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夜咲き峰の人々  作者: 三茶 久
第二章 火の主の愛し子
121/121

秋の大収穫祭


「うわぁ……予想以上ね」

「どうだ、ルカ」


 ふふん。と、普段感情をあまり表に出さない赤薔薇にしては珍しく、自慢げな様子でルカ見下ろしている。

 周囲を取り巻く人も妖魔も、目の前に広がっている“モノ”に釘付けになっていた。特にトモエは目を爛々と輝かせて、隣のテッドは頬を引きつらせて見ている。菫や雛をはじめとした妖魔連中も、興味深そうな色を隠す様子がない。


「なんていうか……よくもまあここまで集めたわねって言うか……これ、本当に食べられるの?」

「試食済」

「全部……?」

「そうだ」


 結構勇気がいったはずでは。そうつぶやきたくなるのは、致し方ないことであった。




 森の一族中心の戦闘部隊編成はリョウガやアルヴィン達に任せてしまって、ルカは今、別の班に合流している。

 上級妖魔の代表は赤薔薇。もはや執念と言わんばかりに食にこだわる――もとい、食欲のありあまる彼女だからこそ安心してお願いできる仕事を頼んではいたわけだが――いや、もちろん、期待はしていたけれども斜め上に滑る可能性も考慮していなかったわけではなく――なんとまあ、案の定としか言いようのない結果に、ルカは首を垂れた。


「特に気に入ったものを、集めた」

「………………そう」


 赤薔薇の瞳に迷いはない。

 一点の曇りもない深紅の瞳は美しく、疑ってかかっている自分が悪者にでもなったような気持ちになる。

 しかし、横のテッドが必死で首を横に振っている。ゲンテツの愛弟子である彼が否定しているのだ。ルカの感覚は間違っていないはず。


「そりゃあ、冬にも採取できるものとお願いしたわよ? したけど……ねえ」


 秋もすっかり折り返し地点を過ぎ、これからどんどん寒くなっていくであろうこの時期。ソニアとの取引で、幾分か金策は成果を出しているけれども、節約できるに越したことはない。

 今後の取引の難易度を考えても、この地で得られるものに関しては積極的に生産・あるいは採取していくべきだとルカは考えていたのだ。考えていたのだが。



 今、ルカの目の前にあるのは、色とりどりの物体だった。

 どれもこれも、赤薔薇が選び抜いて持ってきた素材だ。この冬、この地で採取可能な“食材”候補として。


 肉好きな赤薔薇だからこそ、集められた素材は獣、あるいは草花の類いになるであろうと予測をしていた。

 しかしながら、目の前の食材候補たちは、輝いている。

 もちろんこれは、比喩ではない。物理だ。みずみずしさなど、かけらもない。物理的に、太陽の輝きを受けて、きらきらと輝いているのだ。青や、赤や、透明に。


「夜咲き峰。石が、豊富だから」

「石」

「妖気も、吸収」

「人化してるみんなにはちょっと」

「かじっても。美味しい」

「かじるのですか」

「じゅわって、する」

「……」


 それはどんな歯ですか? 溶けるのですか? 熱ですか? などと聞くことなど出来なかった。

 そんな質問、幸せそうに語る彼女の前では、無粋と言うものだろう。


「良い素材で、よりよい料理に。レオンの言葉、正しい。ルカ、食す、という文化を持つ人間を、私、尊敬する」


 いつになく饒舌な彼女の表情は、輝いていた。

 血薔薇の死神(ブラッディ・ローズ)などと言われ、もはや伝説級の妖魔である彼女が、人間を敬う。それは人類にとっても大きな前進であるはずなのに、何かが、ちがっている。


