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◇◆ 九 ◆◇

「ふざけんなよ!」

「は?意味わかんないんだけど」

「お前さ、サラちゃんに告白しただろ!」

「ちげーよ!別に話しかけただけだし!」

「俺達の約束はなんだったんだよ!」

「だから、偶然いたから声かけただけだって!」

「嘘つくな!」

「嘘じゃねーし!」

「お前を信じてた俺が馬鹿だったよ!」

「マジで意味わかんねーわ、お前」

これは、高校時代の私とカズキとのやりとりだ。

私とカズキは、いつも二人で仲良く過ごしていた。互いに趣味が合ったこともあり、一緒に悪ふざけをしたり、遊んだりすることが多かった。自分達のことを言うのもアレだが、私もカズキも割とモテる部類で、よく女の子から告白をされた。だが、どちらもことごとく断っていた。そんなことよりも、友達同士で遊んでいる方が楽しかったからだ。

しかし、類は友を呼ぶとはこのことだろうか。偶然とは恐ろしいもので、どちらも同じクラスのサラちゃんを好きになってしまった。サラちゃんは他の生徒よりも濃い黒髪のボブカットをしていて、元気で笑顔の可愛らしい女の子だった。始めは「サラちゃん可愛いなー」などと言い合って盛り上がったり、彼女が所属しているチアリーディング部の練習を一緒に見に行ったりしていた。

私もカズキも互いにサラちゃんのことが好きなのだということに気付いていたが、敢えて言おうとは思わなかった。二人にとってのアイドルは、ある意味、聖域に等しかった。私ともカズキとも遠い存在、いわば高嶺の花なのだと悟っていた。

しかし、その心地よい距離感は、突如崩れた。

あれは高校三年生の十二月二十三日、クリスマスイブの前日だった。世間はクリスマスムード一色で、翌日を迎える準備に入っていた。

私とカズキは「どうしよう!このままじゃクリぼっちだよ!」などと言って、大はしゃぎしていた。私達の周囲の生徒にも同様の雰囲気が広がっており、彼氏や彼女のいない現状を嘆いていた。私もカズキも本音はクリスマスイブだろうが何だろうが、一緒に楽しく遊べればそれで良かった。しかしこのタイミングで、ある噂が私達の耳に届いた。

「なあ、知ってる?サラちゃんってさ、うちのクラスに好きな人がいるらしいよ」

カズキはどこから聞きつけたのか、そんなことを私に言ってきた。

「誰なんだろう…いいよなー。お前、誰だと思う?」

「そんなの俺が知るわけないだろ」

「そりゃそうなんだけどさ、気になるじゃん」

「まあね」

「俺さ、告ろっかな」

「え、カズキ、やめとけって。討ち死にするぞ」

「でも、もしここでオッケーもらえたら明日は最高にハッピーだぜ?」

「でもフラれたら地獄だぜ?」

「ま、そうなんだよなー。でも、もしあの噂が本当なら、かなり確率高いしさ」

「それはそうだけどさ。うちのクラスって男子が十五人しかいないから、単純計算で十五分の一だってことだろ?」

「しかも明らかに恋愛対象じゃないやつだっているから、実際はもっと確率は高いってことだよ」

「お前が恋愛対象の側に入ればの話だけどな」

「それはそうなんだけど、たぶん大丈夫っしょ」

「……………あんさ、気付いてると思うけど、実は俺はサラちゃんのことが好きだ」

私はこのタイミングしかないというところで本音を言った。

「うん、それは気付いてた」

「できれば、俺はこれまで通り楽しく過ごしたい」

「それは俺も同じだよ」

「もしカズキがサラちゃんと付き合っちゃったら、俺はもうお前と遊べない気がするよ」

「………」

「ここは休戦協定ってことにしない?」

「どっちも告らないってこと?」

「うん」

私にとっては、目先の恋愛よりもカズキと楽しく過ごす時間を優先したい気持ちの方が強かった。それはこれまで私に告白をしてきた女の子でも、例え相手がサラちゃんだとしても、変わらなかった。

