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【教会】の司教棟の食事室に、トーマとティルは居た。

 すでに昼食時間は終わったらしく、やはり、食事室の広間には、ほとんど人はいない。

 ティルは【教会】の敷地からほとんど出られないまま、【ドルクスの学舎】に出立することになる。辛うじてセルフェスト教区の孤児院に顔を出せる程度であり、表情は冴えない。


 ティルは助祭であるが、18歳にしてレベル39の【神官】である。それは中級者レベルの実績を有し、プロの軍属的な治癒士でもあるということであり、【教会】に来てから、自分の持つ時間の全てを修行に充てるような生活をずっと送ってきたことを意味する-ある意味、それだけ特殊な環境に置かれていたということだが-。


 そんなティルにとって、教区において、純粋に「困っている人を支援する」という行為は、自分がこの世界に存在してもいい、自己を肯定する行為であった。そうでないと、自分の拠り所が無かったと云える。だからこそ、教区での活動に全力を注いできたのであり、【迷宮】で実績を積み上げてきたのであり、【教会】で学んできたのであり、…そして自分の身だけでなく周囲にも危害を及ぼす危険性を生じさせてしまった部分がある。


【落人】トーマという、自分とは全く異なるものの、何とかこの世界に拠り所を得るべく頑張っている人が身近にいたのは、ティルにとって、とても幸運なことであった。トーマの前で自分の今までの姿勢を見せていると、トーマに余計な心的負荷-頑張らなければ、世界に自分の居場所はないという感じ-を与えてしまうかも知れない。

 逆にいえば、その姿を見ていると、自分ももっと肩の力を抜いてやっていけばいいと思う。上司、先輩、同僚など、誰かがずっと、何かの事情を抱えているティルを認識しているとしても。

 確かに、ティルは異分子なのだ。

 しかし、異分子としての度合はトーマの方が高いのだろう。そして、トーマはその違和と向かい合うべく、自分の技能を強めていった。その結果を傍から見て、ティルは異様に感じた。いや、それこそ【異能】なのであろう。


(そこまでやらなくたって、別に、生きていけるんだよ。)


 それは自分自身にも云えることなのだと、ティルは気づいたのだ。






「えー、まだ、修業するの?」


 ティルの呆れた声に、少しトーマは心外な思いがした。


「だって、俺って【猟兵】だよ、一応、隊長にも一人前って言ってもらえたし。でも、本当に【迷宮】だけ。森や平原で、どうやって迷わず進むか、目的地に安全につく出来ることができるかなんて、ノウハウも経験も持ってないもの。」

「いいじゃない、レベル100の【迷宮】の【探索者】で。」

「いやいや、本当に一人前の【猟兵】の技能を身に付ければ、いろいろこの世界を見ていけるんだと思うし。」

「だから、勉強しに行くって言ってなかったっけ。」

「だから、【ドルクスの学舎】に行かせてもらうことになったじゃない。」

「なのに、【ナリスの街】に行くの?」

「だって、半年あるから。」


 ティルは頭を抱えたい気分だった。

 何というか、日程に隙間が空くのがもったいないというか、だから、少しでも時間が空けば何かスケジュールを詰めてしまう…客観的にみると、非常に生き急ぎ過ぎで歯がゆいというか。


「別に、私たちが行く前から【ドルクスの学舎】に行ってもいいんだよ?」

「うーん、でも、もともと決めていたことだし。…不安だし。」


(最後の一言、それがトーマの本音なんだよなあ。)


 ティルは思った。

 自分は、自分のために、「困っている人を支援する」という行為を重ねていた。孤児院での支援は自分のために重ねていたものだと、漠然と派理解していたのだ。「寧ろ自分が助けられていたのだ」とまで云う気はないのだけれど、行き過ぎた熱意を-受ける側にとっても負荷のかかるような-掛けていたのかも知れない。

 それでも、子ども達は笑ってくれた。それが、ティルにとって、もっとも人と人との距離を近づけていた時間だったのだ。

 トーマの場合はどうか。

 トーマは、かの【迷宮踏破者】との家族付き合いに近い関係がそれに当たるのだろう。それにしても、尋常ではない程、【迷宮】にいたからこそ-そうしなければ苦しいからこそ-、今のような【異能】めいた存在と成っている。


(私がトーマを見て、私のいびつさに気が付いたように、トーマは私を見て、自分自身の在り様の違和に気が付くのだろうか。いずれにせよ…)


 ティル自身もまた、これから、様々な出会いを得るだろうし、その時は「もう少し、肩の力を抜いて」自分の在り様を示していくのだと思う。でも、異分子同士として出会ったトーマとは、好悪とは関係なく「特別」な人として、これからも付き合っていくことになるのだろう。

 どこへ行くとも知らないけれど、たまには顔をのぞかせてくれる、ティルにとって、そのようなはじめての友人である。


「まあ、キリの良いところで、【ドルクスの学舎】に行くから。」

「うん、分かった。」

「そのときに…。俺のこと、忘れないでね?」


(トーマには凄く感謝しているけれど、それ以前に、どこの国に、齢19歳にしてレベル100に到達した【異能】の人を忘れる人間がいるのあろうか…。)


 目線を下げて、ぼそぼそと呟くトーマに、ティルはやや呆れた表情を浮かべるのであった。


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