「そう……」

「石、食べる。こんな発想、なかったから」


 元々非の打ち所のない華奢な美少女が、そう言って頬を染めている。

 しかしこの顔は、単に悪食ぐらいに目覚めただけだ。人間は石を食べられるようには流石に進化していない。


「ねえねえ、お嬢お嬢。夜咲き峰の石って、食べられるの?」


 にもかかわらず、かの赤薔薇が言うものだから、信じてしまった人間がここにひとり。

 トモエは変わらず目を輝かせて、石のひとつをつまみ上げは、くんくんと匂いをかぎはじめた。


「いやいや、そんなまさか」

「うーん、匂いは……しないなあ。味はー……んべ」

「って、トモエ!?」

「……ああ、これ、石だね」


 べろりと、躊躇することなく石を口に含んでは、彼女は真剣に考察しはじめる。

 その様子に周囲の妖魔たちも興味深そうな顔を見せるが、彼女はちょっと待ってねと皆を止めた。先に己で味を確認したいのだろう。


「ほら、テッド。そっちお願いっ」

「ばっか、トモエ! 毒もあるかもしれないんだぞ」

「お嬢様のお友達が選んだものだから大丈夫だよ。おじいちゃんも言っているでしょう? 味はちゃんと、自分の舌で確かめなさいって……んぶ。こっちも、石の味かー……赤薔薇さん、これの味が分かるの、すごいね」


 悪態をつきながら、トモエは次々と鉱物類を舐めていく。そのたびに、赤薔薇にはどのような味に感じるのか確認していくものだから、頭が下がる。

 こうして仕事と向き合うトモエを見る機会はそう多くはなかった。だからこそ、彼女の研究熱心さが垣間見えて、ルカは瞬いた。



 テッドも似た気持ちだったのだろうか。くしゃくしゃと複雑そうな表情を見せた後、迷うようにして赤薔薇と素材を交互に見た。

 赤薔薇の表情は柔らかく、トモエの質問に次々答えていく。先輩に当たる彼が、悔しそうに目を細めたのを、ルカは見逃さなかった。しばらく考えるように眉間に皺を寄せた後、意を決したように、彼もまた石の一つに手を伸ばす。