「…分かったよ」

カズキはしばらく考えた後、そう結論付けた。

「サンキュ」

私はホッと胸をなでおろした。ここで断られたらどうしようかと思って、内心ハラハラしていた。

残りの時間は、カズキと談笑をして過ごしていた。そしてこの日の授業を全て終え、放課後を迎えた。

私は担任の先生に呼ばれて、職員室に顔を出していた。クラスで文化祭の実行委員をしていたので、その準備のため作業を行っていたのだ。先生からは手際の良さを褒められたが、私自身としては特にこれといって頑張ったという感じでもなかった。

作業は三十分程で終わり、私は帰るために教室へと向かった。

教室に到着してドアを開けると、一瞬目を疑ってしまった。

サラちゃんとカズキが二人っきりでいたのだ。

何も考えずに教室のドアを開けてしまい、当然向こうはその音でこっちに気付いていた。「え、二人でどうしたの?」

私は平静を装って、教室内に入って行かざるを得なかった。

「いや、なんでもないよ」

しかし、カズキの余所余所しい態度を見て、私の平常心は砕け散った。

「カズキ、ちょっといい?」

「…ああ」

カズキはそう言うと、すぐにこっちに向かってきた。

私はサラちゃんに一言「ごめんね」と言うと、カズキを誰もいないところまで連れて行った。そして、激しく問い詰めた。サラちゃんの取り合いで怒っているのではなく、私のことを裏切ったことがどうしても許せなかった。

あの時、私はどんなに罵倒し合ってもカズキと分かりあえると期待していた。しかし、現実には上手くいかず、むしろ二人の間には大きな亀裂が入ってしまった。そして、ほぼヤケクソ気味に両方がサラちゃんに告白をするという結末となってしまった。

最終的にサラちゃんと付き合ったのは私だった。しかし、サラちゃんにとって私は「お試し」で付き合う程度の存在で、私自身は例の噂の本命ではなかったようだった。結局長続きはせず、私達は卒業前に別れてしまった。

別れたといっても、二人の中の取り決めで「友達に戻る」ということだったので、特に互いに拒絶をするといったことは無かった。もちろん必要な時以外にコミュニケーションをとることはないので、関係性が深まることは無かった。今は、互いに地元を離れてしまったので会うことは無いが、ごく希にフェイスブックでやりとりをすることがある。

カズキとは、あのまま喧嘩別れをしてしまった。それ以降、高校を卒業するまで互いに一度も話しかけることはなく、卒業後も連絡を取り合うことはなかった。

あの時は感情を抑えきれずにいたが、今思えば若気の至りというか、当時の自分は本当に馬鹿だったと思う。カズキとの仲が完全に壊れてしまったことを今でも後悔しているし、できることならもう一度やりとりをしたいと強く思っている。

高校時代の遊び仲間はカズキしかいなかったといってもいい。今、目の前に繰り広げられている光景は、私の願望が生み出した「例の夢」なのだと思う。

カズキはこちらを睨みつけている。この後、カズキは私につかみかかり、私の記憶では、流れでカズキを殴ってしまったはずだ。そして、カズキは鼻から血を吹き出し、意識を失ったのだ。人を殴る感触を、人の骨をへし折る感触を、今でも鮮明に覚えている。もう二度と同じ過ちを繰り返したくない。

