしている。本来、【学舎】の新学期が始まる【九ノ月】には合流しているはずだったのだ。しかし、何やら【大樹海】で携わった案件が予想外に長引いているらしい。
トーマが遅れて【学舎】に着いたとき、入学の手続きがうまく噛み合わず、トーマが途方に暮れるようなことがないように、そうティルは考えていた。
もっとも、トーマのことだから、その寄り道が長くなって、想定した時期に【ドルクスの学舎】に到着できなかった可能性が非常に高い。エイベル総括司教に報告しなければならない役割もある。
それに・・・、ティルにしてみれば、やはり心配といえば心配だったのだ。
----------------------------
3月に1回、水晶球を用いた定時連絡を行うことになっている。
ティルは、【学舎】の教会管轄である神学研究室の水晶を用いて、【東の国】のエイベル総括司教への連絡を行っていた。入学後、3度目の定時連絡である。
ちなみに、水晶内の映像はかなり「ゆがむ」ため、基本的には音声によるコミュニケーションとなる。正直なところ、自分の顔がどのように「ゆがんで」いるのかを想像すると、あまり面白くない魔道具であるが、この広大な距離を繋ぐ魔道具は現在の技術では、まだ、実現できない。
「ティル、残念だったね。折角、【ドルクスの学舎】に通っているのにオーサイト翁の講義がまだ聞けてないんだろう?」
「はい、【北の国】に戻られても【学舎】に寄らず、そのまま、【大樹海】から【北の大迷宮】探索を優先されたそうでして。ただ、そろそろ前期末なので、戻ってこられると聞き及んでいます。」
オーサイト翁とは、【ドルクスの学舎】を永年支えてきた【森人】の研究者である。すでに齢は数百年といわれ、公職としては一教授であるものの、かつては【学長】としても【学舎】を支えてきた賢者である。
「そうか、いろいろと楽しみだね。ティルも友人に会えることだしね。」
「申し訳ありません。トーマは未だ【学舎】に来ていなくて。毎週、学事課に確認はしているのですが・・・。正直、半年も予定を遅れると私も心配で・・・」
「え・・・、学事課から聞いてないの???」
「え・・・???」
「トーマは、もう【ドルクスの学舎】に所属しているよ。前回の定時連絡の後、【学舎】側から連絡があったけれど、ティルも聞いたのじゃないの?」
「いえ、私は毎週学事課に確認をとっていますが、そのような名前の【学生】は、まだ、入学していないと。」
「ははあ・・・、そういうことか」
エイベル総括司教の声がなんとなく悪戯っぽく聞こえたのは気のせいか。
何か事情があることを察し、ティルも静かにエイベルが何をいうか、耳を傾けていた。
「トーマはね。【ナリスの街】で【大樹海】を調査しているオーサイト翁の研究班の護衛に当たっていたのだそうだ。そこでの支援活動に加えて、【落人】からみた「みかた」「考え方」をオーサイト翁が気に入ってね。【北の都】の迷宮探索隊に加入させられたそうなんだ。
だから、トーマという学生を探しても見つからない。
トーマという、新規採用の講師がいるかどうか聞かないとね。
つまり、うちも学費支援をする必要がなくなってしまったわけで。」
ティルは呆れて何もいえなかった。
相変わらず、ナナメ上を進んでいるトーマは、講義より研究を優先しているオーサイト翁に引きずり回されているらしい。
ティルも学舎内で、尊敬すべき、しかし強烈な個性を持つオーサイト翁の噂はよく聞いている。
しかし、入学する暇もなく、その翁に翻弄されているトーマとは一体何者なのやら・・・
「心配して損した気分だわ・・・」
ティルはふてくされた口調で小さく呟きながら、やや安心した表情で微笑んだ。
申し訳ありません。
最終話については、少し加筆をさせてもらいました。
各国の設定もあったので、それを反映させた次第です。
よろしくお願いいたします。