 口もとまでそれを持ち上げてしばらく――ゴクリと唾を飲み込んだ後、その石を口に放り投げた。


「……っがっ!」


 しかし、その瞬間、薄鼠色の瞳をまん丸にして、彼は勢いよくそれを吐き出した。

 一つ目にして、初心者には優しくないものを引き当ててしまったらしい。


「っ……ぷえっ! ぶへっぶへっ」


 仰け反った勢いで、彼はその場に倒れ込む。

 後ろに控えていた妖魔にひしっと掴まれては、何とか地面に崩れ落ちることは免れたが、けふけふとむせるような咳は止まらない。


「む。それは格別」

「っぷぇっ。やばい。舌。いかれた。俺の、舌っ」

「赤の素材。強い、味」

「こふっ……こふっ」

「妖気回復量、多い。良い素材」

「くぅ……俺の、舌」


 得意げに語る赤薔薇を横に、テッドが必死に咳き込んでいる。

 同席していた菫が慌てて彼の背中を擦っているが、テッドは涙目のまま崩れ落ちていた。


「そんなすごい味なの? へぇ……」


 先ほどまで石ばかりと消沈していたトモエもまた、その素材に興味を示したようだった。テッドが吐き出した青色の石が、コロコロと地面に転がってゆく。

 赤薔薇は赤の素材と言ったが、見た目はまるで瑠璃のような、深い藍色で、不透明の石だった。


 青というのがこれまた食欲を減退させるが、味もとりあえず食べられたものではないらしい。それでもトモエは気にせず、彼が吐き出した石を拾い上げている。

 用意していた食材用の水で軽く洗って、彼女はそれを口もとへと持ち上げる。


「ちょっと、トモエ」


 ルカの制止も聞かず、彼女はペロリとそれを舌の先で舐めとった。瞬間、彼女の表情もまた、ビリリと強張る。


「わ、すごいよ、これ。舌が、ビリビリする」

「大丈夫なの?」

「うん。味としてはね、面白いかも。ね、テッド?」


 注意して舐めとったトモエには、さほどの被害がなかったのだろう。転がった勢いで菫に抱かれ、今は昇天しかけたテッドをつつきながら、彼に呼びかける。


「だがなぁ、石だぞ。石!」

「うん。でも消化できたらさ、関係なくないかな。そもそもこの素材なんて言うの、赤薔薇さん?」


 きょとんとした顔でトモエが訊ねるが、赤薔薇はその答えを持ち合わせなかった。

 宵闇の妖魔が言うには、坑道の方でよく見かける素材だそうだが、名前は特に無いのだと言う。


「また見に行きたいかも。これは、要研究として。さ、他の素材も調べよっか。ね、テッド!」

「あぁ……今ので舌、いかれたけどな」





 対照的な二人の様子にくすくす笑っていたら、今度はルカの後方から賑やかな声が聞こえ始める。

 振り返ると、機嫌よくごろごろと鼻歌交じりで歩いてくる集団が目に入った。

 錆色の髪の小柄な男を先頭に、みな、背に何やら背負っている。彼らの図体よりも大きな“モノ”を抱えている者もいるから、異様な光景だ。


「おォ、やってるやってる!」


 ぴこぴこと三角耳を動かしながら、男――山猫はルカの隣に立つやいなや、どかりと背中に背負ったエモノを地面に下ろした。


「わっ。大きい」

「当然だろぃ。とりあえず、目に入ったやつから片っ端からとっ捕まえて来たぞ」


 しれっと乱獲宣言をした彼も、彼の仲間たちも、自慢げに本日の成果を前に掲げる。

 それは猪など人間も食べるらしい動物に加えて、見たこともない生き物まで混じっている。王都で暮らしていたルカにはイマイチ馴染みがないが、本では見たことがある。いわゆるモンスターの類だ。

 どやどやと帰ってきた連中が、獣の血の赤とモンスターの血の青やら紫を垂れ流しながら積み上げていく。明らかに、ここにいる連中で食べきれる量ではない。赤薔薇の指示ではあったようだが、分量を伝えていなかったのは完全に失敗である。



「すごいすごいすごーい! みなさん、すごいっ! これだけあると、調理に迷うね? ねぇ、テッド」

「はぁぁ……」


 調理法に心躍らせるトモエの横で、テッドはやれやれと肩をすくめた。


「お嬢様、保存の準備も調理器具も限りがあるんですから。――先に教えてください」

「ああ。うん、ごめん」


 ルカとて、まさかこんな量になるとは思っていなかった。それでも素直に謝るルカに向かって、テッドは違うと首を横に振る。


「どうせなら、狩りから同行させてください。あ、いやそれも大変か――ううん」


 ぼそぼそと自分の中で答えを呟きながら、テッドは立ち上がった。

 そもそもあれだけの分量どうやって調理するのか。味見するにも調理法を試すにも、時間と手が足りない。燻製にするにしても干肉にするにしても、道具が用意できてない。折角だから油も取りたいところだが、と、ひとりでぼそぼそつぶやき始めていた。

 が、すぐに周囲の視線を集めていることに気がついて、彼はびくりと体を震わせた。そして挙動不審なままトモエの方に歩いて行っては、彼女の頭を叩く。


「トモエもはしゃいでないで。血ぃ抜くぞ。折角の食材が台無しになる」

「あっ、うん! そうだねっ」


 テッドの言葉にトモエも大きく頷いて、死骸の山の方へと駆けていった。

 そしてその処理の仕方を伝えようと声に出すのは彼女の方。テッドは一歩後ろに引っ込んで、あれやこれやとトモエに足りないところを指摘していく。

 基本的に頭が回るのがテッドらしいが、彼ひとりでは表に出せないらしい。



 ――なるほど。ゲン爺が二人一緒に連れて来たわけだわ。


 未知のものに物怖じしないトモエと、弱気だけれど冷静に物事を考えるテッド。二人でぱたぱたと動き始める様子は、見ていて気持ちがいい。


 同時に、心にすっと乾いた風が吹いた気がして、ルカは少しだけ笑った。

 宵闇はもう、ルカの手元から離れていこうとしている。琥珀たち建築部隊もそうだが、それぞれが意思を持って動き始めた。そのあたり前の欲が嬉しく、なんだか寂しくも感じる。


「ルカ?」

「――ううん」


 赤薔薇が不思議そうに何度か瞬くが、ルカは苦笑いを浮かべるだけだった。


「お肉、いっぱいだねえ、赤薔薇。試食大変そうだけど、赤薔薇がいるから大丈夫だね」

「当然」


 ふふん、と誇らしげに言い切る彼女の表情に安心する。


「ほらほら! お嬢ぉー! みんなもーっ! 手伝って!」


 そんなトモエの呼びかけに応えて、ルカもまた、腕まくりをした。

 そういえば、実作業に混ぜてもらえるのは初めてかもしれない。

 今日はいち生徒として扱って貰おうではないか。そう心に決めて、ルカも彼女たちの元へと駆けて行った。

赤薔薇は何でも食べられます。


次回、宵闇に関する活動報告と、ルカ自身のお勉強のはじまりです。

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