「…カズキ、落ち着いて話そう。頼む。互いに誤解しているかもしれない」

当時と違って、私は頭を下げ、冷静に話しかけた。

「………いいけどさ」

まだイライラは収まっていないことが表情から読みとれたが、それでもカズキは応じてくれた。

「ありがと。まずさ、俺との約束は覚えてるよね?」

「もちろん」

「じゃあさ、なんでサラちゃんとイチャイチャしてたわけ?」

「イチャイチャじゃねーよ。本当に、しゃべってただけだよ」

「本当に?」

「ホント」

「本当に本当?」

「本当だよ。てかさ、お前との約束を破れるわけねーだろ…そんなの俺達の間じゃ当たり前のことじゃん…」

カズキは頬を掻きながら、絞り出すようにしてそう言った。

それを聞いた瞬間、私の中で大きな感情の波が押し寄せた。

「カズキ…ごめん!お前のこと疑って本当にごめん!」

気付いたら、私は誠心誠意、カズキに対して頭を下げていた。

「俺さ、とっさにカズキに裏切られたって思ってたよ。でもさ、お前のことを信じなかった俺も、お前のことを裏切ったってことになるよな。だから、ごめん!」

「…いや、今田は悪くないよ。俺がまぎらわしいことしたのが悪いんだ。ごめん!」

カズキも深々と頭を下げてきた。それから少しの間、私達は互いに謝り続けた。そして気付けば、両者の間にあった妙な距離感は消え失せていた。

「あのさ」

「何?」

「なんかさ、俺達の約束を解消してもいい気がしてきたよ」

「なんで?」

「だってさ、俺の中では、もうサラちゃんはどうでもよくなってきちゃったんだよ。むしろ、どうせならカズキとくっついちゃえばいいやって思ってきた」

「今田、それマジで言ってんの?」

「うん、マジ」

「そんなこと言ったら、俺、サラちゃんに告るぞ?」

「いいよ、全然」

「……そっか、俺、がんばってみるよ」

「フラれる可能性もあるけどな」

「そりゃそうだ」

二人の間には自然と笑みが出ていた。

「フラれたら、助けてくれよ?死んじゃうから」

「任せとけって。笑ってやるよ」

「そうだな!思いっきり笑ってやってくれ」

「ああ!」

「よし、もうこの話は終わりにしよう!」

「そうだな!」

私は内心で大きなガッツポーズをした。やはり、親しき仲にも礼儀は必要だ。私はこの年齢でありながら、互いにその存在を認め、理解し合わないといけないということを、高校生に戻って身を持って知った。

それからカズキはサラちゃんのところへと戻っていった。私はというと、その様子を遠くから覗き見しようと目論んでいた。しかしそれは叶わなかった。すぐに全身が脱力感に襲われ、視界が揺らいだのだ。

私はこれで夢から覚めて、現実世界へと戻っていくのだと思った。せめて、カズキの告白がどうなったかまでは知りたかった。


ふと目を開けると、天井が広がっていた。

やはり、夢だった。

あの後の展開がどうも気になって仕方が無い。

私は何とも言い難い中途半端な気持ちに鞭打って、ベッドから体を起こした。

気づけば、もう寝ているという感覚がない。仕事が終わって帰宅し、就寝後に過去の世界で過ごす。そうして過去から戻ってくると現実の朝を迎える。どの段階でも自意識ははっきりしていて、二十四時間ずっと起きていると言ってもいいような状態だった。これで身体的な疲労が蓄積していないのだから、不思議なものだ。

今回の夢で、カズキとの仲を修復することができた。私の予想だと、これで私のフェイスブックの友達リストにカズキの名前が登録されているはずだ。なぜならば、昔の友人とのやりとりはこれしか活用していないからだ。

私はノートパソコンをリビングへと運び、電源を付けた。そしてウェブブラウザを立ち上げ、フェイスブックのページを開いた。

友達リストを確認すると、目立った変化は見られないが、やはりカズキの名前があった。あの場面で和解できたからこそのことだ。過去の履歴を見てみると、実際に私とカズキは今でもやりとりを頻繁にしているようだった。これは本当に喜ばしい。一方で、あれからサラちゃんはどうなったのか気になったので、調べてみた。もしかしたらカズキと上手くいって、そのままゴールインまで行っているかもしれないと、ワクワクしながら彼女の名前を探していった。

しかし、彼女の名前はどこにも見当たらなかった。リストから消えていたのだ。


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